9.勇者様は諦めがお悪い

「勇者よ、よくぞここまでたどり着いたな! その力に敬意を評し、我が直々に相手をしてやろう!」

「いや、我が相手をしてやろう!!」

「いやいや、我が!」

「いやいやいや、我こそが!!」

「はいはい、全員まとめてさよならっす! 〝水よ、切り刻め〟」

「ぐふぁっ」


 パトリシア曰く、今回の勇者が本物であることは魔王間でうわさとしてすっかり広まっているらしい。その結果が、国境を越えた途端から始まったこれである。


 魔王から逃げ、集まってきたところを一掃し、また逃げる。勇者一行の逃げ打ち戦法は板についてきていた。だが、倒せども倒せども、強者を求めてうきうきワクワクな魔王が現れ、立ちふさがり、追いかけてくる。


 一行は駆け足で大魔王のいるアルセルク城を目指すも、道のりはまだまだ遠い。ミスティリオ同様に国境周辺は倒壊した建物ばかりで、ろくに身を隠して休むことができなかった。


 連戦につぐ連戦に、アイザックは極力体力消耗を抑えるため、ルーファスに背負われて移動している。


「勇者よ、逃がさんぞ!」

「我から逃げ切れると思うな!」

「フハハハッ! 魔王相手に『逃げる』など通用せんわ!」

「はいはいはい、〝風よ、吹き荒べ〟!」

「ぐふぉぁっ」


 爆発的な風圧の変化に、魔王達の体がねじ切れる。魔王の登場がしばし途切れ、アイザックは一息ついた。


「すみません、少し寝ます。複数きたときは叩き起こして欲しいっす」

「了解。できるだけ時間は稼いでやるよ」

「勇者様のためならば、たとえ火の中業火の中です!」

「言ってるそばから前方一体、後方にも一体! 前方は女性だ!」

「オーケー、前は任せろ」


 逃げ打ち戦法をこなすうちに、ルーファスは彼なりの魔王への対処法を編み出していた。


「うふふふふっ! 勇者よ! 我が力、存分に思い知るがいい!!」

「ハハッ、粋がっちゃって。かわいいな」

「なっ……!? たかが勇者の仲間風情が! 我を侮辱しようというのか!!」

「やっと、オレを見てくれたな」


 立ちふさがる女性魔王に、ルーファスは迫り、ささやいた。至近距離で微笑みかけられた魔王の顔が、真っ赤になる。


「キミに戦いなんて似合わない。キミにはもっと別の魔王らしさが見つかるはずだ……例えば人間と禁断の恋に落ちる、とかな」

「わ、我は……」

「退いてくれないか? この勇者は危険だ、オレはキミに死んで欲しくない。さあ、背中のコイツが目覚める前に……!」


 女性魔王はコクコクとうなずいた。


「あの、貴殿の名は!」

「エルドレッ——」

「お前ふざけるなよ」

「ルーファスだ」

「ルーファス様……! また、お会いできますよね……?」


 道をゆずる女性魔王へ、ルーファスが片目をつぶる。エルドレッドは魔王がへにゃりと乙女座りするのを横目に、呆れ半分恐れ半分といった眼差しでルーファスを見た。


「この詐欺師め。人に飽き足らず魔王まで何人斬りするつもりだ? 戦闘回避できるのは助かるけどさ……そのうち刺されるどころじゃ済まないぞ」

「ヤバそうなのは避けてっからへーきへーき。みんないい夢だったと済ませてくれるさ。そう、ああいうのさえ避ければな」


 ルーファスが目で示した先には、後方から来ていた魔王と対峙するパトリシアがいる。


「勇者よ、しばし手を貸してやろう。余も大魔王のやり方は気に食わぬ。共に奴を討果たそうではないか!」

「あらあらあら、おかしなことをおっしゃいますのね。勇者様のお味方になるのは私一人で結構です」

「おお、紅蓮の魔王よ。しかし、仲間は多いに越したことはないだろう?」

「わからない方ですね……勇者様のお隣に立つ魔王は! 私以外いらないと! 申しているのです!! 〝火よ、万物を焼き尽くす力よ! 斧と化せ〟!」


 パトリシアはごうごうと燃える斧を魔法陣から引きずり出し、振り下ろす。仲間になりたかった魔王は、薪割りの丸太のように真っ二つに切り裂かれた。追い討ちをかけるように、火の斧が投げられる。


「そん、な……ばか、な……」

「〝火よ、燃やし尽くせ〟」

「ぐふっ」


 斧の形が揺らぎ、消えると同時に火柱が上がる。魔王は灰も残さず焼失した。


「うわあ……あれ、倒す必要あった?」

「まあ、ああいうタイプは大魔王倒した途端に寝返りそうだしいいんじゃね?」

「どうしてお前まで、魔王に詳しくなり始めているんだよ……僕だけ役に立たないな」

「大丈夫っすよ。王様は、いるだけで意味がありますから」

「え?」


 ついていくだけで精一杯のエルドレッドは溜息をつく。それに対するアイザックの言葉を聞き返そうにも、彼はまた眠りについていた。

 二人に追いついたパトリシアが、とてもかわいいとは言いがたい寝顔を幸せそうに見つめる。


「背負いながら走り続けんのもキツくなってきたな」

「むしろお前が今まで持ってることに驚きだ。意外と鍛えてたんだな」

「まあな。なあ、マオウサマ。そんなにユウシャサマが好きならアンタが背負ってくれよ」

「わ、私が勇者様を……? 考えただけで顔から火が出そうです!」

「悪かった。オレが悪かったから、その顔面から吹き出す火を止めてくれ」


周囲の温度が一気に上昇し、ルーファスの口からうへぇと声がもれる。


「しっかし、このままだとジリ貧じゃねぇの」

「市街地まで辿り着ければ身を隠せるでしょう。もう、見えてはいるのですが」

「前方五体、来ているな」


 目に入るのはまだ距離のある市街地だけではなく、やってくる魔王もである。アイザックが起こされ、五体の魔王を一掃する。だが、消耗した体力を回復する間もなく、次が現れる。


「後方……何体だよ! いすぎて数えきれない!!」

「前方にも待ち構えています。それに、上空からも! 私の火力では燃やしきれませんっ!」

「チッ、囲まれるのも時間の問題じゃねぇか」


 四方八方から響くフハハ笑い。万事休すかと思われた状況下、アイザックがルーファスに背から下ろすよう頼む。


「すみません、俺の読みが甘かったっす。正直ここまで魔王が出てくるとは思いませんでした」

「勇者様は悪くありませんわ! 我が同胞は今までの勇者相手にはもっと節度をもって接しておりましたもの。まさか貴方様の強さに浮かれ、ここまでタガが外れてしまうなんて」

「俺の体力もそろそろ限界っす。ここは奥の手を出すしかないっすね」

「勇者様? 一体何を……勇者様っ!?」


 駆け出し、三人を引き離したアイザックを、二十を超える魔王が取り囲む。今にも襲いかからんとする魔王の中心で、アイザックは叫んだ。


「あーあっ! こーんなに疲れ切った勇者倒して魔王は満足なのかなぁっ! 完全回復した状態の勇者と本気でぶつかりあってくれる男気あふれる魔王はいないのかなぁーっ!」


 アイザックを囲んでいた魔王達の動きが、ぴたりと止まった。

 数秒の沈黙。のち、一人の魔王が声を上げる。


「確かに万全でない勇者を倒しても何も誇れまい。よかろう、貴様を我が屋敷へと招待しようではないか!」

「マジっすか! あ、仲間もお願いしますね」


 魔王たちの中でも格のありそうなその魔王は、ただ戦うよりも熱い展開を得られて上機嫌になっていた。周りの魔王もそのシチュエーションに心おどらせ、勇者をもてなす手伝いを申し出る。

 勇者一行は魔王たちに城下の屋敷まで運ばれ、ご飯から入浴から上等な部屋から至れりつくせりの時を過ごした。

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