8.勇者様は察しがお悪い
たじろぐアイザックを目の前に、紅蓮の魔王はその手を取り、ぎゅっと両手で握り締めた。
「なんて、なんて……素敵なお方なのでしょうかっ!!」
「はい?」
無防備なまま魔王に接近を許し、死を覚悟したアイザックだった。しかし、痛いのは熱が入りすぎてギリギリと締められている右手くらいである。
上気した頬に、熱情の込められた瞳。紅蓮の魔王の顔を間近で目にし、アイザックは母の教えを改めて理解した。
「貴方様を一目見た瞬間、私は本当の恋を知りました。魔王であることを見破られ、貴方様こそ此度の勇者であると悟ったときの衝撃と言ったら…………勇者と魔王、決して相容れぬ存在と分かっております。まして私は大魔王様より四天王の座をお任せいただいた身。正体に気づかれたからには役目に徹せねばならぬでしょう……ですが、一度火がついたこの思い、消すことなどできません! むしろ燃え上がるばかりです!」
紅蓮の魔王が既視感のある早口で言い切ると、辺りは炎の矢を防いだとき以上の熱気に包まれる。
「なるほど……気持ちは伝わったんで、ちょっと離れて欲しいっす」
「も、申し訳ございません! 私としたことがつい熱く……!」
紅蓮の魔王はパッとアイザックの手を離し、恥ずかしそうに背を向けた。あまりの熱気に近寄ることのできなかったエルドレッドとルーファスが、下降していく気温に息をつく。
「えっと、この状況は一体?」
「なんつーか、最初から罠とかじゃなくてガチ惚れだったってことか」
「みたいっすね。おそらく彼女は母さんと同じ『勇者に惚れちゃう系魔王』で、その中でも……」
「私、貴方様についていきます! このパトリシア、貴方様のためなら同胞に刃を向けることもいといません! 必ずや、お役に立ってみせましょう!!」
紅蓮の魔王ことパトリシアは、どうも仲間になってくれるタイプの魔王らしい。アイザックが言い切る前からぐいぐいくる彼女に、男三人は顔を見合わせた。
「お、おい、どうする?」
「仲間にする以外どうしようもないんじゃねぇの?」
「で、でも……」
「オレたちがごねてもしかたねぇだろ。決めんのはアイザックだ」
キラキラというよりはギラギラとした視線を受けながら、小声で話し合う。決定権を投げられたアイザックはまだどこか戸惑う表情を残しつつ、うなずいた。
「いいっすよ。俺は今回勇者に選ばれたアイザックっす。よろしくお願いします、パティ」
「ぱ、ぱ、ぱぱっ、パティ……!? そんな、いきなり愛称呼びなんて、あ、あ、あい、あいざ…………いえ、勇者様ったら。私、顔から火が出そうです!!」
そう言ったパトリシアの顔から、文字通り火の手が上がった。
「あっつ!! 激しすぎるだろこの子」
「これぞ燃えるような恋ってか」
ドヤるルーファスをエルドレッドが冷めた目で見る。
「紹介します。こっちが王様のエルドレッドで、こっちが逃走要員のルーファスっす」
「逃走……? 勇者様ほどのお力がありながら、何からお逃げになるのでしょうか」
「俺ね、魔法の体力消耗激しいんすよ。だから強敵とか数相手するには回復する時間が必要でして」
「まあ! そういうことでしたら、私は勇者様のために時間を稼ぐ盾にも矛にもなりましょう!!」
「ユウシャサマしか見えてねぇな」
「だな。恋は盲目というか、それにしても……」
逃げ打ち作戦を説明するアイザックに、瞳に火を灯して聞くパトリシア。そんな二人の様子にエルドレッドとルーファスはこそこそと話す。
「まともな戦力が加わってちょっとは楽になりそうっすね。では、休憩したら行きますか。いざ魔王の巣窟へ!」
「ええ。勇者様とならどこへでも! たとえ地獄の果てでもお供いたします!!」
「……だいぶ愛が重くないか?」
「同感。これは苦労するぜ、ユウシャサマ」
アイザックに熱を上げるパトリシアは頼りになりそうだ。しかし、その強火さには一歩間違えればやけどでは済まされない危うさが感じられる。
「今の言葉、ちょっとグッときたかも」
「えっ」
「えっ」
「えっ? なんすかその反応」
パトリシアの耳には届かなかったつぶやき。拾ってしまったエルドレッドとルーファスが顔を引きつらせる。
アイザックは二人の態度に首をかしげつつ、パトリシアの熱烈アピールをいなすのだった。
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