7.勇者様は人相がお悪い

「フハハハハッ! エルドレッドよ。だいま——」

「〝火よ、燃やし尽くせ〟」

「馬鹿な!? 余がダメージを受けるわあっつ! 火力つっよ!! おまえは、いったい……なに、も……の…………ぐふっ」

「おいおい、出会うペースが早くなってきたじゃねぇの」

「これで五体目か。アイザック、体力は持つか?」

「まだ立て続けじゃないんでいいんすけど、一回寝たいっす」


 ジャックと別れてから歩みを進めた三人は、一晩を宿で過ごした。明くる日も歩き続け、いよいよアルセルクとの国境が近づいてきている。


 国境近くはかつての魔王による蹂躙の跡を残しており、いるのは家の残骸を漁る者くらいだ。すれ違う人が減るたび、魔王との遭遇は増えていく。


「国境越えたら待ち構えてる魔王の数は比じゃないはずなんで覚悟して下さい。可能な限り魔法撃ちますから、ちゃんと俺を抱えて逃げて欲しいっす」

「うわあ……国から出たくないなぁ」

「何言ってんすか。勇者が来なかったら、退屈しのぎに王様狙って国内侵入してくる魔王はどんどん増えてきますよ」

「ひゅー、モテモテじゃねぇか」

「魔王にモテてもうれしくない」


 魔法疲れか少し歩みの遅いアイザックに、ルーファスが歩調を合わせる。


「なあ、気づいてるか?」

「あー。ついてきてますね」

「え、何の話?」

「後ろ。めっちゃこっち見てる」


 小声で話す二人に、エルドレッドが首を突っ込む。後ろと言われて振り返ると、建物の残骸の陰から誰かがこちらをうかがっている。


「あ、あの子? 僕らに用か?」

「おいエル、何がっつり見てんだよ。目でもあったら面倒になるぞ」

「すまない、ばっちり合ってしまった。こっちに来てるな」

「はぁ。ったく……」


 意を決した様子でその子は近づいてくる。三つ編みにした燃えるような赤髪に、赤と黒のオッドアイが印象深い、たおやかな女性だった。


「あの、突然申し訳ございません。私、貴方様を一目見た瞬間、心奪われてしまって……」

「オレはアンタに興味ねぇな。今忙しいんだ、帰ってくれ」

「何をおっしゃっているのでしょうか? 私はそちらの殿方に申しているのですが」

「…………え、俺?」

「ぶふっ」

「笑うなバカドレッド」


 派手に空振ったルーファスに、エルドレッドが耐えきれずふきだして小突かれる。てっきり無関係だと思っていたアイザックは、熱い視線を向けられ戸惑った。


「道すがらお声がけするようなはしたない真似、どうかお許しください。せめてお名前だけでも……」

「うーん。気持ちは嬉しいけど、あなた魔王だね?」

「……っ!? まさか、貴方様が!」


 警戒し距離を取るアイザックに、女性は傷ついたようにうなだれた。おろおろするエルドレッドをルーファスが首根っこをつかんで後ろへ下がらせる。


「こ、この女性が魔王!? どこにそんな素振りがあったんだ!!」

「この辺にいる人にしては身綺麗すぎます。それに母さんが言ってたんすよ。『もし勇者になった途端、アンタみたいな顔色が悪ければ目つきも悪いやつに一目惚れするような女がいたら、それは魔王だから』って」

「うわあ……」

「ハニートラップってやつか」


 親から授かるにはあまりにも酷い教えである。しかし、今の状況はまさしくその通りだ。

 女性は肩を震わせ泣いてるかのように見えたが、もれ出たのは嗚咽ではなく、笑い声だった。


「ふふっ、ふふふふふっ。バレてしまっては仕方がありません」


 女性は肩にかかった三つ編みを優雅に払う。今までの魔王とは一線を画す威圧感が、ビリビリと三人を襲う。


「我こそは四天王が一人『紅蓮のパトリシア』! 勇者よ、我が炎の前に塵と化すがいい!!」

「し、四天王!?」

「なに声裏返してんだよ、エル」

「た、ただでさえ強い魔王の上に立つ存在だぞ!?」

「まあ、お強いユウシャサマならどうにかなんだろ?」


 そんなルーファスの楽観に反して、アイザックの表情は固かった。


「あー。ここでそんな大物来るとは思ってなかったっす」

「それは、つまり?」

「そろそろ休憩するつもりだったんで、魔法使えんのせいぜい2回っす。仕留めきれなかったら全力で逃げて下さい」

「おおぅ……」

「ハハッ、いよいよ魔王との鬼ごっこも実戦か」


 不安が顔に書いてあるエルドレッドに、余裕ぶりつつも乾いた笑いをするルーファス。逃げ打ち戦法については事前に打ち合わせしてあるといえ、初の相手が上位の魔王では不安が強い。


「ふふふっ、作戦会議はお済みでしょうか? 私も貴方達を殺すイメージができたところです。〝火よ、万物を焼き尽くす力よ。矢と化し、我が敵を貫き、燃やせ!〟」


 紅蓮の魔王が唱え、空に大きな魔法陣が浮かぶ。そこから次々と生み出される炎の矢が、三人へと降り注いだ。


「か、勝てるのか? こんなのに……」

「王様、呆けてないで寄ってください。〝地よ。隆起し、盾となれ〟」


 地面が盛り上がり、アイザックの前に土壁が形成される。壁は炎の矢にえぐられながらも、その猛攻を耐えきった。


「くっ、これを防ぐなんて……!」

「ははっ、熱気で死ぬかと思いましたよ。流石は四天王っすね」


 アイザックの余裕を感じさせる口ぶりに、紅蓮の魔王は火のついたように顔を真っ赤にする。


「攻撃してこねぇな。体力切れが?」

「いやでも、見た感じすごく怒っているよな。まだ油断しないほうが……」

「そうっすね。こっちから行きますか」


 魔法のイメージを固めるアイザックだったが、唐突に紅蓮の魔王が走り出し、近づいてきた。接近戦に頭を切り替えようにも、間合いを詰められるほうが早い。派手なパフォーマンスと芝居がかった動作を好む魔王らしからぬ動きに虚を突かれてしまった。

ルーファスがアイザックの腕を引こうと手を伸ばすも、迫りくる魔王が放つとてつもない熱気にひるむ。エルドレッドはただただ慌てていた。


 紅蓮の魔王は、もう手を伸ばせば届く距離にいる。



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