6.勇者様は趣味がお悪い

「王様。俺、初めて王様のこと尊敬しそうっす」

「待って。初めてって時点で傷つくし、どうせろくでもないことだから聞きたくない」

「王様、変装してないのに全くバレないとかすごすぎじゃないすか」

「うるさいっ! だから聞きたくなかったんだよっ!!」

「エルにはオーラが足りねぇな。おかげさまで城下に出てから魔王にも見つかってねぇんだし、よくね?」


 勇者一行は朝方城を離れ、城下街へと出ていた。今は最低限の物資の買い付け中である。ヒットアンドアウェイでやっていくためにも、無駄な荷物は持たず、靴などの装備にこだわって準備を進めていた。


「まあ、王様も地味だけど、ルーくんが目立ちすぎてかすんでるのもありますね」

「女性の視線を独り占めだからな」

「仕方ねぇよ、カッコいいから」

「うっざ! 否めないのがこれまたうっざ!!」


 ルーファスは布で顔を覆ってはいるものの、角度によって顔がチラリと見えるせいでミステリアスさが演出され、かえって女性の視線を惹きつけていた。


 あらかた買い物も終わったところで、アイザックは二人に合わせたい人がいると先導し始めた。


「会わせたい人って……まま、まさかお前の母親じゃないよな?」

「なんだよエル、魔王だからってビビってんのか?」

「べ、べつにビビっては! というかお前は魔王相手に順応しすぎだろ!!」

「ああ、母さんではないっすね。もういないんで」

「……すまない」

「……わりぃ」


 襲撃され、その度にアイザックが撃退するのを見ても、長きにわたる魔王への倒せそうにないイメージは強い。魔王に会うなら心構えを、と思ったエルドレッドだったが思わぬ地雷を踏んでしまった。


 アイザックの口調は軽いものではあったが、気まずい空気が流れる。


「ずいぶん裏まで行くんだな」

「人にあまり会話聞かれないほうがいいんすよ。ただ、王様は感謝したほうがいいっす。命の恩人なんで」

「命の恩人?」

「はい。あ、あの人っす」


 活気のある通りからだいぶ離れたところで、アイザックは足を止めた。相手もこちらの姿を見ると、辺りに人がいないことを確認しつつ手を振ってくる。


「アイザック! その様子だと上手くいったんだね。お役に立ててよかったよ」

「紹介します。俺の家のご近所さんにして、魔王の情報横流ししてくれた味方。魔王のジャックくん。略してジャッくんっす」

「お会いできて光栄です、陛下」


 住人Aという表現が似合う純朴そうな青年は、深々とお辞儀をした。


「え、あ、うん……待って。今さらっとすごいこと言わなかった?」

「魔王って言ったな。人目のあるとこで話せないわけだ」

「大臣の正体と王様が狙われてることはこのジャッくんが教えてくれたんすよ。ジャッくん、『人間との和解を望む系魔王』だから」

「大魔王がいる限り、人間と魔王が分かりあえることはありません。だから、アイザックに望みをかけたんです。ミスティリオにいる全魔王に王様を殺せって通達が来たところに、アイザックが勇者に選ばれたのはいいタイミングでした」


 アイザックの説明にうなずきながらニコニコと笑うジャックは、とてもフハハハ笑いが似合いそうにもない。疑いの眼差しを感じ取ったのか、ジャックは右腕を岩のような異形の姿に変え、また戻して見せた。


「王様、めずらしく騒いでないけど大丈夫? 話についてきてる?」

「ああ、不本意ながら驚き慣れてきたみたいだ。でも、全魔王とか言うくらい国内に魔王がいることはショックだな」

「まあ、魔王相手じゃ警備がガバガバでも仕方ねぇだろ」

「ガバガバ言わないで! 耳が痛い!」

「そう心配しなくても大丈夫っすよ、王様。ミスティリオに侵入する魔王の多くは、好戦的じゃなくなるらしいすから」


 あとどれだけの魔王に命を狙われるのかと震えるエルドレッドを、アイザックがなだめる。そこに失言だったかと慌てるジャックも加わった。


「ボクもはじめは諜報目的だったんです。でも、次第に人間が好きになっちゃって……」

「ジャッくんは『魔王でありながら人間にまぎれて暮らす自分』に非王道的魔王らしさを見出したんだろうね」

「ずいぶんと魔王に詳しいな」

「まあ、親が魔王なんで」


 アイザックはなんでもないように言うが、それがどれだけ特異なことかは考えるまでもない。

 エルドレッドは視界が大きく開けた気がした。


「友好的な魔王、か……ありがとう、アイザック。勉強になった」

「え?」

「僕らの魔王への理解を深めるために、ジャックと会わせてくれたんだろう?」

「いや、正直王様のリアクション期待してました」

「お前このっ……! 僕の感謝を返せ!!」

「嫌っす。もらったものは返さない主義なんで。それより、相手は他にいるんじゃないすか?」


 アイザックにけしかけられ、エルドレッドはジャックの手を取る。

 それまでずっと及び腰だったエルドレッドの行動に、ジャックは嬉しそうに微笑んだ。


「ジャック、君の情報のおかげで僕はこのアイザックに助けられた。大魔王に逆らったその勇気に、心からの敬意と礼を。お前みたいな良識ある魔王もいるとわかってよかったよ」

「そんなっ、おやめください……!」


 最初はニコニコと聞いていたジャックだが、徐々にその表情が苦しげに歪んでいく。気恥ずかしくて顔をそらしていたエルドレッドは、振り払われた手に驚いた。


「ボクは……ボクは、貴方が思ってるような人じゃないんですっ!!」

「お、なんだ? なんか始まりそうだぞ」

「ただの魔王的発作だから黙って聞き流してあげて欲しいっす」


 事態の急変にワクワクするルーファス。呆れ顔のアイザックは先が読めていた。


「ボクの心の奥深くで、ある欲望がずっと渦巻いているんです……人間にまぎれて過ごす日々。ある日ついにボクの正体に気づかれ、友人、近所の人、通りがかりの人、みんながボクに恐怖の目を向け、勇者に助けを求める。嗚呼、ボクは他の魔王とは違う! 人間と仲良くしたいのに! 勇者による一方的な正義の刃がボクを貫き、ボクはその胸の痛みを誰にも知られることなく果てていく……そんな最期をっ! 迎えたいっ!!」


 身振り手振りをまじえ、早口で語ったジャックは肩で息をする。その必死な形相には確かに魔王の風格があったが、息が整う頃には笑顔の似合う純朴そうな青年に戻っていた。


「ジャッくん、俺それ聞いたの100回目」

「ごめんごめん、魔王としてあきらめきれない自分がいてさ」


 エルドレッドは目の前で繰り広げられた魔王の独白にしばし言葉を失っていた。少しして我に帰ると、大きく息を吸う。


「前言てっかーいっ!! その妄想はなんなの!? 結局魔王病こじらせてんじゃん!! やっぱり魔王なんてろくな奴がいないんだぁーっ!!」


 エルドレッドの声は辺りに大きく響くも、幸か不幸かジャックの正体が露見することはなかった。

 かくして友好派魔王との出会いを経た三人は、決意を新たに大魔王退治へと進むのであった。

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