5.勇者様は意地がお悪い

 アイザックが倒れてから、様子を見に人が集まってきた。その中には逃げた兵士達もいる。彼らは王の無事を驚き、喜んだ。


 エルドレッドはその調子の良さに呆れながらも、あのまま無駄死にされていたよりはと心を広く持ち、謁見の間の復旧作業を命じる。


 客間のベッドに運ばれたアイザックは、倒れてから三十分ほどして目を覚ました。


「ふぁあ……あ、王様とルーフォ、ルーフェ……ルーくんでいいすね。おはようございます」

「ルーファスだ。ずいぶんと馴れ馴れしいな。まあ、別に構わないが」

「ありがたいっす。俺、人の名前覚えるの苦手なんすよ」

「分かる。特に野郎の名前は頭に入ってこねぇ」

「何をのんきに会話しているんだお前たちは」


 寝起きで背筋を伸ばすアイザックとベッド脇に立つルーファスへ、エルドレッドはある程度落ち着きを取り戻した様子でトゲトゲしく口を挟む。


「アイザックよ、寝首をかかれなかったことをありがたく思え」

「ルーくんの背中に隠れながら言うセリフっすかそれ」

「う、うるさいっ! 魔王と人間のハーフという言葉の意味、今すぐ説明してもらうぞ」


 男に抱きつかれても、と迷惑そうな顔をしたルーファスの陰で、エルドレッドはきりりと言った。命を救われた恩があっても、それが得体の知れない力によって行われたとあれば心穏やかではいられない。


 いち早く安心したいエルドレッドの胸中を察してか、アイザックは微笑んだ。


「納得いかないかもしれないっすけど、お話しますよ。全てのはじまりは、母さんが『勇者に恋しちゃう系魔王』だったことでした……」


 アイザックは窓の外の景色を眺め、遠い目をする。彼の出生をめぐる物語が——


「そんなこんなで俺は魔王と人間のハーフで、魔法が使えるんすよ」


 ——始まらなかった。


「ちょ、あれ!? 今、長く語りそうな空気だったよね!? それで話終わり!?」

「いやあ、考えてみたらそれが全てだなって思って」

「ざっつっ! 話が雑すぎる!!」


 固唾を飲んで聞いていたエルドレッドは、アイザックのあまりにあっけらかんとした態度に脱力した。


「じゃあ、なんでユウシャサマの魔法はそんなに強いんだ? そこまで万能な力でもねぇだろ、魔法は」

「えーっと、王様は俺の父さんが勇者に選ばれた理由をご存知すか?」

「いや、そこまでは調べてなかったな」

「英雄の末裔だからっす。父さんの家系は由緒ある血筋らしいんすよ。だからその、英雄の血が……ね? きっとこう、魔王の血と……ね?」

「ふわっふわしてんなおい! 自分も分かってないのかよ!!」

「光と闇が交わり最強ってやつか。ロマンだな」

「お前は分かるのかよ!!」


 魔法とは、体力を代償として『想像』と『創造』をつなぐ力。そして、血筋に沿った能力であり、センスがものを言う。


 魔王の中でも、ギルバートが大魔王として君臨するように力量差がある。アイザックの力もまた、その特殊な生まれが起こした奇跡の才能なのだろう。


 いくらか納得してくれたらしいエルドレッドに、アイザックは気まずそうに話し出した。


「あの、王様に謝らないといけないことがあって……俺、大臣の正体と王様が殺されそうなこと、最初から知ってたんすよ」

「はあっ!?」

「正体現す前から大臣さん殺しちゃったら、ただの人殺しじゃないすか。だから、王様をおとりにしました。すみません」

「はああっ!?」

「ってことはユウシャサマ、あの態度はわざとか 」

「…………そうっすね。俺、策士なんで!」

「今の間はなんだよ! 明らかにそこまで考えてなかっただろ!!」


 元々大臣がしびれをきらすまで任命式を引き伸ばしたかっただけで、そこまでふざける気はなかった。だが、王様のノリがよかったからふざけすぎたとは言えない。一瞬ガチで寝ていたとも。


「まあ、結果オーライってことで許して下さいよ。ちゃんと勇者やりますから」

「え、やるの? 本当に?」

「任命したの王様じゃないすか。一回はフリで断りましたけど、最初から受けるつもりっすよ。俺、やるからには大魔王倒しますから」


 あれだけ旅立って欲しかったというのに。いざあっさり行くと言われて、エルドレッドは思わず聞き返す。


 今までの勇者は、舐めプや縛りプレイをしてきた魔王をなんとか討ち果たしたことはあったらしい。しかし、こんなに魔王を一方的に倒せる勇者は初めてで、送り出せばどんなことになるのか想像もつかない。


「そこで王様、お願いがあります。足の速い兵士を一人か二人、同行させていただけないすか?」

「なぜだ? お前は一人でも楽勝だったろう」

「俺、魔法使ったときの消耗が人一倍激しいらしくて。大体四、五回使うと三十分はぶっ倒れるんすよね。はははっ」

「いやそれ笑ってるけど致命的じゃないか! だからさっきも……!」

「大臣相手にはパフォーマンスしすぎたのもありますけどね。とにかく、フォローしてくれる人が欲しいんすよ。数多いと守り切れないんで少数でいいんすけど」

「そういう話なら、オレが行くぜ」


 アイザックの申し出にルーファスが乗った。驚くエルドレッドをよそに、ルーファスは平然としている。


「正気か、ルーファス?」

「正気さ。このユウシャサマの力があれば、魔王に一泡吹かせられるんだぜ? お高く止まったアイツらが地べたを這いずり回るとこ見てみてぇじゃん」

「うわ、見たことない笑顔してる……」

「王様も一緒に来ますよね?」

「はあっ!? 僕が魔王退治に!? 行くわけないだろ!」

「え、だって王様……」


 友の知らなかった一面に引いていたエルドレッドは、アイザックの問いかけに声を荒げる。確定事項のように言われる意図が読めずにいらだっていると、突然、客室の窓が割れた。聞き覚えのある独特な高笑いが辺りに響く。


「フハハハハハッ!!」

「ひぃっ! 魔王!?」

「エルドレッドよ。大魔王様が貴様には失望したとおっしゃった。そして、貴様の死を――」

「〝火よ、燃やし尽くせ〟」

「ぐぁあああっ!? 馬鹿な! この私が……ちょっと、やめっ、辞世の句読ませ…………ぐふっ」


 魔王形態も見せぬままに、魔王は燃やされ、絶命した。

 風を操り燃えかすを窓から捨てたアイザックが、笑顔で振り返る。


「王様が来たくないなら無理にとは言えないっすね! どうかご無事をお祈りしてます」

「ぜひともお供させてください勇者様っ!!」


 勇者と元王子(結婚詐欺師)と王様。バランスのおかしいパーティ誕生の瞬間だった。

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