4.勇者様は間がお悪い
「その異形……お前、魔王だったのか!?」
「フハハッ、ようやく気がついたか。無能な王よ」
「なぜ姿を現した! 勇者を捧げていれば侵攻はしない約束だろう!!」
エルドレッドの問いかけに、大臣は芝居がかった仕草でため息をついた。王への裏切りと正体を見せるシチュエーションへのうきうきが、隠しきれずにあふれている。
「先代が死に、貴様が王となってから勇者の質は落ちていくばかりだ。死ぬのがあまりにも早いわ」
「それはっ、勇者の条件が限定的すぎるから……!」
「大魔王様もすっかり退屈なさってしまってな。そろそろ新しい遊びを始めようかとおっしゃった……貴様の死を始まりの合図としてなァァアッ!!」
「ひぃいいいっ!?」
魔王がヒゲの一房を鞭のようにしならせ、なぎ払う。とっさに這いつくばった王の横で、玉座が木っ端微塵になった。
「あのヒゲすげぇな。骨あんのかってくらい自由自在じゃん。エルお前、ユウシャサマが剣投げてなきゃ締め殺されてたかもな」
「ル、ルーファス! 何を距離とって冷静に分析してるんだよ!」
「狙われてんのオレじゃねぇし?」
「さっきは助けてくれただろ!?」
「まあ、いい寄生先がなくなると思ったらつい体が勝手に。でも、相手が魔王じゃなあ。惜しいやつを亡くしたなあ……」
「薄情者ーっ!!」
再びヒゲが振るわれる。確実にエルドレッドを殺せたであろう一撃は、派手に、そして無駄に天井を破壊して辺りをガレキで散らかした。
魔王はもう少し、王様を殺すシチュエーションを楽しみたいのだと見える。その間に兵士たちがエルドレッドを守るよう、魔王の前へと立ちはだかった。
「陛下っ! ここは私たちが時間を稼ぎます! 早くお逃げください!! 」
「お前たち! すまない……っ!」
「虫ケラどもが我の邪魔を? フハハッ、片腹痛いわっ!」
ようやく力が入るようになった足を動かし、エルドレッドは逃げる。背後では、魔王がヒゲのうち一房をさらに分岐させ、何本もの槍のごとく変形させた。
ヒゲ槍は兵士達へと襲いかかる。その威力は当たった床がズガンとうがたれるほどである。
「うわぁあああっ!」
「ヒゲが床をえぐったぁあああ!」
「ヒゲとは思えない音がしたぁあああ!」
「ごめんなさい陛下ぁあああ!」
「陛下の犠牲は忘れませんんんんっ!」
「え、ちょ、お前たち……もうちょっと頑張ってくれよっ!」
兵士たちはクモの子を散らすように、エルドレッドを追い抜いて逃げていった。兵士から一足遅れて出ようとしたエルドレッドの前で、扉が破壊される。
「さあ、お別れの時間だエルドレッドよ……いや、もう一人おるな」
「ルーファスお前っ! やっぱり助けに……!?」
「サイアク、ガレキのせいで逃げ遅れたわ」
「ああ、そうだな。お前はそういうやつだったな……」
先ほどのパフォーマンスじみた天井への攻撃は、図らずもルーファスの退路を妨害していた。
その姿を認め、魔王が歓喜する。
「おお、大魔王様の御子息ではないか。まだ残っていたとは僥倖。生け捕りにして、エルドレッドの首と共に手土産としようぞ!!」
「マジでサイアク……」
「い、いやだ。いやだいやだいやだぁっ! 僕はヒゲに貫かれて死ぬなんていやだぁあっ!!」
魔王がヒゲ槍をまとめ、巨大な槍を形作る。死を前に幼子のように泣き喚くしかできないエルドレッド。一瞬手を伸ばしかけ、すぐ諦めたように目を背けるルーファス。
崩壊し、ほこり立つ玉座の間で、もう一つの人影があった。
「もしかして俺、忘れられてないっすか……?」
アイザックは少し悲しくなりながら精神統一を終え、唱えた。
「〝水よ、切り裂け〟」
今にもエルドレッドを貫かんとしていたヒゲが根本からすっぱりと断たれ、落ちる。
「馬鹿なっ!? 我が自慢の三又ヒゲが二又に……!?」
「逃げてなかったのかよ、ユウシャサマ。ってか今の魔法か? ウソだろ……?」
「生きてる……! 僕生きてる!!」
三者三様の反応をする中、動揺から立ち直った魔王はとてつもない歓喜に震えた。これから魔王人生の中でもっとも素晴らしいシチュエーションがくり広げられるだろうと、ヒゲの一本一本がざわめきたつ。
「フフッ、 フハハハハハッ! 愉快、実に愉快である! 貴様、ただの人間ではないな? その特異な存在に敬意を表し、冥土の土産に我が名を教えてやろう!」
「いや、お気持ちだけで十分っす」
「我は四天王の1人、グレ――」
「だから、結構っす。〝火よ、爆ぜろ。燃やし尽くせ〟」
「ぐわぁあああっ!?」
詠唱に応じ、グレなんちゃらの足元に魔法陣が現れ、火が噴き出す。ごうごうと燃え上がる炎に、魔王は黒こげになっていく。
アイザックは火力を弱めないよう意識しつつ、床に座り込んでいたエルドレッド手を貸そうとする。だが、エルドレッドは手を取ることなく後ずさった。
「ひ、ひぃいいっ!?」
「王様、そんな露骨に距離置かれると傷つくんすけど」
「お、お前も魔王なんだろ!? じゃなきゃ魔法を使えるわけが、ひぃっ! こっちに来るな!」
「いや、それじゃあ助ける意味分かんないじゃないすか」
「説明してくれよ、ユウシャサマ。色んなこと起きすぎて頭が爆発しそうだ」
ルーファスの追及を受け、困ったように頭をかきながら、アイザックはエルドレッド向けて手を伸ばす。
「〝水よ。凍り、盾と化せ〟」
「なっ、私を閉じ込めてどうする気——」
エルドレッドを中心にドーム状の氷壁が展開される。抗議も半ばに、数十の真っ黒になったヒゲの残骸が氷壁へと突き刺さった。
「ぐぅっ、防ぎおったか……」
「うわー。まだ生きてるとか、その生命力にはどん引きっす」
「覚えて、おれ、大魔王様が、必ず……」
「ははっ。そのセリフ、まるで三下っすね。〝風よ、吹き散らせ〟」
「ぐふっ」
穏やかな風が吹き、灰を優しく吹き散らす。魔王は跡形もなく散り散りになった。
「それで、なんの話でしたっけ?」
「おお、お、お前は、なんなんだよ!」
氷壁も解除されたのをいいことに、嫌そうな顔をされながらルーファスの背に隠れたエルドレッドが問う。アイザックは少しだけ考えたのち、大したことでもないように答えた。
「ただのハーフっすよ、人間と魔王の」
「ひ、人を馬鹿にするのも大概に……え、ちょっ、え……? ハー……? えっ?」
「マジか。人間と魔王って子供つくれ……んんっ、ごほっ」
「そっかー。ハーフかー。それじゃあなー。仕方ないよなー。あはははは……」
エルドレッドは開いた口がふさがらず、ルーファスはほぼ口にした言葉を濁す。
魔王が倒された衝撃も冷めやらぬうちに知らされた話に、情報処理の追いつかないエルドレッドが壊れた。
「すみません。ちょっと、そろそろ……限界っす」
「うわっ、どうした!? 」
アイザックは糸の切れた人形のように倒れる。現実に引き戻されたエルドレッドが心配するも、近寄る勇気はない。仕方なしにルーファスが様子を見る。
「攻撃喰らったようには見えなかったが……なっ、コイツっ!」
「まさか、死んでいるのか!?」
「マジかよ、寝てんぞ」
「は?」
「だから、寝てる」
「へ……? 寝てるぅっ!? なぜ! 今! この状況で!! 寝られるんだよ馬鹿野郎ーっ!」
ボロボロになった謁見の間に、空元気なエルドレッドの怒声が響き渡った。
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