3.勇者様は態度がお悪い

 このルーファスという男、老若問わず女性に好かれそうな美男子である。


 艶やかな漆黒の短髪にアルセルク出身者の特徴である褐色の肌。形のよい弓型の眉は、気だるげな表情でも男の外観を全く損なっていないどころか、色気さえ感じさせる。長いまつ毛で縁取られた切れ長の目に、黄色の瞳は陰りを帯びて妖しく輝く。


 老若問わず女性に好かれそうな美男子である。そして、男の敵である。


 数多の女性に養わせ、貢がせては乗り換え、最後は寄生していた女性の恋人に突き出され、結婚詐欺師として捕まったルーファス。身元を調べると勇者歴1002年にアルセルクから流れてきた難民で、なんとギルバートの息子。アルセルクの王子だった。


 ルーファスは当時、齢八つにして女性を惑わし、捕縛された勇者歴1017年までの十五年ものあいだそれを繰り返していたという。もはや刺されることなく生きていることに感動を覚えるレベルである。


 エルドレッドは即位したての頃にこんな厄介人物を持ち込まれ、処分に困った。


 ひとまずアルセルク関連の問題での相談役として城に住まわせ、ルーファスを監視下に置くこととする。これが元王族だけにわりと有能で、歳と身分の近さからエルドレッドの友人としての役割も果たした。


 だが、三年経って城住みが定着しても、大抵の男性から嫌われている。女性とあらば女兵士から掃除のおばちゃん、給仕見習いの少女まで、ルーファスにはあからさまに優しいからだ。男の敵である。


 ルーファスは兵士たちの突き刺すような視線を意にも介さず、アイザックへ近づきしげしげと観察する。


「へえー。コレが今回のユウシャサマねぇ。ずいぶんと頼りねぇ……なっコイツっ!」

「どうしたルーファス。まさか、知り合いか?」

「ヤバくね? 寝てんぞ」

「アイザックーっ!!」


 エルドレッドの怒声にアイザックがビクリとゆれる。周囲を見回した後、状況を理解したようにうなずいた。


「王様ひどいっす。せっかくいい夢見てたのに」

「知るか! どうせ寝てる夢だろう!!」

「わー。すごーい。当たりっすよ」

「わー。こいつのこと分かってきたとか全然嬉しくない……」


 落ち込むエルドレッドに、隣まで来たルーファスがなぐさめるように肩へ手を置いた。見事なおヒゲの大臣がシッシッと追い払う動作をするが、どこ吹く風である。


「あれがユウシャサマとかマジで? 正気か?」

「私だって不本意さ。今回ばかりは他に条件に合う者がいないんだ」

「あんなの仮に旅立ったって魔王と会ったら即死だろ。最近の勇者長持ちしてねぇし、ヤバいんじゃねぇの?」

「分かっている! だが……」


 ひそひそと話し始めた二人に、アイザックは退屈そうにあくびする。そのままもう一眠りしかけて、カッと目を見開いた。


「ねえ、そこの兵士さん。剣貸して」

「勇者様、剣は貸せるものでは……」

「いいからいいから、そう堅いこと言わずに。ちょーっと投げるだけっすからぁっ!」


 近くにいた兵士の剣を奪い取り、即座にぶん投げる。剣は力強く飛び、玉座へと突き刺さった。

 エルドレッドの顔面スレスレに。


「あっ、ア、アイザックーっ!!! 何をしている!? 殺す気か!」

「王を倒せとか言ってたじゃないすか」

「言った! でもそれ魔王! 私魔王ちがう!!」

「犬死に確定な旅へ一国民を向かわせるとか魔王のごとき所業だ! ……とか思いません?」

「お前の判断で魔王決めないでくれる!? ってかちょ、まっ、二投目構えるのやめろーっ!!」


 逃げようにも、驚きと恐怖で腰が抜けたエルドレッドは玉座からずり落ちて床にへたり込む。


 ルーファスは急ぎ盾になるものはないかと探し、ふと気がついた。玉座に糸のようなものがぱらぱらと散らばっている。


「心労で抜け毛か……? いやでも白いな」


 アイザックは兵士たちが取り押さえようと動くのを意外にも軽やかにかわし、奪い取った剣をぶん投げる。


 目を閉じて震えるエルドレッドだが、想像した痛みは来ない。


「ぐふっ…………」

「だ、大臣っ!?」


 攻撃を受けたのは、玉座の傍らにいた素晴らしいおヒゲの大臣だった。腹部を直撃した剣に、だくだくと血を流し倒れる。


 ガクつく足に力を入れ駆け寄ろうとしたエルドレッドを、ルーファスが止めた。


「エル! そいつに近づくな!!」


 ルーファスに腕をぐっと引かれ、エルドレッドは前につんのめる。


 次の瞬間、エルドレッドがいた場所を白い塊がうがった。


「フフフッ……フハッ、フハハハハハッ!!」

「大臣……? まさか、その笑い方はっ!」

「よくぞ我が正体を見破ったな、勇者アイザックよ!」


 突っ伏していた大臣が、ヒゲを支えにして立ち上がった。腹部の傷が驚異的速さでふさがっていく。ご自慢の立派なおヒゲは三又みつまたに分かれ、生き物のようにうごめいていた。

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