2.勇者様は聞き分けがお悪い

 時はさかのぼり、勇者暦1002年。


 ミスティリオの王・アルフレッドは数少ない生存者を城に集め、辛くもそれ以上の死者の増加を抑えていた。しかし相次ぐ魔王たちの襲撃に、籠城は限界が見えている。


 状況の打開のためにアルセルク王・ギルバートへの救援要請も画策するが、魔王の包囲網は越えられない。


 止まない一方的な戦いに、アルフレッドがあきらめかけたその時。アルセルクより、軍勢が現れる。


 無情にも、それは救援ではなかった。


 アルセルクから来たのは魔王の軍勢。アルセルクでもまた、魔王病が流行していたのだ。そして、その軍勢の中心にいたのは――


「わが名はギルバート・アルセルク! 魔王を統べる大魔王ぞ!! 人間の王よ、我と語らうことを許す! 直ちに我が前へ参れ!!」


――魔王の中の魔王を名乗るにふさわしい大角を生やした、アルセルク王。地がうなるようにとどろいた呼び出しは、罠を疑おうにも無視するほうが恐ろしく、応じる他なかった。


「私がこの国の王、アルフレッド・ミスティリオだ。一体なんの話をしようというのだ」

「我等は今まで人間共を蹂躙してきた。だがな、もう飽きたのだ」

「飽きた、だと……っ!? 貴様は人の命を何だと思って……!」


 他の魔王より一際強い重圧感に押し潰されそうになりながらも、アルフレッドは憤る。


「人間など暇潰しのおもちゃに過ぎん……しかし、黙って聞けぬのか? あまり騒ぐようなら手が滑りかねんぞ。我からすれば人間の王など誰でもよいのだ」

「くっ……」


 殺意を向けられ、全身の毛が逆立つ。それでも生き残るために目はそらさない。


 魔王たちは臆病者に容赦はなく、己に牙むく気概のある者が好きだ。魔王であるがゆえの気質である。


「まあ、よい。おもちゃに飽きたのなら、遊び方を変えればよいことに気がついてな。そこで貴様に命じる」


 伊達に虚勢を張って生き延びてきた訳ではないアルフレッドだったが、続くギルバートの言葉には表情を作るのを忘れ、戸惑う。


「我が望む勇者を、我ら魔王の元へ差し向けろ」

「ゆう、しゃ……?」

「これよりアルセルクを魔王の国。ミスティリオを人間の国とする。勇者が我らに挑み続ける限り、我らはミスティリオを滅ぼさぬと誓おう。しぶとく生き残っておるアルセルクの民は貴様にくれてやる。よき勇者候補となり得るからな」


 アルフレッドの理解が追いつかぬままに、ギルバートは話を進めていく。確かなのは、断る選択肢などないことだ。


「では、最初の勇者の条件は…… そうだな、貴様の親友なんてどうだ?」

「なっ……!」

「人類のために戦うよう友に強いられた勇者……おお、想像するだけで血がたぎるわ!!」


 ギルバートは、もはや表情を取り繕う余裕など微塵もないアルフレッドの前から立ち去る。


「勇者が来るのを楽しみにしておるぞ! ふははっ……ふははははははははっ!!」


 不吉な魔王笑いの響きを残して。


「ま、待て……っ!」

「アルフレッド様! 緊急事態です!!」


 入れ替わるように駆けつけた兵士は、荒い息のまま告げる。


「魔王がっ! 魔王の軍勢が、退いていきます!」

「ああ。そうか、そうなのか…………」


 退いているのはアルセルクからの軍勢だけではない。ミスティリオの魔王たちまでも、去っていく。

 そこでアルフレッドはようやく理解した。


 人間の殲滅よりも勇者と闘いたいという欲求を優先させる。それこそ魔王病が魔王病たるゆえんなれば。ギルバートの狂った命令のゆえんなれば。

 自分にできることなど何もない。


「友よ、すまない……っ! 力なき私を許してくれ……」


 そうして勇者という名の生贄のやりとりが、始まった。



 *****



 時は戻り、 勇者暦1020年


 エルドレッドは見るからにやる気のないアイザックへ諭すように説明する。


「今回の勇者の条件に会うやつがお前しかいないんだ。魔王が望む勇者の条件は、段々と厳しくなってきている。兵士歴のある女勇者に天才な子供勇者、片目の凄腕剣士な勇者、魔王に両親を殺された勇者……」


 ここ数回の勇者任命式を思い出しながら、エルドレッドは魔王たちの魔王的嗜好が悪化していると痛感する。新たな要望の頭の痛さも。


「そして今回は『勇者の息子、ただし10代に限る』。条件にかなう者をミスティリオ中で探したが、お前以外見つからなかった」

「貧乏くじ引いたんすね、俺」

「いや、うん。そうだが……」

「納得っす。親父が勇者になった途端、電撃結婚した結果がこれってことっすね 」

「さっきから身もふたもないな!」


 当の勇者がまるで他人事のようで、ますます頭が痛い。


「とにかく! この国を守るためには、お前に行かないという選択肢はないんだ。分かってくれたな?」

「了解っす。じゃあ、サボっていいすか?」

「行く一択だバカ!! ……はぁ。ここまでごねるとなると、どうしたものかな」


 国民はみな勇者の重要性を理解しており、過去の勇者が旅立ちを拒否した事例はない。そもそも式に遅刻する時点でおかしいやつにどう対処すれば良いのか。エルドレッドはイレギュラーに弱かった。


 黙ってしまったエルドレッドに、立派なおヒゲの大臣がやれやれと溜息をつく。


「そこの兵、この勇者をしばってでも国外へ連れ――」

「エルー、金くれー。ってなんの集まりだこれ? 任命式は午前中に終わるはずじゃねぇの?」

「その、ちょっと難航していて……それよりルーファス、私は君の財布ではないと何度言えば分かる?」


 大臣の言葉を遮るようにして、ばーんと謁見の間の扉が開く。ずかずかと入ってきた男に、場が歯ぎしりの音で満たされた。

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