背中

狸汁ぺろり

ある少女の独白

 背中が好きだ。

 街で道行く人の背中を見つめて、この人はどんな生活をしているのだろうとか、これからどこへ行くのだろうとか、想像しているとワクワクする。

 そして、時々、誰かの依頼を受けて、背中にナイフを刺したりする。それが私の職業。背中の皮膚は固いけれど、鋭利な刃で真っ直ぐにそれを突き抜けると、とても心地がいい。たまにナイフを刺したままの背中にぎゅっと抱き着いて、血の温もりが冷めていくのを肌で感じたりもして、心が安らぐ。依頼主からもらう報酬よりも、そっちのが嬉しい。

 ある日、とてもいい背中の男を見つけた。私はあんまりにもその背中が気に入って、依頼主が期限と定めた一週間、ずっとその男を付け回すことにした。変装などせず、堂々と。私の見た目は普通の少女と変わりないのだから。

 男は旅行者だった。古い街並みを毎日ブラブラと、連れもなく呑気に楽しんでいた。私も男の背中越しに、ヴェローナの美しい夕陽を見た。

 一週間の最後の日。私は男が狭い路地に入るのを見計らい、服の下に隠したナイフを握りしめ、一息に背中へ詰め寄った。

 男が振り向いた。

 気が付くと、私はゆるゆると血を失いながら、暗い路地にあおむけに倒れていた。ああ、私は死ぬんだ。そう実感するのと同時に、お腹のあたりに熱いものを感じた。

 私を殴り倒した男が、私のセーラー服をまくりあげて、おへそのあたりをぴちゃぴちゃと舐めまわしていた。犬のように荒い息をしていた。

 私が『背中』であるように、この人は『お腹』なのだ。

 同類を見つけた私は、せめてもう一度、この人の素晴らしい背中を見たいと願った。意識を失う前に、もう一度。

 そしたら私は幸せなのに。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

背中 狸汁ぺろり @tanukijiru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ