第73話 鬼の恋煩い

「アオイ様、どうか力をお貸し下さい」

 

 バーベンベルクの陸軍大臣がアオイに対してこうべを下げて頼んでいる。

 私はもうこの光景に慣れてきている。

 毎日の様に様々な軍人がこうべを下げては頼み、下げては頼みを繰り返してる。

 この国に来た当初は私を「オーガ」だの罵り、我が国の鹿人を「獣風情」と馬鹿にしていたのに、利用したい時は頭を下げる。

 フン、呆れた。

 エルフは高慢で自尊心の高い種族だと聞いたが、幻滅だ。

 扶桑の軍人でもそんな奴居なかったわ。


「ええ、構いませんよ。それで今度は私をどこに派遣するんですか?」

「ありがとうございます、アオイ様。今回はグラデツに向かってもらいたいと考えております。現在そこが我が国と東エスターシュタット、エステルライヒ帝国との前線であります。鉄道は途中まで復旧しているので明日頃に着くでしょう」

「………いつの間にかノリクム連邦がエステルライヒ帝国になってたのね。」


 とりあえずグラデツという町に派遣するか………。

 つまり、また戦場に参加するのね。

 でも私が今、戦場で気になっているのは戦局や暴動ではない。


「………とりあえず分かったわ。ところでカズト様やヴァイスちゃんの所在は判りましたか?」

 

 カズト様はカールという男に拐われた後、消息が無いし、ヴァイスちゃんも精神的に病んだ後、どこかへと消えたし。

 私の国では戦場では私情を持ってきてはいけないというのに、どうしてかしら?


「えーっと、じ、実は新しく建国されたエステルライヒ帝国という国の皇帝にニホンジンが即位したという情報があるそうです、こちらが新聞記事です」


 ニホンジン?

 まさかカズト様ですか?いやいや、そんな馬鹿な。

 攫われた本人が敵の皇帝になんてあるはずが無いわよ

 陸軍大臣が新聞をアオイに手渡す。

 アオイは新聞の一面を見ると、大きくカズトの即位式の写真がそこにあった。


「か、カズト様じゃないですか!」

「やはり、そうでしたか………」


 陸軍大臣はアオイの言葉に溜め息を吐く。


「この記事が出回ったことで彼は我が国の君主に成ることが無いと議会で決定された。つまり彼は逆賊のトップになったんだ」

「そ、そうでしたか………」


 アオイは複雑そうな顔をしている。

 陸軍大臣はアオイの反応に問い質す。


「まさかアオイ様、彼に何か情を交わして―――」

「ばばばば、馬鹿なことを仰らないで頂きたい!!!私がニホンジンを?あ、有り得ませんね!!」


 陸軍大臣のその言葉に動揺したのか、アオイは大声で反論する。

 その時のアオイの顔と耳は赤くなっていた。

 陸軍大臣はアオイの動揺した姿を見て、目を丸くし、困惑する。


「………そ、そうですか。えーと、じゃあ話はもう無いので、そのままグラデツに向かって下さい。」


 陸軍大臣は困惑している姿を見て、アオイは気持ちを落ち着かせる。


「は、はい、それでは失礼いたします!」


 嗚呼、心臓が動悸している………。

 それにあの陸軍大臣、私とカズト様が愛し合っているみたいな事を言うなんて、どうかしてます!!

 全く、これも全てカズト様のせいですよ!

 次に会ったら覚悟してください、私がこっぴどく怒りましからね!

 そう思いながら、アオイは陸軍省の建物を飛び出し、近くの駅へと向かい、グラデツ行きの列車に急いだ。

 そして同じ頃、カズトは宮殿からグラデツに出発して、少し経った頃である。そう私が言うと、陸軍大臣は沈黙する。

 言いたくないことがあるのね、どうしてかしら。

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