第5話 半魅の国

~ブリタニア百科事典②~

【ヘルヴェティア連邦】


  ゲルマニアでは『ヘルヴェティア誓約者同盟』と呼ばれている。

  ユーラの列強と連なるアルペーン山脈に囲まれた小国で、主要民族はハーフエルフを中心としたの混血人種が多い。

  人口は約325万人で、首都はロツェルン。

  政治体制は女神ヘルヴェティアが故郷のアルカディア神国から持ち込んだ直接民主制を採用している。

  周辺諸国の差別と暴虐の歴史を乗り越え、永世中立を掲げ、平和を維持している。

  国土、国民を守るための国民皆兵制度により、徴兵制を採用している。

  産業は昔からの酪農と観光業、そして産業の近代化による銃火器と時計などの精密機械を生業としている。

  最近はゲルマニアとは友好関係にあるが、長年抑圧された神聖ヴェネティア帝国の継承国のエトルリア帝国は今は外交上友好的だが国民世論は否定的である。



 俺とレナは戦場から抜け出し、基地でエルフたちが鹵獲したエトルリアのガソリン車で

 ヘルヴェティア連邦の首都ロツェルンに向かっている。

 すると朝日が登り始め、ヘルヴェティアの大地を照らしていく。

 先程いた戦場の街と比べて、空気が澄んでいて、自動車の車窓から涼しく、爽やかな風が入ってくる。

「涼しい………。」と、俺は小さく呟いてしまった。

 「ん?何か言ったかしら。」と、レナは俺の呟きに尋ねる。

 俺は「………何でも無いよ。」と答える。


 ヘルヴェティアに入国して数分が経ち、ハーフエルフが現れるようになっていくが、

 見た目は銀髪や黒髪で、目の色は赤や紫が多い。

 いやいや、エルフの突然変異にも程があるだろと思ったが、そういえばここは異世界だった。

 不思議な事が起こるのは普通だが、青目とか緑目が、人間の影響で生まれた子供が赤目になるとか生命の神秘だわ、本当に。

 そういえば、この国ではハーピーも居るんだよな………。


 「なあ、エルフとハーピーのハーフの民族ってどうなるんだ?」


 俺が質問すると、レナは突然だったからかビクッと反応するが、すぐに彼女は冷静に解答する。


 「何よ突然?どうしてエルフとハーピーの話が出てくるのよ。」

 「いや、この国の隣国だって聞いたから居るのかなと思って、いや、居ないか………。」

 「居るわよ、それはアンゲロイと言う人種になるの。」

 「………アンゲロイ?意味は?」

 「天使の事よ、もちろん愛称だけど。」


 て、天使だと………。

 なんか、すげーかっこいい感じがする………。

 あ、でも女性なら美人なのかもしれない。

 というか、男でも女でも良いから早く見てみたい。


「まあ、貴方達ニホンジンも理解出来ないよね、首都に天蓋いたら彼らもその街に多くいるから見ておきなさい。」

 「おう、わかった!」


 俺は黙々と車を走らせる。

 アルペース山脈の峠を走り終えると広い草原地帯がそこに広がっていた。

 牛や羊、山羊などが放し飼いされていて、

 まるでそこにハ○ジが存在してるかのような風景である。

 いや、これ絶対居るだろ。

 そう思いながら車で走っていると、小さな街に着く。

 街につくと、俺はその光景に驚いた。

 街には多くの兵士が彷徨いていたが、ハーフエルフだけではなく人間やエルフも仲良くしている。


 「なんか、ホントにこの国では人間とエルフは仲良いなんて、あの戦場での出来事があり得なく感じるなあ。」

 「この国だけよ、私の国のエルフの一部には人間に触ることすら嫌う人もいるからね。」


 それでもこの国では平和に暮らしている事には偽りは無い。

 人間とエルフは仲良く出来るんだ、と。

 するとレナは続きを話す。


 「昔はゲルマニアとエトルリアも仲が良かったのよ。でも、あのニホンジン達がやって来て、仲を悪くさせたの。だから、ここは昔の私たちの世界を写したようなところかもしれないわ。」


 その時のレナは悲しそうな顔をしている。

 しかし、この日の街は異様な雰囲気に包まれている。

 だが、そんな雰囲気など感じないまま彼らは首都へ向かう。

 数時間が経ち、途中休憩を挟みながらやっと首都ロツェルンに着く。

 ロツェルンは湖の畔にある美しい街で、立派な城壁がその街を囲んでいる。

 城の近くは巨大な商店街となっており、ピンからキリまで、いろいろな店があるそうだ。

 街に着いてすぐそこで衝撃的なものを見る。

 なんと、エルフの背中から白か銀色の翼が生えた人々が歩いている。


 「凄いな、あれがアンゲロイか?」

 「そうよ、彼らがアンゲロイよ。この辺でしか見れないものだから貴重よ。」


 ハーピーとは一見、見た目が同じの様に見えるが、ハーピーは様々な羽根の色に対して、アンゲロイは白や銀色の羽根が多い。

 これが『天使』の名前の由来のひとつだそうだ。


 「それにしても、首都は軍人や警察官が多いな。やっぱり、永世中立国ってのははそんな感じなのか?」


 そう俺はレナに尋ねると「おかしいわ………。」と答え、話を続ける。

 

 「ロツェルンは凄く平和な街で犯罪が滅多に起きないのよ。だから街には警察官が数名で賄える位平和な街と言われているわ。」

 「じゃあ、この国も戦争しているとか?」


 レナは横に首を振り、否定する。


 「それは無いはず、自分からでは戦争出来ない永世中立国よ!だが一つだけ可能性がある。」

「その可能性は何だよ?」


 レナは突然、身体が震え始める、まるで嫌な予感を感じ取っているような。


「こ、国際協同連盟の緊急総会が開かれた可能性よ………。」


 国際協同連盟?何だそれは?

俺はその国際協同連盟というものをを知りたかったのでレナに聞いた。

 

 「国際協同連盟って何だ?」

 「国際協同連盟、通称国協連。第一次魔王討伐戦争の際に作られた国際機関の事よ。世界各国が話し合って解決する場所みたいなものなの。」

 「その国協連の総会は今日あるのか?」

 

 レナは俺の問いに首を横に振る。


 「いつもなら夏ごろにやるわ。だから私が予想した緊急総会が行われる事もある。」

「じゃあ、その緊急総会が行われるときはどんな内容なんだ?」

「経済危機、軍縮、戦争関係の話など世界的な問題がある時には行われるわ。」

「じゃあ、この会議の内容はわかるのか?」

 

 俺がそう言うと、レナはまた首を横に振る。


 「分からないわ、だけど、嫌な予感がするのよね。」

 「どんな?」


 レナは一瞬口籠もったが、はっきりと言い直す。


 「ゲルマニアが敗けた………。だから緊急総会が行われた。でも、そんな事は無いわ!!多分エトルリアが和平を懇願しにきたのよ、きっとそうよ!」


 そう言いながらレナは泣きそうな顔をしていた。

 多分、ゲルマニアが敗戦する予感がしていたのだろう。

 あの戦場でゲルマニアの兵が引いたのもそれでうなずける。

 だが、レナはゲルマニアの王妃で皇位継承者である。

 もし、負けたら責任に追われる事があるかもしれないと思っているのだろう。


 「なら、他の人に聞いてみるか?」

 「………いい、私は聞きたくない。」

 「そうか、なら俺だけでも聞いてくるよ。」

 「………うん。」


 レナが弱々しい声になる。

 やはり、敗戦したことを聞くのが怖いのだろうか。

 そこまで敗戦が嫌いなのだろうか。

 少し大きな木の下で車を停めて待たせ、俺は車から降りて街の大通りに俺は向かっていく。

 突然、レナが追いかけ自分の右手を引っ張る。

 これってまさかあの去る寂しさで「待って、いかないで!」って言うんじゃないか!?

 そして、寂しさのあまり「やっぱり付いていくっ!」って言うんじゃないのか!?

 

 「待ちなさい………。」


 ほら来た!

 だが、俺の期待を反して彼女は金色のカツラとつけ耳を渡した。


 「ん?これは?」

 「カツラとつけ耳よ。黒髪はニホンジンとして怪しまれるかもしれないから変装しなさい。」


 だよねー、分かってたよ。

 まあ別に、俺はそこまで素敵な事に期待してないし………。


 「おう、ありがとう。これどこにあったんだ?」

 「さっき、この車のトランクに隠されてたのよ、多分この車は敵の諜報用の車だと思うわ。スーツもあるからそれも着なさい。」

 「わかった。」

 「………まさかだと思うけど、あなた本当はスパイじゃないよね、カズト。」


 レナは目を細め、睨みながら俺を怪しむ。

 俺はすぐさま否定した。


 「それは絶対に無い、転移したのもあそこの戦場だから。しかも俺はこの世界について知らないし。」

 「まあそうよね、あなたみたいな人はスパイに向いてない感じがするし、第一、ニホンジンって私がもうすでに分かってるしね。」

 

 彼女は手を丸めながら口に当てクスッと笑い、笑顔になる。

 先程不安になっていた彼女とは思えない顔だ。

 

 「なんだよ、別に良いだろ?とにかく、俺は行くからな。」

 「はい、行ってらしゃい。」


 俺はすぐさま服を着替え、カツラを被り、付け耳を着ける。

 正面には多くの家屋があり、その間に町に続くと思われる細い路地が無数にあってそのひとつを通る。

 すると立派な大通りに着いた、そこには古めかしい欧風な商店らしき建物が並んでいた。

 道には馬車とレトロなデザインの魔力車が走り、多くの人間とは違う様々な見た目の民族が通行人として歩いている。

 そこには現代日本、いや俺が居た世界では見られない「異世界」の景色が広がっていた。


 「今、俺は日本ではなく異世界に居るんだな………。」


 ここでようやく俺は異世界に来た事を実感したのだった………。

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