恋に世界は救われて

第36話 絵斗那レポート

 ―――2030年六月。日亜交流会で起こった“事件”の様子が、個人ブログの記事として投稿された。は現場に立ち会っておらず、友人が撮影しライブ配信していた映像を観ていた。


※※


『集え!愛国者たち』

2030年6月1日PM6:50

記事タイトルなし


 諸君、おはよう。


 我が最愛の同胞の晴れ舞台をレポートする予定だったが、知っての通り、のっぴきならない事態に陥ってしまった。わたしも冷静ではいられない。なので、敢えて予定していたとおり、ブログをアップする。不謹慎のそしりを受けようと構わない。これが私にとっての愛国なのだ。


 できる限り正確に書き起こす。


〇克也・墨氏(東亜民援事務局長、以下克也)「さて、登場してもらった若き友人たちに歌っていただく前に、私から申し上げておきたいことがあります」


〇霧島三郎氏(墨守恒の伴奏者、以下霧島)「手短に頼むぜ校長」


 (会場笑)


〇克也「(笑) できる限りそうしよう。

 私は、東亜に生まれ、現在の首相閣下の教育係を務めた後、日本に渡り、以来こちらで暮らしてきました。祖国を常に、外国から見てきた。そこで思ったことがある

 東亜は、おかしい」


 (会場がざわつく)


〇克也「今現在、この会場周りをものものしく巡回していらっしゃる『東亜断種会』の皆様、あなた方は我々を差別し、東亜人学校への執拗な強迫にも加担してきましたが、一部、主張に頷けない部分がなくもなかった。東亜は狂っている。それは、私もそう思います」


 (会場が静まり返る)


〇克也「かつては東洋の夢と讃えられた多様性と秩序を両立した国は、見る影もない。

 長らく体制の維持を目的化した政権は、市民を搾取し続けている。

 半鎖国政策を採りながら、この国を始め大国からの援助なしには生活が成り立たない。

 兵器開発。軍事的な挑発行動。国際社会からの孤立。それでも続く首相への個人崇拝。馬鹿馬鹿しいことです」


 (長い沈黙)


〇克也「女子サッカー、東亜対日本の……あの試合で、私は、絶望していました。

良い年をした大人たちが、指導者の吹く笛に合わせなければ、歓声も上げられない。黙れと言われれば、ピタッと鎮まる。自由が無い。個性がない。それらを勝ち取ろうという意思すらない。見た目だけは多様な、ただの家畜だとすら思いました。その中枢近くにいる、私も含めて、です。

 そんなうっぷんを晴らしてくれたのが、彼の歌でした」


〇墨守恒(以下、守恒)「……僕、ですか」


〇克也「そうだよ。全体主義国家の、あの気味の悪い沈黙を打ち破った君の声は、一瞬ではあるが、あの国の空気を変えたんだ。愛する祖国の未来を憂う者として、礼を言いたかった。ありがとう。

 そして会場の皆さん、耄碌もうろくした老人の長話を聞いて下さり、ありがとうございました。若くして、世界を変えた歌声を、これからどうぞ、お聴きください」


 (会場、拍手と歓声)


〇霧島「克也さん、良いスピーチだった。感動的だよ。俺と墨君のステージを最大限やりにくくしてくれてありがとう」


 (会場笑)


〇守恒「サブさん、僕からも一つ、いいですか」


〇霧島「このまま克也さんと緊急座談会になだれ込んでも構わない」


〇守恒「あははっ。ええと、今日は、僕のようなただの高校生に、このような場を設けてくださり、東亜民援の皆さんに、感謝申し上げます。そして、友人やバイト先のご家族も見に来てくれました。本当にありがとうございます。

 ―――この歌は、何十年も前に、日本人の男性と、東亜人の女性が外国で出会って作ったそうです。二人はその後、互いの国に帰り、一度も再会することはなかった―――でしたよね」


〇霧島「その通りだ。先生は誇らしいぞ」


〇守恒「あははっ。……で、その話を知って、こう思ったんです。なんで、会いに行かなかったのかなって。何か理由があったんだろうけど。僕は、会えるのに会わないのは、何か違うと思った。

 僕は、誰かが「行くな」って言われたくらいで行かないような、そんな、モブにはなりたくないって思いました」


 このとき、会場が困惑していて、わたしは大いに笑った。墨守恒はそんな空気は歯牙にもかけず、話し続けた。


〇守恒「だから、僕は行きました。応援したい人がいたからです。その人と、約束がありました。どんな試合でも観に行くって。本当に、それだけの理由でした」


 会場が、今までとは違う意味でざわついた。その理由を、墨守恒は理解していなかったと思われる。


〇守恒「ええっと……だから、僕は、僕のやりたいようにやっただけなので、皆さんもそうしてください。って、ことです。だから、今日はこれだけを言いに来ました―――モブにはなるな!!」


 マイクがハウリングするほどの大声に、会場は沈黙し、やがて大歓声と大爆笑が巻き起こった。その様子をご覧いただこう。


≪ここに動画が貼られている≫


 いかがだっただろうか。会場は衝撃的な演説もあったが、とても和やかな雰囲気だった。


 この歌が終わった直後までは。


 まず、私が視聴していたライブ動画を撮ってくれていた友人の悲鳴が上がった。


 撮影中のタブレットが激しく揺れ、そこに人間が走り込んでくるのが見えた。人相・性別ともに不明だが、先の話に出た、東亜人排斥を掲げる過激派の阿呆どもではない。服装で分かった。交流会に一般参加していた客の一人だ。


 その後は、ニュースや伝聞で知れる通りだ。会場は暴徒化した群衆により大混乱に陥り、多数の怪我人を出した。わたしの知人も、重傷を負い病院に搬送された。


 ここで一つ、重大なデマが流れているので否定しておきたい。


 あの騒ぎは、断じて、本国から指令を受けた東亜人が、日本人を襲ったものではない。


 わたしと友人たちが見たように、暴徒は日本人・東亜人問わず一般人で、襲われたのも日亜双方だ。克也・墨氏も孫娘を助けるべく暴漢たちに暴行を受けた。当局が発表した通り、あれは集団パニックで、“戦争の前兆”などでは断じてない。


 既に、罪のない外国人を襲った犯罪が横行し始めている。


 繰り返す。


 暴力を扇動する連中の風説に踊らされてはいけない。


 真の愛国者は、血に酔った言説を冷静に受け流せるのだ。


 最後に、わたしの親友がいみじくも叫んだ言葉でこの拙文を締めくくりたい。


 我が親愛なる愛国者諸君  


 モブにはなるな    2030年6月1日 記 コメント(12650)』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る