第35話 交流会と乱れる世界

「なんてこった」


 翌日は、守恒もりつねの予想通り、朝から雨が落ちそうな曇天であった。


「俺のせいだな」


 慣れた様子で野外用テント設営の陣頭指揮をとったサブが言った。どうやら雨男のようだ。


「amazarashiと呼んでくれ」

「ダメでしょう」


 ミュージシャンとしては大分きわどいネタで守恒を笑わせたサブは、二つの大通りに挟まれた久屋大通公園を見渡す。


「それにしても、なかなかオリエンタルなお祭りだな」


 国際交流会とものものしい名付けはされつつも、実際は“イベント”といって差し支えない、賑やかなものだった。出店が軒を連ね、それなりに金のかかったステージが建てられ、チケットも入場料も取らず、物珍しそうな人々が雑多に集まってくる。


 空は暗いが、地上は明るい。あちこちできらびやかな東亜の民族衣装が見られるからだ。


 その外見は一言でいえば、ゴチャゴチャしている。


 男性は、下がビビッドな色合いの袴、上がモンゴルのデールのようなごつめの衣装。中には、アクセサリーだけをつけてほとんど上半身裸のポリネシア系もいる。頭はこれまたド派手に天も突けとばかりの花飾りをつけている。


 女性は、下がふんわりとした朝鮮半島のチマチョゴリのような衣装で、上がチャイナドレスのようになっていた。そして、髪型は和風。


 文化の折衷せっちゅうというよりは、むしろ闇鍋。多民族なのに衣装だけは同じという違和感マイナスが乗算され、むしろ自然プラスの印象に転じている。


「墨くん、見てみな」


 サブが言った方向に目をやると、守恒は思わず声を漏らした。


「先輩……綺麗ですね。ついでに薬利くずりも、それなりに似合ってる」


 オリエンタルでエキゾチックな衣装に身を包んだ三人の少女が、それぞれに笑みを零す。


「ありがとうございます。お化粧もわたくしがしたのですよ」と、ラン。

「綺麗な衣装だけど、なんか恥ずかしいね」と、咲久さく

「ついででもお褒めにあずかり光栄です、墨さん」と、真緒まお


 共に行動したかったが、時間が迫っていた。


出演陣おれたちは音響のチェックがあるから、デートはまたあとでな」


 ステージ裏へ向かう。出番を待つ。サブが話しかけてくる。


「坂ノ上選手は、綺麗だったな」

「はい」

「“ユビサキ”はラブソングだ」

「はい」

「どうだ、この際、盛大にイベントを私物化するってのは」

「……はい?」


 意味が分からない。いや、なんとなくわかる。だが、それはできないと思った。


「先輩に迷惑がかかっちゃいますよ」

「それはないだろう。昨日だって、随分とだったみたいじゃないか」

「言い方」

「知ってるかい? ステージってのは、便所と一緒だ」

「便所」

「人前では出せないモンが、漏れて、垂れ流しになる。本当の気持ちが、丸裸にされる」


 本当の、気持ち。


「僕は……」


 本当に、したいこと。


「サブさん」


 サブは柔和な笑みで守恒と目を合わせる。空模様とは真逆の、曇りなき目。


「僕は、この世からモブを駆逐したいです」

「……うん、その意気だ。かましてやろう」


※※


 赤道に近い国だからだろうか、ラテン気質というか、おごそかさのまるでない狂騒があった。


 真緒は、えらい場所に招待されてしまったものだと思いながら、言う。


「これでダンスミュージックなんてかけたら、完全にレイヴパーティね」

「レイヴ? それはなんですか、真緒様」


 ランが訊いてくるが、真緒も、明瞭に言語化はできない。


「なんていうか、正気を失ったように踊り狂うイベント、かな?」

「よくご存じですね」

「そういうの好きな友達がいて」


 無論、一奈かずなのことだ。真緒は尽くすタイプであり、恋人の趣味には精一杯合わせるタイプだった。


 入れ込んでしまうのは欠点でもある、と、真緒は自分でも分かっている。でもやめられない。だから愚かなこともした。分かっている。それ故に―――


「守恒くん大丈夫かな大丈夫だよねだってあの人だもんきっとそうだから落ち着け私なんで見てるだけなのにびくびくしてるの鎮まれ私の豆腐メンタル」


 などと早口で繰り返している咲久の気持ちも、よく分かってしまう。


 似たところもある。昨日、少しだけ話して、気が合う部分もあると知った。


 謝りたい。心から、そう思う。


「咲久様、ド緊張されてますね」

「そそそそそそんなことないよよよよ」

「真緒様、咲久様が壊れたプレーヤーになっていらっしゃいます」

「うん、前から思ってたけどあなた、言葉にそこはかとない毒と棘が混ざるわね―――坂ノ上さん」

「ひゃい!?」

「私が言うのもなんですけど、墨さんのこと、信じましょう。色んな意味で、クソ度胸は据わってる人だもの」


 真緒はよく知っている。人が説教してる傍から寝転がったり、見ざる聞かざる言わざるになってみたり、ちょいちょい油断したときに『クズ』呼ばわりを挟んできたり。


「あーもう本当に盛大に音程外して歌詞も忘れて大失敗すればいいのに」

「薬利さん!?」


 真っ黒な本音が漏れだすのと同時に、黒っぽい一団が女子三人に近付いてきた。


「Hey, girls!」

「こんにちは」


 シューメイカー家だ。今日は日曜。店も休み。一家総出で、従業員もりつねの応援。


「涼風さん!」

「ランちゃーん! 衣装、すっごく可愛いね!!」


 涼風が勢い込んでランに抱き着いてくる。微笑ましい光景。一奈と自分だと、恐らく何故かR指定っぽくなってしまうだろう。


「なかなかボクらには居心地のいい空間だよ」


 ロバートが言う。彼も何故か、東亜の民族衣装に身を包んでいた。ひときわ目立っている。


「ボクの大叔母の親戚筋が東亜の出身でね。ルーツの一部ってやつかな」


 守恒が日亜戦のチケットを取れた理由が明らかになった。なるほど、知り合いの知り合いか。


「さて、良いポジションを確保しよう。妻よ、娘よ、スミスの勇姿を永久保存するぞ」

「「おおー!」」


 仲のいい家族に微笑んでいると、メインステージでの音楽系のパフォーマンスが始まった。


「本日は日亜交流会にご参加いただき、誠にありがとうございます。私や友人が軒並み雨男な中、何とか曇り空に留まったのは皆さまのおかげであります。

 日本人の皆さん、今日は楽しんでいってください。東亜人も、ならず者国家の威信をかけ、節度を持って盛大に盛り上がりましょう!」

「事務局長!?」


 東亜民援の長である克也氏自らがブラックジョーク交じりで司会進行する中、ステージはつつがなく進行していった。


「さて、次なる出演者は、私の主催者としての職権を乱用して呼びつけました。拍手でお迎えください。墨守恒さん!」


 そして、守恒とサブが現れる。「ロックスターがスーツなんぞ着られるか」というサブの要望もあり、普段着。飾らず、気取らず、守恒らしいと思う。


 真緒が、ふと違和感を覚えた。ステージを見つめる、一人の人物。


 あの人、どこかで……?



 ―――三十分後。



 守恒が歌い終わった直後、事件は起こった。


「坂ノ上さん……ごめんな、さい」


 ようやく、謝れた。安堵と共に、頭から血を流した真緒の意識は、闇に溶けていった。




 そしてそれが、世界を巻き込む狂乱レイヴの引き金であった。

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