第27話 守恒と仲間たち と、真緒

 放課後。


 守恒もりつねは、監督コーチマネージャー不在となってしまった部活を自主練習に切り替え、ある場所にいた。


 結局、守恒の退学署名はされなかった。


 どの学校にも、裏ネットワークは存在する。頑として自分では見ようとしなかった守恒の退学勧告署名も、その中で立ち上がった企画だった。


 木瀬川高校反すみ守恒もりつね派。なんとも学生らしい、暇に飽かせたせせこましい派閥だ。


「これでも学内階級の上位層が多数所属しているのですよ」

「三年経てばほぼ自動的にさようならの場所がっこうで階級を作る意味って何かあるの?」

「そういうことを真顔で言うから墨さんは嫌われています」

「はぁ……? でも、そうだな。『反モブ同盟』とかだったら僕も所属したいしな」

「そうなったらこっちがはぁ? ですよ―――とにかくっ」


 相変わらず会長しかいない生徒会室で、薬利真緒くずりまおは椅子に座り、腕と足を組んだ体勢で言った。


「危険そうな芽は摘んでおきました。これで、借りは返しましたよ」

「恩に着るよ」


 守恒はソファに寝そべり、腕と足を組んだ体勢で言った。


「ぐぬぬぬ」

「弱みも握っておくもんだね」

「なんの、話、ですか?」


 真緒のこめかみ辺りがピクピクと動く。


「休日のショッピングモールのトイレで、生徒会長あんたは何をしていた?」

「え? なんで助けた直後に脅されてるの私」


 いかりのボルテージがあがっていく。


「また頼むぞ、クズ……ヘックシ!」


 わざとではないのだろうが、そこでくしゃみをしたことが、真緒の逆鱗に触れた。


「うがああああぁぁぁぁ!!」

「うわっ!? なんだ、どうした!」


 ソファに寝転がる守恒に、馬乗りになる真緒。


「そこまで! 言うんでしたら! あなたも! 同じ状況に! 引き込んでやろうかァァァァ!!」

「やめんか! もっと自分を大事にするんだ!!」


 流石の守恒も予想外。貞操観念を放り投げたカミカゼアタックを敢行する真緒を、どう引き剥がしたものか。


 妙案が思いつかないうちに、生徒会室の扉が開いた。


「あ」

「あ」

「「「「「あ」」」」」


 やってきたのは、女子サッカー部の二年生と一年生たちだった。守恒に勧誘され入部した仲間たちが計五人。彼女らが、ソファの上でくんずほぐれつの状況にある真緒と守恒を目の当たりにした。


「「「「「シツレイシマシタ」」」」」

「待て」


 息の合った様子で、ドアをそっと閉じようとしたサッカー少女たちを全力で引き留める。


 いつぞやの時のように、お茶を入れて皆をなだめる。女子たちから口々に罵倒が飛ぶ。


「ひどい。浮気です」

「最低です」

「しかもこんなところで」

「恥を知れ」

「土下座しろ」

「言われてるよ、薬利」

「え? 私なの!?」


 守恒が逸らしたすべての流れ弾を浴びた真緒。


「当たり前だろ。あとみんな、言っておくけど、僕は誰ともお付き合いしてないよ」

「「「「「えー!?」」」」」


 部員たちからはブーイング。


「じゃあ僕が誰と恋人だっていうんだ」

「そりゃ、坂ノ上先輩キャプテンでしょ?」

「いや、倉本先輩ぶちょうじゃないの?」

「え? クラスの貝塚かいづかさんだと思ってた」

「一年の転校生の子だって噂だよ」

「一年生だけど、モオさんじゃなくて、シューメイカーさんだってば」


 見事なまでに情報が錯綜していた。


「墨さん、モテモテでよろしいことですね」


 真緒が珍しく攻勢に回る。


「いや、ほかは知らんが、一奈はこの生徒会長くずりと付き合ってるんだよ」

「な!?」


 一瞬で守勢になった。


「え、マジ情報?」

「マジガチ情報?」

「ガチレズ速報?」

「百合速報なの?」

「ガチ百合速報?」


 色めき立つ仲間たちに、守恒は釘を刺す。


「ここだけの秘密だからね。広めちゃだめ。絶対だよ?」

「「「「「は~い」」」」」

「何一つ信用できない。速報される予感しかしない」


 頭を抱える真緒。どうやら先ほどの誤報も一奈真緒かずまお速報に押し流された模様だ。


「というか、あなたたち息合い過ぎじゃないですか。台本でもあるみたいでしたよ」

「これが、僕たちの絆だよ」

「くそぅ。しょうもないのに、妨害ばかりしていたせいで強く出られない……!」


 やられっぷりが板についてきた真緒だった。


「さてと」


 かなり遠回りしたが、ようやく本題に入る。


「みんなはこんな場所に何の用だったんだい?」

「こんな場所言うな」


 真緒の抗議は誰もが無視し、二年生のみなみ恵華えっかが今日び珍しくプリントアウトした紙束を守恒に手渡してくる。


「また墨くんが退学だーなんて言われないように、先回りして署名集めてきたよ」


 部員全員分と、一馬や、涼風、ラン、彼ら彼女らの友人たちの名もあった。


「……」


 守恒は、束をしばらく無言で捲っていた。そして、呟いた。


「僕は、幸せ者だな」


 どんなに小声でも、誰もの耳に届く深い声で言った。部員たちが満面の笑みを見せ、真緒もどこか安心したように、鼻からふっと息を吐いた。


 万感の思いといった風に、守恒は仲間たちに感謝を告げる。


「ありがとう。こんな、変わり者な僕の味方でいてくれて、嬉しいよ」

「「「「「え?」」」」」

「なに?」

「「「「「自覚あったんだ」」」」」


 守恒は破顔した。


「まぁね」


※※


 帰りしな、守恒はふと思ってたずねた。


「そういえば、薬利は先輩に謝れたの?」

「……だめでした」

「そうか」


 無感動に答えつつ、守恒は少し思案して、こう言った。


「ランにお呼ばれした東亜の交流会の場所、名古屋なんだけど、薬利も一緒に行く?」

「え?」

「友達を何人か誘っていいって言われてるんだけど、忙しい連中が多いんだ。坂ノ上先輩は了承してくれそうだから、薬利も―――」


 守恒の提案を聞いた真緒は、少し泣きそうな顔になった。しかし、堪えた。


「借りを返したと思ったら、すぐに貸してくるんですね。まるで闇金です」

「それほどでも」

「……はい。ありがとうございます」


 また少し、距離を縮める二人だった。

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