第26話 翌朝、再びの退学危機
ゆめゆめ、飲むまいと思っていたエナジードリンクに翼を授かり、
「お兄ちゃん、さすがに死ぬんじゃない?」
「僕は大丈夫。むしろ、逆にとても調子が良いんだ。今ならこの木瀬川を走り幅跳びで超えられそうだよ」
「それは良かったね。でも守恒さんはもうレッド〇ル飲むの禁止ね。お父さんにも言っとくから」
守恒は、カフェインがキマり易い体質だった。
「
いつも通り、守恒の深いが優しさもこもったバリトンで檄が飛び、練習が終わった。
「じゃあ、僕はエトに用があるから、これで」
守恒が去ると、部長の
「なぜ今日のマネージャーには、松岡〇造の霊が乗り移っているのか」
であった。
「いや、私に訊かれても―――っつうか松岡さんも死んでないし。まぁ、あんなガンギマッた目と声で来られたら自然と気合も入るってもんだけど」
幸い明日は土曜日。みんなで強制的な有給休暇を取らせよう。そう、一奈は涼風たちと決めていた。
※※
一限はサボった。
「ちょっと寝てきます」と教師に告げたら「そりゃそうだろ」と言われたが、向かったのは保健室ではなく、PC室。
「来ると思ったよ。入りたまえ」
まるで自分の部屋か何かのように守恒を通す男装のミニサイズ少女。PCの画面には、とあるSNSのサイトが表示されていた。
「昨日の人だ」
内容を要約すると、
『昨日のH市の暴動で、殺意に満ちた襲撃を受けた。企業・個人問わずメディアの断罪的な流言飛語/無責任なコメントに踊らされた暴徒たちの仕業である。
私が生きているのは、一人の勇敢な少年に助けられたからだ。彼は名も告げず、見返りも求めなかった。まだ日本に武士道が残っていたと感激している。
私の逮捕・釈放は正式な手続きに則ったもので、疑わしきは罰せずの原理原則に従った適正なものである。
これからも自らの無実を訴え、戦い続けていく所存』
と、いうことである。
「ふぅん。まぁ、頑張ってくださいって感じかな」
「ふふん。ついに墨が真の愛国者として認められたということだ」
守恒は興味なさげだが、何故か絵斗那が鼻高々だ。
「僕はモブを辞めただけで、侍になった覚えはないよ?」
「何を言っている。日本男児たるもの、侍と呼ばれて喜ばない奴がいるか」
「ここにいるよ。なんか野蛮だし、切腹なんて土下座されてもしたくない。殿様より自分に従いたい」
テンションが戦前に回帰しつつある友人を、あくまでも二十一世紀的価値観で
「それにしてもすごいコメント。「死ね」って書かれてないものを抽出するのが無理なんじゃないかな。まったく、これだからモブ共は」
相変わらずニュースに疎い守恒は、あのお漏らし老人のなにがそんなに恨みと憎しみを買っているのか分からない。ただ、コメントで罵詈雑言を投げつけてくる者たちは彼にとって“モブ”らしい。つまり、守恒にとっての“敵”は、若月ではない。
「とりあえず、僕の名前が出てなくてひと安心かな」
また、身に覚えのないところで言論が暴発してモブレイヴなど洒落にもならない。授業を抜けてまで確認したかったことがそれだった。
「安心ついでに、ひと眠りしようかな。エト、膝枕してくれない?」
「ひざっ……!? おい、墨、どうかしてしまったのかい?」
「ど~もし~てな~いさぁぁぁぁぁぁ~~~~~(ロングトーン)」
「いかん」
明らかに守恒のテンションもおかしくなっていた。部屋中にこだまする声。持ち前のバリトンにビブラートまで効かせ始めている。レッドブ〇恐るべし。
「……よし、墨、女だてらに私も侍だ。覚悟はできた。このささやかな太ももでよければ貸そうじゃないか」
「いや、冗談だよエト」
行くところまで行ってはいなかった守恒。翼を閉じ、地面に降り立つと、再度PCの画面に向き直る。
「……あれ?」
「……なんだね」
「これはまたなんで僕の学校が割れてるのかな?」
一万件以上を記録している新着のコメントに、『新情報。轢き逃げバカ月(若月のことだろう)を助けたクソガキは木瀬川高校の生徒の模様』と書かれている。守恒の名は辛うじて無いが、何故―――
「すまない、墨」
「お前かエトォ!」
壮絶なレスバトルの末、悪質なユーザーにIPアドレスを割られたらしい。つまり
「なんてこったい」
早晩、守恒のこともバレるだろう。身内に背中を撃たれた格好。その
「うむ。少々ヒートアップしてしまってね」
「いいからエトお前、もうネットの回線切れ。
守恒は溜息を吐く。また退学勧告されるかと思うと、少し憂鬱だ。レッドブルが欲しい。もう伏字を使うのもめんどくさい。
だが、そうはならなかった。
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