第10話 ダブルヘッダーデート(男女問わず)

 翌々日の日曜日、すっかり回復した守恒もりつねは、地元ショッピングモールのフードコートにいた。早めの昼食はうどん。テーブルには、各種揚げ物が山と積まれていた。


守恒ツネと二人で遊ぶなんて、かなり久しぶりだな。コロッケ貰うぞ」

「どうぞ。一馬はライブもあるし、僕は出禁だしね。あ、エビは僕が貰うよ」

「はいはい。まぁ、社長も事情は分かってんだけどな。立てなきゃならん面子ってもんがあるんだよな」

「分かってるよ」


 守恒と一馬。さきほど、ゲームセンターで十連戦してきたところだ。下手の横好き同士、世紀の凡戦は、きっかり五勝五敗の戦績に合わせて、順番にトッピングを選びあっている最中。


 仲良しである。


 控えめにいって、物心ついて以来の親友。


「昨日は大事を取って休んでたけど、これからもライブの出待ちはさせてもらうよ」

「その言葉だけだと完全にやべーファンだよな」

「あははっ。そうだね」


 ちなみに、『カフェ・シューメイカー』は日曜定休だ。クリスチャン家系だったロバートが「安息日に働くの、すごい違和感ある」とのことで、飲食店らしからぬ強気の休日設定となっている。


 ただ、礼拝に行ったりはしていない。涼風すずかも今日は母静佳しずかとおでかけ。ロバートは仕入れと言い張って、昼からアルコールをあの樽腹に詰め込んでいるはずだ。


 なので守恒は暇。風邪から回復した日曜の朝は、生憎の雨だったが、こうして一馬と共にいる。


「んでよ。お前、咲久のことどう思ってんだ?」

「え?ん~っと、めちゃめちゃ尊敬してる」

「曇りなきまなこでなんてつまらんこと言いやがる」


 男子二人が揃えば猥談が始まるものだが、一馬アイドル守恒かわりものだと、その程度はずいぶん抑制的になる。


「ネタじゃなくてガチのマジなのか。恋愛感情的なアレはないってのか」

「ネタってなんだよ、アレってどれだよ―――うん、でも、まぁ」


 直言的な守恒にしてみれば、珍しい数秒の逡巡しゅんじゅんを経た後、


「よく分からないよ」


 と、言った。


 並みの友人なら「はっきりしろ」と苛立つところ、しかし何を隠そう、一馬は守恒の“十五年来の親友”だった。


「ほう。咲久を彼女にしたくないわけじゃねぇと」

「でも、初対面があれだったからな。なんか、美人の先輩が弱ってるところに付け込んだみたいだし」

「ありゃ、意外だな。ツネってそんなこと気にするタイプだっけ」

「僕をなんだと思ってるんだ」

「我が道を行く変人」

「兄妹そろって反論できない回答はやめてくれ」


 それから一呼吸分の沈黙を経て、守恒はこう言った。


「先輩や一奈、一馬たちに比べると、僕はあんまりだからなぁ」

「あんまりっておい……まぁいいや。咲久とデートできたら、嬉しいか?」

「そりゃあね」

「ではご本人に登場してもらいましょう」


 まるでモノマネ番組のようなことを言って、席を外した一馬が連れてきたのは、誰あろう坂ノ上咲久その人だった。


※※


 坂ノ上姉妹と一奈が暮らすシェアハウスは、日曜朝ニチアサから戦争だった。


「一奈ぁ、スカートなんて無理だよぅ」

「学校でいっつも履いてんだろうが!守恒オトコと会うだけで今さらビビってんじゃねぇ!」

「妹ぉ、ちょっとツラ貸せや。絶対に負けられない戦いがそこにあるってのに化粧が甘ぇぞ」

「ひぃ~」


 一馬から「今から守恒と遊びに行くから途中で咲久と交代しようぜ」との連絡が入った。意気揚々といつものナチュラルメイクにデニムのカジュアルコーデでお出かけしようとする咲久を、止める声が掛かった。


「テメコラデートナメテンノカ」

「ヤキイレテヤンヨ」

「……ふぇ?」

 なんだか悪鬼の如き殺意の波動を感じる姉と友人との“試合”がキックオフ。


 筋肉のついた足を出すのが嫌、身体のラインが出る服はダメ、あと今すぐ身長五センチ縮めたい。


 それにいちいち「短足への嫌味か?」とか「出したくても出ないラインの子もいるんですよ」とか「てめーはチビを怒らせた」とか、やり返しながら、ようやく折衷案がまとまる。


 とはいえ。


「パンツでも全然アリだったね」

「ね」


 桜色のロングのワイドパンツと、こちらも甘めな色合いのふわりとしたブラウス。モデル体型のアスリート系女子だ。何を着ても似合った。


「なんなんだよぅ、なんなんだよぅ」

「坂ノ上先輩?」


 咲久の回想が終わり、一馬が去り、いよいよ二人きり。


「割り込んじゃってごめんね、墨くん」

「いいえ、嬉しいですよ」

「むふっ!」

「え?」

「ナンデモナイヨっ」


 気持ちの悪い笑い方をしてしまった後悔から、とんでもないイントネーションになってしまったが、守恒は気にしないでいてくれた。


 ―――ああ、やっぱり好きだなぁ。


 一奈に言ったら「それを口に出せと言っとろうが」などと怒られそうだ。


「お昼食べましたか」

「ええっとね……」

「食べてないんですね。じゃあ、どこか入りましょうか」

「でも、墨くんはもう食べてたんじゃ」

「はい。だから先輩が食べるのを横で見てます」

「はぅ、それは、どうかお手柔らかに……」

「あははっ。冗談ですよ―――お手柔らかに?」


 ―――かっこいいなぁ。


 これも一奈なら「まぁ、声は良いよね」と、そっけなく言うのだろうけど、ほかのところもちゃんとかっこいいよ、と、言い返したい。今は自分の訳が分からない発言でキョトンとさせちゃったけど。それも、かっこいい。


 守恒は大きなピザを出すレストランに連れて行った。二人でシェアできるように。自分だけが食べている居心地の悪さを軽くするために。


「育ち盛りだからたくさん食べてくださいね。食べるのもトレーニングですよ」


 と、サッカー選手をマネジメントするモードになってしまっていたけれど。


 そういう気取らなくて、一生懸命なところに、惹かれたのだ。


「先輩、今日は服が可愛いですね」

「ぬふぅ!」


 ピザをほおばった瞬間に言われ、また奇声を上げてしまった。ボックス席の向かいには、「熱かったですか」と、これまたキョトン顔が座っている。


「いつものかっこいい感じも良いですけど、そういうのも似合いますね」

「(ごくん)……それはどうも」


 試合中に思わぬ角度からパスが来てもこんなに慌てない。とんだキラーパサーだ。ちゃんとトラップできた試しがない。あと、いつもの服はとっても適当だから、褒められても恥ずかしい。


「ん~?」

「こ、今度はなん、ですか?」


 低音で疑問符を浮かべながら、こちら側に少し身を乗り出してくる守恒。


「顔が……いつもより綺麗だ」


 死んだ。


 いや、心臓は動いてる。だが、もはや奇声のレパートリーも尽きた。


「気付かなくてすみません。ひょっとして、ちょっと楽しみにしてくれてました?」


 ひょっとどころじゃなくて図星だし、ちょっとどころじゃなくてずっと頭有頂天です。


 ああもう、先輩の威厳も何もあったもんじゃないよ。そんなもの最初からなかったって?知ってるよ!


 好きです。一年前から、ずっと。


「いや、もしかして、雨が降って練習がなくなったのが嬉しかったとか?」

「……ソンナコトナイヨ」


 それはそれで図星だった。

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