第10話 ダブルヘッダーデート(男女問わず)
翌々日の日曜日、すっかり回復した
「
「どうぞ。一馬はライブもあるし、僕は出禁だしね。あ、エビは僕が貰うよ」
「はいはい。まぁ、社長も事情は分かってんだけどな。立てなきゃならん面子ってもんがあるんだよな」
「分かってるよ」
守恒と一馬。さきほど、ゲームセンターで十連戦してきたところだ。下手の横好き同士、世紀の凡戦は、きっかり五勝五敗の戦績に合わせて、順番にトッピングを選びあっている最中。
仲良しである。
控えめにいって、物心ついて以来の親友。
「昨日は大事を取って休んでたけど、これからもライブの出待ちはさせてもらうよ」
「その言葉だけだと完全にやべーファンだよな」
「あははっ。そうだね」
ちなみに、『カフェ・シューメイカー』は日曜定休だ。クリスチャン家系だったロバートが「安息日に働くの、すごい違和感ある」とのことで、飲食店らしからぬ強気の休日設定となっている。
ただ、礼拝に行ったりはしていない。
なので守恒は暇。風邪から回復した日曜の朝は、生憎の雨だったが、こうして一馬と共にいる。
「んでよ。お前、咲久のことどう思ってんだ?」
「え?ん~っと、めちゃめちゃ尊敬してる」
「曇りなき
男子二人が揃えば猥談が始まるものだが、
「ネタじゃなくてガチのマジなのか。恋愛感情的なアレはないってのか」
「ネタってなんだよ、アレってどれだよ―――うん、でも、まぁ」
直言的な守恒にしてみれば、珍しい数秒の
「よく分からないよ」
と、言った。
並みの友人なら「はっきりしろ」と苛立つところ、しかし何を隠そう、一馬は守恒の“十五年来の親友”だった。
「ほう。咲久を彼女にしたくないわけじゃねぇと」
「でも、初対面があれだったからな。なんか、美人の先輩が弱ってるところに付け込んだみたいだし」
「ありゃ、意外だな。ツネってそんなこと気にするタイプだっけ」
「僕をなんだと思ってるんだ」
「我が道を行く変人」
「兄妹そろって反論できない回答はやめてくれ」
それから一呼吸分の沈黙を経て、守恒はこう言った。
「先輩や一奈、一馬たちに比べると、僕はあんまりだからなぁ」
「あんまりっておい……まぁいいや。咲久とデートできたら、嬉しいか?」
「そりゃあね」
「ではご本人に登場してもらいましょう」
まるでモノマネ番組のようなことを言って、席を外した一馬が連れてきたのは、誰あろう坂ノ上咲久その人だった。
※※
坂ノ上姉妹と一奈が暮らすシェアハウスは、
「一奈ぁ、スカートなんて無理だよぅ」
「学校でいっつも履いてんだろうが!
「妹ぉ、ちょっと
「ひぃ~」
一馬から「今から守恒と遊びに行くから途中で咲久と交代しようぜ」との連絡が入った。意気揚々といつものナチュラルメイクにデニムのカジュアルコーデでお出かけしようとする咲久を、止める声が掛かった。
「テメコラデートナメテンノカ」
「ヤキイレテヤンヨ」
「……ふぇ?」
なんだか悪鬼の如き殺意の波動を感じる姉と友人との“試合”がキックオフ。
筋肉のついた足を出すのが嫌、身体のラインが出る服はダメ、あと今すぐ身長五センチ縮めたい。
それにいちいち「短足への嫌味か?」とか「出したくても出ないラインの子もいるんですよ」とか「てめーはチビを怒らせた」とか、やり返しながら、ようやく折衷案がまとまる。
とはいえ。
「パンツでも全然アリだったね」
「ね」
桜色のロングのワイドパンツと、こちらも甘めな色合いのふわりとしたブラウス。モデル体型のアスリート系女子だ。何を着ても似合った。
「なんなんだよぅ、なんなんだよぅ」
「坂ノ上先輩?」
咲久の回想が終わり、一馬が去り、いよいよ二人きり。
「割り込んじゃってごめんね、墨くん」
「いいえ、嬉しいですよ」
「むふっ!」
「え?」
「ナンデモナイヨっ」
気持ちの悪い笑い方をしてしまった後悔から、とんでもないイントネーションになってしまったが、守恒は気にしないでいてくれた。
―――ああ、やっぱり好きだなぁ。
一奈に言ったら「それを口に出せと言っとろうが」などと怒られそうだ。
「お昼食べましたか」
「ええっとね……」
「食べてないんですね。じゃあ、どこか入りましょうか」
「でも、墨くんはもう食べてたんじゃ」
「はい。だから先輩が食べるのを横で見てます」
「はぅ、それは、どうかお手柔らかに……」
「あははっ。冗談ですよ―――お手柔らかに?」
―――かっこいいなぁ。
これも一奈なら「まぁ、声は良いよね」と、そっけなく言うのだろうけど、ほかのところもちゃんとかっこいいよ、と、言い返したい。今は自分の訳が分からない発言でキョトンとさせちゃったけど。それも、かっこいい。
守恒は大きなピザを出すレストランに連れて行った。二人でシェアできるように。自分だけが食べている居心地の悪さを軽くするために。
「育ち盛りだからたくさん食べてくださいね。食べるのもトレーニングですよ」
と、サッカー選手をマネジメントするモードになってしまっていたけれど。
そういう気取らなくて、一生懸命なところに、惹かれたのだ。
「先輩、今日は服が可愛いですね」
「ぬふぅ!」
ピザをほおばった瞬間に言われ、また奇声を上げてしまった。ボックス席の向かいには、「熱かったですか」と、これまたキョトン顔が座っている。
「いつものかっこいい感じも良いですけど、そういうのも似合いますね」
「(ごくん)……それはどうも」
試合中に思わぬ角度からパスが来てもこんなに慌てない。とんだキラーパサーだ。ちゃんとトラップできた試しがない。あと、いつもの服はとっても適当だから、褒められても恥ずかしい。
「ん~?」
「こ、今度はなん、ですか?」
低音で疑問符を浮かべながら、こちら側に少し身を乗り出してくる守恒。
「顔が……いつもより綺麗だ」
死んだ。
いや、心臓は動いてる。だが、もはや奇声のレパートリーも尽きた。
「気付かなくてすみません。ひょっとして、ちょっと楽しみにしてくれてました?」
ひょっとどころじゃなくて図星だし、ちょっとどころじゃなくてずっと頭有頂天です。
ああもう、先輩の威厳も何もあったもんじゃないよ。そんなもの最初からなかったって?知ってるよ!
好きです。一年前から、ずっと。
「いや、もしかして、雨が降って練習がなくなったのが嬉しかったとか?」
「……ソンナコトナイヨ」
それはそれで図星だった。
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