第6話 木瀬川高校女子サッカー部

 県立木瀬川きせがわ高校はその校名に冠された川の近くに立つ学校で、高い堤防を見上げている。


 堤防を越えた先にある広大な河川敷が、学校のグラウンドとして使われている。田舎ゆえの土地の広さ。堤防沿いを駆ける朝練陸上部を自転車でぶっきぎった守恒は、サッカーボールを蹴る女子たちの元へ降りて行く。


「監督、先輩、お疲れ様です」

「墨くん!」


 ジャージ姿の坂ノ上さかのうえ咲久さくがパッと顔を輝かせる。その隣、彼女より頭二つ背が低いが、顔のよく似た女性がニヤニヤと守恒に話しかける。


「よぉ、。ウチのお姫様が昨日は大変だったぜ?」

「え? なにかあったんですか」

「この子の『ツネ様語り』が止まんなくてなぁ―――グホォァ!?」

「お姉ちゃん! 本人に言わないでって言ったでしょ!」


 体格的には姉のような妹に思いきり背中をぶっ叩かれた咲久の姉、坂ノ上咲希さきが、肺のすべての空気を声に変えながら芝生に倒れる。


「おいこら咲久ゥ! こちとら障害者だぞ! 足がもう一本なくなったらどうする!?」

「反応に困る種類の冗談でやり返すのやめてよぉ!?」


 ぎゃあぎゃあ言い合う姉妹を一旦放っておいて、守恒が持ち前のよく通る大声で女子サッカー部員たちを集合させる。


「―――というわけで、今年は全国制覇、さらには皇后杯出場も狙える戦力だと思ってる。坂ノ上監督と坂ノ上キャプテンを信じて、気を抜かずにやっていこう、解散!」


 軽い檄も含んだ守恒の声は一年戦ってきた仲間のみならず新入部員の胸にも響いたようだ。


「咲希さん、コイツ、堤防のダッシュ本数、ごまかしてますよ」


 しかし、肝心のキャプテンは、実のところ、練習嫌いだったりする。


「一奈!? 私を裏切るの……!」

「ブルータスを見るカエサルみたいな目になりましたね、先輩」


 当然、実際に見たことなどないが、守恒にはそんな風に見えた。


「しゃらくさいわ。一晩中やかましく守恒がああだったこうだった語りまくりよって。友達を寝不足にした罰だよ」


 どうやら試合ではFWフォワードとしてコンビを組み、私生活でも坂ノ上姉妹とシェアハウスで暮らしている一奈も被害者だったようだ。


「ほぅ……。この姉の練習メニューをサボるとは良い度胸だ、妹よ」

「お、お姉ちゃん、か弱い障害者が出すレベルじゃない殺気が出てるよぉ……?」

「我が左足のサビにしてくれようか」


 咲希はそう言って、某名奉行の桜吹雪の如くジャージの裾をたくし上げ、光り輝く義足を見せつける。さらに、ニコリと笑ってとどめの一言。


「罰走、いこっか。咲久ちゃん?」

「あぅ」


 2030年。世界は、技術革新によって超人を生み出すことに成功していた。中学時代に事故で左足を切断した咲希も、その一人。


 最新技術の粋を集めた超高性能義足は、才能ある咲希に、“よく動く鋼鉄の左足”をプレゼントした。そのせいで走力もキック力も女子サッカーのレベルを遥かに凌駕りょうがしてしまったため、『レギュレーション違反』扱いで試合に出られなくなってしまったのだ。


 そんな人智を少し超えちゃってるデタラメ障害者に毎日追いかけ回されては、練習嫌いにもなろうというものだが、守恒はもちろん、部の誰も、あのスパルタ監督を止められない。斯くしてブルータスに裏切られたカエサル系女子を追いかけ回すレオニダス系女子。


「うわあああぁん! サイボーグが追いかけてくるよぅ!」

どぅあれがサイボーグだァ! こンのウドの大木がァ!!」


 ブチ切れながら、フィジカル超高校級の日本代表をウド呼ばわりであっさり捕まえ、組み敷いてマウントポジションを取る高性能お姉ちゃん。「速い……。そして強い……!」と呟く守恒の背に、手が置かれた。


「お兄ちゃんもね、速……すぎるよ」

「あ、涼風すずかちゃん、おはよう」

「おはよう、ござい、ます、倉本先輩……」

「一奈って呼んでよぉ。倉本だともう一人いるからさ。はい、これ飲んでいいよ」

「ありがと、ござ、ます」

「うふふ~、涼風ちゃんと間接キス~」

「その辺にしておけよ一奈」


 幼馴染のヤバい兆候を察した守恒が釘を刺す。


 浅黒い、活動的に見える肢体に反して幼いころから文化系で、運動神経はほぼ皆無なハーフ女子涼風が、受け取ったスポーツドリンクを飲む。


「こくっ―――……! けほっ! けほっ!」


 が、飲み方も下手くそで、すぐにむせてしまう。


可愛くぁわいい~! この見た目で中身弱キャラの清楚系ってギャップヤバすぎない守恒ぇ?」


 興奮する一奈に「僕は知らない」と返しながら、守恒は妹分の背をさすってやる。


「おいこら咲久ゥ! なにが「涼風ちゃんいいな~」だァ! 結構余裕じゃねぇか! もう一周追加ァ!!」

「ひぃ~~~!」


 グラウンドでは、咲久が悲痛な声を上げながら罰走をこなしていた。げに恐ろしきは、なかなかのペースで並走しながら、まったく息を切らしていない姉。


「やっぱりサイボーグだよぅ」という呟きが聞こえてしまい、さらに追加された一周を走り終えたところで、朝の練習がようやく終わった。


「ところでさ、一奈」

「ん?」

「いったい、僕の何を先輩は語ってたの?」

「今さらそこ気になる感じ? ンまぁ、そこは、姫様に免じて、黙っといてやろうかな」

「そうか」


 潔すぎんだろ、ちょっとは追及して来いよ。と、一奈が言おうとしたとき、鼻にかかった声が先んじた。


「おい墨」


 今日も今日とて男装の女子高生、貝塚かいづか絵斗那えとなのこじんまりとした姿があった。


「エト、良かった。こっちから話しかけようか迷ってたんだ。遠くの方でずっとこっちの様子伺ってたろ。話しかけ辛かったか。ごめんな」

「うるっさい。案ずるな、人混みが煩わしかっただけだっ」


 気を遣われて怒った様な、でも少し嬉しそうな絵斗那は、こほん、と、わざとらしく咳ばらいをして、言った。


「それどころじゃないぞ。墨よ、君、退学にされるかもしれん」


 またまた大事件だった。

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