人嫌い、夕飯すら騒がれる

起きた頃にはちょうど夕暮れ、秀人が伸びをしていると母親の声が聞こえる。起こしに来るとは言っていたが、調理に手をとられているようだ。


「秀くーん、そろそろ降りてきてよー。」


正直な気持ちを言えば、面倒くさいと秀人は思った。このまま返事をせずに寝たフリをして、朝を迎えられないかと。

しかし危険もある。この部屋に誰かが起こしに来る、それだけはよくない。


「みゃー。」


「…何より君がいるもんね。」


「みゃー。」


「今行くよ。」


それにタマのご飯だって必要だ。聞こえないだろうが返事をした秀人は立ち上がり、ドアを開ける。

階段を降りながら頭を覚醒させる秀人は、この夕食に同席する存在がいることをやっと思い出した。


「おはようございます兄貴!胡蝶、ちゃんと食べずにまってたっす!」


「おはよう高山くん。」


「よお秀人…なんだその顔。」


「そうよ秀くん。この世が終わるってニュース聞いても、そんな顔しない子なのに。」


「むしろ世界が終わるなら、誰とも関わることなくなるから幸せかもね。」


「さすがっす兄貴!胡蝶もそうするっす!」


「多分真似したらダメだよ。」


愚痴を言い出せば止まらないだろう。秀人は空いている椅子に座り、タマはその横で丸くなる。


「ほーらタマちゃん、高めの猫缶だぞ~。」


「みゃー。」


「それしか食べなくなると嫌だから、次はちゃんと普通のにしてよね。」


「あら心配ないわよ。秀くんがこっちに帰ってきたら、食べさせてあげるからね~。」


「みゃー。」


「…まさかタマを使って実家帰りをさせようとしてる?」


「「それくらいしか思い付かなくて。」」


「タマさん!兄貴を連れてきてくれるっすか!」


「いやタマちゃんに期待しすぎ…だよね?高山くん。」


「…さあね。」


正直タマのためなら、と脳裏によぎったことを忘れながら、秀人は今日の夕飯と向き合う。しっかりと人数分、なんなら少し余るほどのすき焼きだった。


「さあさ!遠慮しないで食べてくれよな。」


「そうね、何せ久しぶりの家族ご飯だもの。」


「お邪魔してるっす!」


「ありがとうございます…な、なんかごめんね?高山くん。」


「いただきます。」


これは早く食べて逃げよう。そう決断した秀人は早かった。


「良い食べっぷりだな秀人、やっぱり実家で食べると美味しいのか?」


「あらあら秀くんたら、そんなにがっついて詰まらせないでよ?」


「うおお!これは負けられないっす!胡蝶も、ガツガツいくっす!」


「いただきます。」


各々が食べ始め、このまま静かな時間が過ぎる…そんな物は幻想でしかない。


「それで秀くん、学校ではどうだったの?」


「秀人は自分の話をしないから、親としても不安だったんだよ。」


「そうっすね!兄貴はカッコよかったっす!」


「1人でなんでもこなしてたかなぁ。でもフラッと消えたり、放課後の集まりとかいなかったから探すの大変だったよ…はい高山くん、野菜も食べなよ?」


「家だと秀くん、すぐ部屋に入っちゃってね。」


「だよなあ。食事の時は顔を出すから、そこで話ができたらいいかぐらいだったか。」


「兄貴は屋上が似合ってたっすよ!誰もいないとこで昼休みを過ごし、終われば孤高に消えていったっす!」


「本当だよ。授業が終わるとすぐ消えちゃうから、全く話せなかったんだからね?ほら高山くん、お肉できてるよ。」


なんだろうこの空間は、と秀人は黙々と心を殺して食べていた。目の前で過去の自分話をされる刑に合いながら、世話好きと言っていた隣の元クラスメイトに永遠とおかわりされている。

タマはすでに食べ終わり、秀人の側を離れ何処かへ消えていた。


「ねえ秀ちゃん、向こうの生活はどうなの?」


「それは胡蝶も気になるっす!」


「どうなの高山くん?迷惑かけてない?僕の出番あるかな?」


「まあ秀人の事だ。他人に迷惑はかけるだろうが、嫌なことはしてないさ。」


「当たり前だよ。確かに僕がよければ他はどうでも良い精神だけど、犯罪はしてないさ。」


「…ねえ秀くん、さすがにそこまで言ってないからね。」


「え、そうなの?」


「兄貴!何かしでかす時は、是非!胡蝶をお呼びください!」


「お気持ちだけ貰うよ。」


「僕も力になるからね!任せてよね!委員長としてね!」


「元だよね?」


「…なあ秀人、楽しいか?」


「…そうだね。悪くはないよ、それだけは間違いない。」


「ん、そうか。」


「それなら安心ね。」


「そうなんすね!じゃあ胡蝶も安心しておきます!」


「…元でもなんでも、頼られるのは悪くないから。」


鍋を見ればもう残りも少ない。あれだけ話をしながらも、各自満腹感を覚えるほどには食べていたらしい。

ここで胡蝶と陽斗は帰宅、最後に何か言っていたが秀人はシャットアウト。


「それじゃ、僕は寝るよ。」


「秀くん寝すぎじゃない?お母さんたちと遊ぶ?」


「そうだそうだ、たまの実家なんだから何かないのか?」


「…タマが相手してくれるよ。」


「みゃ。」


タマに悪態をつかれた気がするが、今回ばかりは秀人の疲れもあると感じてくれたのか。元々人懐っこいタマだ、両親と遊ぶ姿を見ながら秀人は自分の部屋へと戻っていった。


「はあ、なんでこんなに疲れるんだろう。」


しばらくは本を読んでいた秀人。ふいにドアを引っ掻く音が聞こえ、開けてみるとタマが入ってきた。


「ご苦労様。」


「みゃー。」


タマを撫でながら、明日帰った後の事を考える。


「…もう何もないよね。誘われたとしても、僕には家という最後の砦もあるし。」


「みゃー。」


「バイトしながら、残りの夏を満喫しよう。そうしよう。」


「みゃー。」


こうして秀人は眠りにつく。きっとこれから夏を終えて、秋や冬になっても回りに揉まれるだろう。卒業までと考えると、身の毛もよだつほどだ。

だが不思議と、そんな光景を考えながら秀人は笑っていた。きっとこれまでの経験からして、つまらなくはないと予感したからかもしれない。

そんな過ぎていく季節を考えながら、秀人は休むのだった…

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