人嫌い、その始まり
「あらー秀人くん、もうそんな事できるのねー。」
「秀くん頑張ってくれるのよ。」
「でもうちの子もね…」
他愛ない話だった。よくある母親同士の井戸端会議なのだろう、秀人が幼稚園の頃に見た光景だ。
(実家で寝るからこんな夢を?)
そう、これは夢である。しかし夢といっても昔を追想するものであり、彼が体験した事なのだ。
「それで奥さん、今度のママ会どうかしら?」
「ええ是非。」
「それは良かったわ!楽しみにしてるわね。」
「はい、お誘いありがとうございます。」
そう言って頭を下げる母の顔は曇っていて、嫌なんだろうなと子供ながらに感じる秀人。
「それじゃあまた。」
「ええ…はぁ。」
「お母さん、何で嫌だって言わないのさ。」
「こら秀くん、そんなこと…なんて隠せないわね。そうよ、行くのは正直嫌。でもご近所の付き合いもあるし、後々を考えると大変なのよ。」
「変なの。嫌を嫌だって言えないなんて、不自由だよね。」
「…秀くん、幼稚園児はそんな難しいこと忘れなさい。」
「はいはい。で?僕も行くわけ?」
「家でお留守番も怖いから、一緒に行きましょ?」
「分かった。」
この時点の秀人はそこまで人嫌いではない、しかし大人たちの矛盾については考えていた。
そうしてママ会の日、彼は人を嫌う。
「あら秀人くんのところの。」
「今日はお呼びいただきありがとうございます、これつまらないものですが。」
「まぁー良いのよ!さあ入って。」
「お邪魔します。」
「はい、秀人くんもいらっしゃい。」
そうして中に案内されると、幼稚園で見たことある顔ばかりだ。秀人は誰とも仲良くはなかったが、嫌われてもいない存在だった。
「じゃあ母さん、僕は向こうで遊んでるから。」
「ええ、気を付けてね?」
「はいはい。」
「はいは一回よ。」
そんな母の言葉を背中にうけながら、秀人は子供たちが集まっている空間…を素通りしベランダへ逃げた。
「楽。」
そうやって1人日向ぼっこを始める秀人を気に止めず、周りは騒がしさを増すばかり。そんな秀人もトイレへ行きたくなり、家主の女性を探す。
「ねえ見た?」
「マナーがなってないわよねぇ。」
見つけた家主は、何やら他の主婦仲間と話しているようだった。
「秀人くんのところのお母さん、お情けで呼んではあげたのにこれじゃあね。」
「まさに庶民って感じかしら。だから反対したのよ?やっぱり正解だったわ。」
「旦那さんも平凡みたいだし、今後は考えましょうか。」
秀人の記憶が正しければ、彼女らは笑顔で母を迎え入れたはずだ。様子が気になって外から見ていても、楽しそうに写っていた。いや、それはそう写そうとする努力だったのだ。
確かにこの家は豪華に見える。それなりの生活をしていて、スペースもあるだろう。だからといって自分が上であり、下と決めつけるとこうも簡単に反吐を吐くのか。
「あのすいません、トイレを貸してもらいたいのですが。」
「ひ、秀人くん!?い、良いわよー案内しましょっか?」
「いえ結構です。場所さえ教えてもらえれば。」
「そ、そうなのね…ちなみにだけど」
「今の会話ですよね。全て聞きました、それがどうかしましたか?」
「…なんでもないわ。」
「そうですか。」
そうして何も無かったように秀人はトイレの場所を聞き、済ませたらまっすぐに母のところへ。
「お母さん、さすがにこれ以上は退屈なんだけど。」
「…そうね、お母さんも居心地悪いわ。」
そうして母子揃って家主へ挨拶へ行き、秀人たちは帰ることになった。
「…ねえお母さん、あの人たち凄い悪口言ってたけど。」
「でしょうね。マナーがどうとか旦那の年収がとか…行かなきゃよかったわ。」
「だよね、つまらなそうな顔だったし。」
「あららー息子には隠せないのね。」
そんな会話をしながら、秀人は心底呆れていた。人前ではいい皮を被りながら、その裏に隠れた醜いものの実態を見てしまったからだ。そしてそうなると分かっていながら、嫌と言えず参加した母にもだ。
建前もあっただろう。近所の付き合いへ参加率が低ければ、困ったときに助けてもらえないのでは?と。しかし結果はこれだ。ただ馬鹿にされただけ。
「お母さんはさ、何ではっきり言わないの?」
「そうね…難しい話よ?人間付き合ってく以上、我慢は必要だと思う。」
「その我慢はどこで発散するのさ。」
「どうするのかしらね。さっきの人たちみたいに、陰口言って発散するのもありなのかしら。」
「もし仮にだけど、はっきり嫌だって断ってたら?」
「…多分だけど、無視されてたんじゃないかしら。」
「どうしてさ。」
「生意気だからとか、調子に乗ってるなんて言われるんでしょうね。」
「…汚い話だね。」
この頃には、秀人は周りの人間は少なからず裏があり、建前のために汚いこともする生き物なのだと考えていた。
(…もしかしなくても、ここから嫌いになったのかな。)
そうやって夢を見ていた秀人も、起こされる時間がやってきた。
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