人嫌い、付きまとわれる
朝に登校した秀人。最近の彼は1人教室で読書するのが趣味になり、誰よりも早く登校することしていた。さすがに朝練をしている生徒には負けるが、今秀人以外に下駄箱を通る学生はいない。
「あれ、なんか見覚えあるな。」
教室へ向かう廊下を歩いている途中、校内なのに傘を持ち歩く生徒を見た秀人。その生徒は秀人を見つけると駆け足で近づき、傘を握らせてきた。
「え何?」
何も言うことはなく、ただじっと秀人の顔を見る。その顔を見てようやく秀人は思い出した。
「あー、昨日傘をあげた人か。これいらないから貰ってよ。人が使ったのは使いたくないんだよね。」
秀人としてはあげたつもりだったし、家には予備の傘もある。何より他人が使ったものを自分が使うことを想像できず、返されても捨てようと思っていた。
「返す。」
「あら喋れたんだ。返されてもね…まあ傘立てに入れとこうかな。」
どうあっても引かないようなので、諦めて受け取ることにした秀人。学校に置いておけば誰か使うだろうと思い、置いて帰ることにした。
傘立てに入れようと引き返した秀人についてくる生徒。秀人はそれに気づいていたが、構うのも面倒なので無視して歩いた。
「
「傘なしには似合わない名字だね。」
「あなたは?」
「傘を貸した人だよ。」
適当にはぐらかし逃げよう。そう決め込んでいた秀人の手を、林は握った。
「…5秒あげるよ。離しな。」
「あなたは?」
「しつこい…んだよ!」
思わず手が出た秀人。本気で顔を殴ろうかと迫る拳を、林はあっさり避けてみせた。
「あなたは?」
「その気だってんなら、僕としても容赦しないから。」
誰もいない校舎で攻防は続く。秀人が繰り出す拳や足を、林は受け流し避けきっていた。最後には足払いを仕掛けた秀人の攻撃を飛んで避けた林の腹に、秀人の足が突き刺さった。右足で払いを仕掛け、残った左足で決めたのだ。
「いくら慣れてても、空にいたら避けられない。」
「ぐっ。」
「ったく、面倒なことさせてくれたね。今後も来るってんなら、遠慮しないから。」
多少の運動で疲れた秀人は、倒れこんだ林に見向きもせず放置。さっさと教室に行くのだった。
「…遅かった。」
「うわ、君が先なんてね。」
「お、おはよう。」
「…秀人…珍しい。」
「朝から絡まれたんだよ。僕は悪くない、あっちがしつこくてね。」
「そ、それってあの人じゃないよね?」
「え。」
想汰が指差す先に、先ほど倒した林の姿があった。
「…違うよ?」
「…秀人…嘘。」
「あ、あの人笠原さんだよね。」
「誰それ?僕はあんな人知らないよ…本当に。」
「…昨日の…傘の人。」
「いた。」
林は秀人を見つけると、他の生徒の目線も気にせず駆け寄った。
「ね、ねえこっち来るけど。」
「きっと彼女に用があるんだようん。」
「…秀人…諦め。」
「捕まえた。」
林を見ないように背中を向けていた秀人。その後ろから、林は抱きついてきた。
「…離せ。」
「…あらあら…熱々。」
「やだ。」
「え、えっと何が起こってるの?」
「名前。」
「いや本当に知らないから…どけ。」
顔めがけ躊躇なく肘を入れようと腕を動かす秀人、それを林は止めながら話す。
「お礼。」
「お礼に抱きつかれても気持ち悪い…うえぇ。」
「…ストップ。」
「い、一旦離れようよ。」
麗華と想汰の二人がかりで引き剥がす。
「何故?」
「いやー助かったよ…僕は保健室にでも行くかな。」
「私も。」
「…駄目。」
「お、落ち着いて!これ以上怒らせたら僕らも知らないよ!」
麗華たちが押さえている間に逃げ出す秀人。追いかけようと力を入れる林を、二人は必死に食い止めた。
「先生おはよう…あれ?」
「…大山…ヘルプ。」
「つ、強いよ…助けてー!」
「うーん…とりあえず協力します!」
3人に押さえ込まれ、ついに諦めた林。落ち着いたと判断した3人も離れ、事情を聴くことにした。
「え、えっと笠原さんだよね?女子高生ボクサーで有名な。」
「…有名?」
「初めて聞きました!」
「そう。」
「み、みんな新聞とか読もうよ。うちの学校1有名な人かも。」
「…それが…なんで…秀人に?」
「昨日。」
「えっと…昨日が何かあったんですかね!」
「く、口数が少ないとは聞いてたけど…まさかのワンフレーズ。」
「…昨日…秀人が…傘貸した。」
「お礼。」
「なるほど!先生に貸していただけたお礼をしに、クラスへ来たのですね!」
「ま、まさか朝のひと悶着って…」
「私。」
「え、先生に何をしたんですか!場合によっては許さねえぞお前!」
「…どうどう。」
「負けた。」
「ま、まるで分からないよ…高山くん帰ってきて。」
ひとまずチャイムが鳴り、各自クラスへ戻っていった。
「ふう、さすがに帰ったよね。」
「…おかえり…疲れた。」
「さすがに今日は助かったよ。」
「…パフェ。」
「はいはい。」
授業中も秀人は、この後また来るだろう林をどうするか悩んでいた。
「やっぱ人に親切するんじゃなかった…」
後悔先に立たず。秀人の人間不信が少し酷くなった日になった。
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