人嫌い、鍋を囲む

「後は煮えるのを待つだけですね、先生を起こしましょうか。」


「…やる。」


「お願いします。」


麗華は隅で寝ている秀人に近づく。教室では見れない顔がそこにあり、起こすのがためらわれた。


「…秀人…起きる。」


「………」


「…秀人。」


声をかけても起きる気配はなく、肩を揺すれば起きるかと伸ばした麗華の手は、秀人によって止められた。


「ん、もうできたの。」


「…秀人…起きてた?」


「しっかり寝てたよ。誰かに触られそうだったから、目が覚めた。」


「…そんなに…嫌。」


「うん、鳥肌がたつよ。嫌でも触りたくないものってあるでしょ?僕の場合、それが人間ってだけだよ。」


「…秀人も…人間。」


「そこは諦めたよ。じゃなきゃ自分が嫌になって、自殺でもしかねない。」


「…なんで…やなの?」


「人は醜い生き物だって思ったときに、嫌になったんだ。どんな善人だって黒い部分はあるし、建前ばかりで本音が見えない奴もいる。そうやって分厚い殻にでも籠るように生きてないと、すぐ攻撃される。」


秀人なりの考え方だ。自分に正直に、なんて綺麗な言葉がある。しかし、本音だけを出していると周りから奇異な眼で見られる。変わった奴だと的にされ、全員から叩かれないように殻にこもる。好き嫌いも飲み込んで、他人に合わせないと殺されるような生き方は、秀人には無理だった。


「自分に殻を着せて、自分を隠さないと生きていけない。そんな生物を、僕は醜いと思った。ただそれだけだよ。」


「…難しい。」


「僕の考えだからね。共感は無理だよ…多くの人は虫を嫌う、あれはなんで?」


「…気持ち…悪い?」


「そうそれ!僕にとっては他人はそう見えてるだけ、分かりやすいだろ?」


「…私は…虫じゃ…ないもん。」


「そこに怒るんだ。まあ、できるなら触りたくないし。仕方なく関わるくらいの存在ってわけだよ。」


「お二人とも!鍋ができましたよ!」


「さて、お腹は空いたし食べようか。」


「…ん。」


麗華は今の秀人の考え、わからないわけでも無かった。上っ面だけの付き合いばかりで、裏では相手を罵るような人を見たことがあるからだ。


「じゃあいただきます。」


「はい!自分もいただきます!」


「…いただき…ます。」


「ニャー。」


他人と鍋を囲む。秀人にとっては想像もできなかった事態だが、食事の付き合いは社会でも必要になる。そう考えた。


「それで先生、味は大丈夫ですかね?」


「まあ市販だし、食べれなかったら問題だよ。」


「…おいしい?」


「美味しいと思うけど。」


「…よかった。」


「ええ!頑張りましたからね、俺たち!」


「そんなに苦労したの?」


「えぇ、涙をにじませながら作りました!」


「なにそれ怖いんだけど。」


「…疲れた…取って。」


「はいはい、それくらいは働きますよ。」


「いいんですか!じゃあ自分のも、先生のおすすめお願いします。」


時間はすぐに過ぎていくもので、気づけば20時を過ぎていた。


「片付けば僕がやるから、さよなら。」


「悪いですよ先生!…でもこれ以上遅くなるのもまずいので、帰ります!」


「…また…明日。」


「明日は追い回さないでよね。」


二人が帰り、1人になった秀人は深く息を吐く。やっと他人と離れられたことで、ゆっくりできるからだ。


「まだ入学して2日…約3年も耐えるのか…」


「ニャー」


「…まあ考えてもストレスか。」


片付けも終わり、明日に備えて早く寝る秀人だった。

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