"サカズキ"争奪戦 終盤戦
第19話 少年の決意
■9月16日 15時50分
マルスは辺りを見回し、この場には鉄扇を持つナヤと血まみれで倒れているシンの二人しかいないことを確認した。そして、ナヤに問いかける。
「ここで何があった? 先ほどの爆発は何だ?」
ナヤが返答に困っていると、リーが突然叫んだ。
「何でや!? 何でお前がここにおる!? 死んだはずや!!」
今までに聞いたこともない、逼迫したリーの声に驚き、あっけにとられるナヤ。
「えっと、リーさんのお知り合いの方ですか?」
リーは緊張した様子で、返事をしない。
「それは……扇子がしゃべっているのか? どういう仕組みだ?」
興味深そうにマルスがリーを見る。
すると、ナヤがあることに気づく。
「あ! もしかして、その刀! そして雷ってことは、ギャレットさんですか?」
マルスは突然の問いに驚いたように目を見開いたが、しばらく思案して返事をする。
「む? いや、私はギャレットではない。ただ、ギャレットから力を受け継いでホシタミになったマルスというものだ。ヒトを救う道を探している。」
どうやら、目の前の少年はこの数日のテレビを見ていないようだとマルスは察した。
自分の顔もはじめて見るのだろう。そして、あの扇子はおそらく〝風のサカズキ〟だ。さらに、向こう側で倒れているのがアマツの言うシンという男に違いない。ひどい怪我をしているが、篭手をはめている。あれが〝渦のサカズキ〟。
これは戦わずして〝サカズキ〟を手に入れるチャンスだ。
アマツに敗北し、胸に爆弾を仕込まれた時には絶望したが、こうも早く仕事が終わるとは不幸中の幸いというやつであろう。
あてもなくシンを探していると、突如世界中の魔獣がマナに還り、どこかに集っていった。もしやと思い後をつけてみると前方で爆発が起こったため、そこに着陸したという次第だった。
「君、炎の女神が復活したことは知っているかね?」
「ええ。女神様はヒトを滅ぼす気でいるんです。実は、ヒトが昔、女神様を裏切ったみたいで。それで、僕らはなんとか女神様を止めようとしているんです。そのためには〝サカズキ〟を集めなきゃいけなくて。」
「ああ、それは私も知っているよ。そして私もヒトを救う方法を探していてね。ここで出会えたのは運命的ともいえる。どうだい? 手を組まないか?」
マルスはつとめて紳士的に提案をする。
「本当ですか!?」
ナヤは顔を明るくしてリーに語りかける。
「やったよ! これで集まった〝サカズキ〟は四つだ! これで半分! 希望が出てきたね!」
うきうき気分のナヤに、リーは冷めた様子で応える。
「アホが。」
「え?」
「さっきは戸惑ったけど、こいつの正体ははっきりとわかった。
どうやったんかはわからんけど、あんた……スサノオを取り込んだヒトやろ?」
空気が固まる。
ナヤがマルスを見る。
マルスは内心戸惑いながらも、紳士的な笑顔を崩さない。
「スサノオ? 何のことかな? 私はギャレットから……」
「見え見えな嘘つくなやボケが!!」
リーが震えると、風の刃をマルスに飛ばす。マルスは刀を一振りしてそれを弾いた。
「やれやれ、なぜ君はそこまで詳しくわかったんだい? リー?」
「うちは顔やなくてマナを見て誰が誰か判断しとるんや。
あんたのマナはスサノオと対峙したときに感じたものと同じや。はじめはスサノオ本人かと思ってビックリしたけど、マナの吸い方も弱々しいし声も違う。」
「そうか。それは厄介だな。
まぁいい。君はすぐに私の刀に取り込まれる運命だ。そして後ろの彼の〝サカズキ〟も手に入れる。そうすれば、アマツへのリベンジも叶うだろう。」
マルスの眼が悪意に満ちていく。
アマツに埋め込まれた胸の爆弾だが、それを解決する術はすぐに思いついた。
爆発期限までに〝草薙剣〟を手にすれば良いのだ。
あの剣の所有者は不死の力を得る。事実、夢でスサノオとなった時の、〝草薙剣〟を手にした感覚を思い出すと、たとえ心臓が爆破されようともすぐに復活するであろうことは想像できる。八つの〝サカズキ〟を手に入れさえすればいいのだ。
「ちょっと待ってください、話が見えないんですが……」
ナヤがおどおどとした様子でマルスに話しかける。
「見えなくていいんだよ、むしろただのヒトである君がなぜこの場にいるのかの方が私には訳がわからないんだが。ま、どちらにしても君は殺すけどね。」
マルスがナヤを切りつけようと刀を振る。ナヤは咄嗟に避けると、リーを手に取った。
「……なんだか本当にわからないことだらけだけど、ただ、今はあなたが敵だということだけ理解できました。」
ナヤがマルスを睨みつける。
だが、その声は震えている。たまたま避けることができたけれど、避けられなかったら間違いなく斬られていた。
目の前の男は、本当に自分を殺すつもりだったのだ。その事実に、足が震えてしまう。
「ほう? ヒトの分際で、〝サカズキ〟を持ったホシタミに対抗するというのか。そんな半端な威力しかない〝風のサカズキ〟など、まともな戦力にもならんのがわからないのか?」
先ほどの紳士的な笑顔はどこへ行ったのか、既にマルスの表情は、ニヤニヤとした嫌な笑顔に変わっていた。
その顔を見て、ナヤの心臓が痛んだ。こういう顔を何度も見たことがある。自分が絶対的に上だと確信して、安心して弱いものを痛めつける時の顔だ。
いじめっこ特有の、なんともいえない嫌な笑顔だ。
「小僧、もしも〝風のサカズキ〟を使って対抗しようとでも思っているならば、いいことを二つ教えておいてやろう。
一つ目、〝サカズキ〟を起動させるにはある呪文が必要だ。
そして二つ目は、もしただのヒトであるお前が〝サカズキ〟を起動すれば、お前は死ぬ。」
そんなことは、ナヤだって百も承知だった。
絶体絶命。その上で、トラウマをえぐるようなあの表情に、手足の震えが止まらない。
「おい、うちを手にしながらビクビクすんなや。みっともない。」
リーの言葉に、ナヤはハッとする。
「戦況は圧倒的に不利や。普通に考えて、みんなやられてジ・エンドや。
……で、うちは未だにヒトは嫌いやし、あんたが死のうとどうでもええんやけど、状況が変わった。あいつがスサノオのマナを持っていて、〝サカズキ〟を集めとる。
スサノオ縁の者が〝草薙剣〟を手にするのは絶対に阻止せなあかん。あの悪夢の時代は絶対に再現させたらあかん。それだけで戦う理由としては十分や。」
「そうだね。あいつに〝サカズキ〟を奪われちゃダメだって、僕も思うよ。」
ナヤは頭を軽く振って仕切り直し、状況を打破する方法を考えた。だが、どう考えても方法は一つしかない。
「あいつは倒さないといけない。だから……あとはよろしくね、リー。」
「は? あとはよろしくって、何や?」
ナヤはゆっくりと深呼吸する。マルスが言うように、ヒトでも、命と引き換えに〝サカズキ〟を起動させることはできる。
かつて〝水のサカズキ〟を起動したヒトは、王宮を破壊するほどの洪水を起こしている。
〝風のサカズキ〟であるリーを起動したヒトは、その力でジールというホシタミを殺している。ならば、目の前のマルスという男も倒せるかもしれない。
「いい人生だった……のかな? もっとちゃんと家族にお別れを言ってれば良かったなぁ。」
「なあ、ちょい待て! 何を考えてるんや!?」
「リー、時間がないから、最後の遺言だけ聞いて欲しい。家族みんなに、ごめんねって、そして大好きだよって。」
そう言うと、少し息を吸って、息を止めた。
お腹に力を入れ、近寄ってくるマルスに向かって鉄扇を構えて叫んだ。
「ignite!」
次の瞬間、マルスは上空に吹き飛ばされていた。
自分が竜巻に巻き込まれたようだと察する。
さっきまで両手足をガクガクと震わせていたあの少年が、まさか命を賭けて〝サカズキ〟を起動させたというのか? 数え切れないほどの風の斬撃がマルスを襲う。
マルスは刀を振り回して対処しようとするが、間に合わない。
「あのガキ!? くそがあああああっ!!」
マルスは雷速で竜巻から離脱し、斬撃をかわす。
一方、その様子を見ながら、ナヤは鉄扇を持ってポカンとしていた。
「あれ?……生きてる……? 〝サカズキ〟を起動したのに……?」
そう言った瞬間、鉄扇が震え、鋭い空気砲がナヤの顔面に直撃する。殴られたときのような、鼻にツンとくる痛みが走る。
「このドアホがっ!!」
リーがすごい剣幕の声でナヤに怒鳴った。
「時間がないとはいえ、話はちゃんと最後まで聞け! な~にが『最後の遺言だけ聞いてほしい』や! かっこつけんなやアホ!」
「え……え~っと……」
「うちにはマナを吸い取る力がある! そしてあんたには体がある!
ヒトとの共闘なんて不本意やけどしゃあないって話をしようとしたら、勝手に先走りよって!
それにな、前にうちはヒトに勝手に起動されて、そんで恋人を殺してんねんで!? そういうトラウマとか諸々に気を使えやボケ童貞!!」
リーの剣幕に圧倒されて縮こまるナヤ。「ごめんなさい、ごめんなさい」と言いながら、ふと全身に力がみなぎっていることに気づいた。
「すごい! 力が沸いてくる。自分の体じゃないみたいだ。」
「当たり前や、うちのマナがあんたの中を流れてるんやから。」
これまで、リーは自身の体代わりである鉄を伝って空気や大地のマナを吸っていた。
それが今は、ナヤの体をパイプ代わりにして、肺から積極的に大気のマナを吸い、両足を踏みしめて大地のマナを吸っている。鉄扇だけのときと比べれば、その出力は段違いだ。
そして、ナヤも全身をマナが駆け巡る感覚を初めて感じていた。星の一部としての自分を強く感じる。
「ホシタミでもない、お前ごときが!!」
竜巻から逃れ、遠くに着地したマルスが吼える。ナヤはそちらに向かって鉄扇を構えた。
「その〝サカズキ〟の特性上、たまたま死なずに起動できただけであろう偽者が!!
最強のホシタミである、スサノオの細胞をもつ私に勝てるはずがないっ!!」
マルスのプライドは傷ついていた。
アマツに負けたのは、相手が二つ分の〝サカズキ〟を持っていたからだと理由付けができる。
だが、目の前にいる少年は一つしか〝サカズキ〟を持っていない上に、ホシタミでもない。にも関わらず、先ほどの一撃で悟っていた。
あの出力は、自分を上回っている。
認められない。
スサノオの力を得たとき、自分はこの世界の王になると、世界の頂点だと感じた。
それが、アマツに続きこんな少年にすら遅れを取るなど、あってはならない。
「なんやあいつ、うるさいな。」
「うん、速攻で倒して〝雷のサカズキ〟を譲ってもらおう。」
マルスが雷を纏いながら突撃してくる。とてつもないスピードだが、マナの循環によって動体視力をはじめあらゆるの身体能力も強化されているようで、今なら見切れる。
ナヤは突きを弾くと同時に鉄扇を開き、空気を斬るようにして横に仰ぐ。その瞬間に特大の空気の刃がマルスを襲う。マルスは刀で受け止めようとするが、柔軟な風の刃は、刀を回り込むようにして両腕を切り裂く。
「ぐっ!」
マルスが両腕の傷に気を向けた瞬間、すかさず鉄扇を翻して全力で仰ぐ。
巨大な竜巻状の刃の渦が発生し、マルスを飲み込む。ズタズタになるマルスを見て、止めの一撃を放とうとした。
しかし、その瞬間、マルスは体に雷を帯びて雷速で離脱した。
「あかん! 逃がすか!!」
リーがそう叫んだが、もう遅かった。
雷の属性を持つマルスの本気の移動速度は、風をもってしても追いつけなかった。
「逃がしたか……」
「ごめん、リー。もっと畳み掛けておくべきだったね。」
「いや、こっちこそ逃げる可能性を考えて空気中にトラップでも仕込んどくべきやったわ。
ま、でもあいつを退けられただけ今は良しや。シンが寝てる最悪の状況やったからな。」
ふと力を抜くと、ナヤの体をめぐっていたマナはすっと消えていった。
「はぁ、怖かった~~~~」
そういって尻餅をつくナヤ。
「なんや、軟弱やな。
……とは言えんか。あんたの死ぬ気の覚悟ってのは伝わってきたし、なんやかんやようやったよ。あんたの割にはなかなかかっこよかったで。」
リーの表情は見えないが、顔があればきっと意地悪な笑顔をしているのだろう。
ナヤは「そりゃどうも」と言って仰向けに寝転がった。
〝風のサカズキ〟の攻撃で、雲も吹き飛ばしてしまったのだろう。どこまでも青い空が広がっている。
風はひんやりと乾いていて、火照った体に心地いい。本当に、長い長い一日だった。思えば昨晩から一睡もしていない。
リーと出会ったのは昨日の夕方、そして夜通し歴史の真相を聞いた。
今朝、北の大地まで2時間ぐらい空を飛んできて、シンは魔獣との長い長い戦いに勝って〝呪のサカズキ〟を手に入れた。
それが終わったと思えば、急にマルスが攻めてきて、死を覚悟して遺言まで残した。我ながら雑な遺言だったが。
そのあとは、まさか自分が〝サカズキ〟を使って、ホシタミのようにマナを操る経験をするなんて思ってもなかった。
「すごい冒険だった。」
ナヤはつぶやく。
「僕、もう『ビビりナヤ』なんて呼ばれないようになったかな。」
「なんやそれ。あんたそんなあだ名なんか?」
リーが呆れたような声を出す。
「うん、何をするにも怖がってばかりで、後ろ向きで、臆病で、何もできないっていじめられてたんだ。」
「ふ~ん、ま、いじめられるってことは、実際にそういうことなんやろな。あんたは臆病で、後ろ向きで、何もできないやつやったんや。
……でも、今は違うやろ? ダメなやつが一生ダメなんてことはない。ダメなやつが成長しなければ、そりゃ一生ダメなんやけど、成長すればええんよ。」
リーの声は、今まで聞いたことないほど優しかった。
「やから、今のあんたは違うんや。勇敢で、前向きで、世界を救えるやつになった。うちが保障したるわ。あんたは、もう『ビビりナヤ』なんかやない。」
もう一度、爽やかな風が吹いた。
ナヤはまどろみの中で、手にした鉄扇から発せられる言葉に勇気をもらいながら、心地の良い眠りに落ちていった。
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