第18話 "呪のサカズキ"

■9月16日 14時05分


「ザップの形をしとるんかもしれんけど、ザップとはもう呼べへんね。」


体を失ったリーは、目を持たない。

〝風のサカズキ〟である彼女は、空気を震わせて話すことも、空気の振動を感知して聞くこともできるが、見ることはできない。


ただ、星のマナと密接に繋がっているため、周囲のマナの動きを敏感に感じとることができる。彼女自身、この体になって気づいたことだが、マナの吸い方や使い方には、個々の色や温度のようなものがある。今はそれを感じて、シンとナヤなどを識別している。


「あれはザップやない。確かに、核になってるのはザップのマナやけど、周りをドロドロのマナが取り囲んでる。

 もう、ただのバケモンや。」


「ああ、あれはホシタミじゃない。本質的には魔獣達と同じものだろう。」


そう言うと、シンは岩陰に降り立ち、そこにナヤを降ろした。


「ここで待っててくれ。」


シンはそう言い残し、ザップの形をした魔獣に向き直した。

ナヤは何かを言おうとしたが、言葉が出てこない。自分には何もできないとわかっていた。


「うちも行くで。」


「いや、いい。

 リー、本当は全然〝サカズキ〟の力を使えていないんだろう?」


シンの言葉に、リーは黙る。


「使えていないって、どういうこと?」


ナヤが問うと、シンの代わりにリーが応えた。


「シンはわかってたんやな。そう、肉体がないと、思うようにマナを集められへんねん。一定の量を常に吸い続けることはできるんやけど、調整ができひん。ふんばりが利かんっちゅうやつやな。」


「だから、狭くて細い洞窟の奥にいたんだろ?

 あそこなら風の反響を利用してそれなりの攻撃ができる。でも、こんな開けた場所じゃ大した攻撃もできない。」


シンが続けた。


「大丈夫だ。あれはザップの形をしてるだけで、ザップじゃないって言ったのはリーだろ? それに〝渦のサカズキ〟だってあるんだ。負けないさ。」


そう言い終わると、ゆっくりとザップの姿をした魔獣に向かって歩いていく。魔獣はただただこちらを睨みつけている。

どうやら、縄張りに入らない限りは向こうから攻めるつもりはないようだ。


シンが全身に力を込める。


ここまでの魔獣戦でわかったが、〝渦のサカズキ〟は回りのものを回転霧散させたり、空気を圧縮して空中に足場を作るだけでなく、自身のあらゆる円運動の威力や速度を向上させるようだ。攻撃も回避も、舞うように円を意識すれば何倍もの威力になる。攻撃を脳内でシミュレートしながら、力を込める。


「はっ!!」


一気に距離を詰めるシン。

魔獣がカウンターで大剣を振るうが、空中で身を翻し、懐にもぐりこむ。警戒した魔獣が体にまとわりつく禍々しいマナを鎧のように固める。

シンは着地と同時に全身全霊の突きを放った。右腕を回転させながら突く―――それはザップに教えてもらった正拳突きだった。マナの障壁を破り、敵の体に当たる瞬間に〝サカズキ〟のエネルギーを魔獣に送り込み、体を爆散させた。


―――が、魔獣の体は一瞬で修復する。

これまでの魔獣は体が再生することはなかった。しかし、この魔獣は世界中の魔獣の集合体であるため、肉体の修復機能は無尽蔵だ。渾身の一撃だったが、仕留めることができなかった。


「マジかよ。そう簡単には終わらないか。

 再生能力、やっかいだな。」


そう言って一旦間合いを取ろうとするシンを、大剣の横薙ぎが襲う。

間一髪で避けて、改めて距離をとる。両者ともに、決して相手の目から視線を逸らさない。


それはまさに、達人同士の戦いであった。


超常の力を持つ者同士の、ギリギリのやりとりだった。


「そんな、勝ったと思ったのに……」


岩陰から見ていたナヤが落胆する。


「世界中のヒトを呪う〝サカズキ〟を守るための門番や。そうそう勝てへんとは思ってたけど、あれほどとはなぁ。

 本物のザップに比べれば動きものろいし弱いけど、あの回復力や。自分のダメージは度外視していいわけやから、常に捨て身の攻撃をしてくる。

 回復できひんくなるぐらいまで、とにかく滅多打ちにするか、〝サカズキ〟を半壊させるかやな。」


「あれで動きがのろいって、何なんですかあなた達は……」


リーとナヤがそう話している間にも、シンと魔獣は戦いを続ける。

シンは、次第に〝呪のサカズキ〟の恐ろしさを感じ始めていた。回避せずに受け止めた場合、全身に鋭い痛みが走るのだ。完全にガードしていても、体内のマナがかき乱され、足のつま先から頭の先まで、ビキビキと痛みが走る。それと同時に悪寒と眩暈も襲ってくる。


一見ただの大剣だが、刃に触れたもののマナを狂わせる。これが本来の〝呪のサカズキ〟の能力なのだ。まともに打ち合ってはいけない。


どれだけの時間が経っただろうか。

何度も何度も、シンは魔獣に止めの一撃を見舞っているが、いくら叩こうと再生していた。徐々に避けるのも困難になってきて、受け止める度に蓄積される〝呪のサカズキ〟のダメージに目がかすんでくる。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


距離をとることも多くなってきた。

一方、魔獣は疲れなど微塵もみせない。

肉体をいくら攻撃しても、無限に再生する。かといって、いくら〝呪のサカズキ〟自体を叩いても、側面からは傷ひとつ付けられなかった。しかし、打開策は見つかった。


「きりがないな。でも、次で終わらせよう。」


そう言うとシンは、右足と右腕を前に出す構えをした。

戦いの中で、〝渦のサカズキ〟の能力を最大限に引き出す一撃にたどり着いた。それで〝呪のサカズキ〟と打ち合う。あの大剣は、魔術的な加護で側面からの攻撃は無効化されるようだが、正面からの衝撃であれば刃が欠けることはあるようだ。


あの〝呪〟の力と真正面から打ち合うとなれば、今まで以上の激痛が全身を襲うだろう。しかし、この真っ向勝負以外に、この魔獣を倒す術はない。

シンは魔獣をしっかりと見据える。


「ザップ……」


魔獣の姿は、まごうことなくザップのものだ。シンは魔獣に語りかける。


「あんたはあの時、俺に『志はあるか』と聞いたな。」


魔獣が大剣を振りかぶり、シンに襲い掛かる。


「俺には、あるよ。」


スサノオを倒し、ホシタミとヒトを救おうとした八人のリーダー、ザップ。

明るくていつも笑っていて、その人柄に、哲学に、人情に、皆が惹かれていた。

彼はそこに居るだけで、皆を救っていた。


「あんたにも、あったんじゃないのか!」


それがヒトの裏切りで、壊れてしまった。ヒトに毒を盛られ、矢で射抜かれ、目の前で仲間を殺され、彼は何を思ったのか。

ボロボロの体で、ヒトをなぎ倒しながら、何を考えたのか。


「こんなはずじゃなかったってか!? ヒトに裏切られたから、ヒトを呪い続ける!?

それがあんたの志の行き着く先だったのか!?」


シンは全身に力を込める。

そして、左足で地を蹴り、上体を大きく右に捻りながら、左足を前に踏み込む。


「あんたは俺を救ってくれた〝二人目〟の男だった!」


上半身を左に切り返し、右腕を捻りながら突き出す。ザップにただ一度だけ届いた中段逆突き。センスがいいと褒められた突きだった。


「俺の志はまだ折れない! 必ずヒトを救う!! それがあのヒトへの恩返しだ!!」


シンの右拳が、大剣とぶつかり合う。


全身に激痛が走る。


〝呪〟の力で体内のマナが暴走し、血液にも影響を与え、体中の皮膚が裂けて血が飛び出す。


「うおおおおおおおおおおおおお!!!!」


大地を蹴ったエネルギー、慣性で動く体を押し止めるときの衝撃、それらを体の回転に変え、その力をすべて右腕に一点集中して繰り出した拳。

〝渦のサカズキ〟で増幅された個々のエネルギーが、貫通力となって大剣を穿つ。


「「おお!!」」


ナヤとリーが同時に叫ぶ。

大剣が真っ二つに砕かれた。すると同時に、魔獣の体に蓄えられていたマナが爆散した。


爆発に巻き込まれて吹き飛ぶシンの体。

その篭手に、行き場を失った大剣の〝呪〟の力が吸収されていく。


ナヤとリーは岩陰に避難し、爆風を凌ぐ。


爆発が収まると、ナヤは岩陰から飛び出した。

シンは全身血まみれで横たわっていた。慌てて駆け寄り、呼吸と脈を確認する。


「見た目はひどいんやろけど、そこまで深い傷はないみたいやね。マナの循環はめちゃくちゃやけど、徐々に正常に流れてきてるし、皮膚の近くの血管から血が出た程度や。血もすぐに止まるやろ。

 傷跡が残らんよう、治療魔草とかいうやつを貼り付けて包帯ぐるぐる巻きにしておき。」


リーが素早く指示を出し、ナヤはそれに従う。


「〝呪のサカズキ〟、回収完了やな。」


「うん、でもこれでリーさんも入れてやっと三つ目、五つ集めるのってどれだけ大変なんだろう……。前途多難だなぁ。」


「いやいや、上出来やろ。たぶんマイヤも二つしか手に入れてないと思うし。

 残るは三つ。その場所は星のマナに繋がってるうちでも感知できひんから、起動されてなくて、どこかに落ちてるだけのはずや。マイヤにも場所わからんやろうし。

 ……ちょっと気になることはあるけど。」


「気になることって?」


「うーん、なんかシンやマイヤのほかに、星のマナを使ってるやつがおりそうやねん。最近突然出てきたんや。

 でも、使い方が下手っぴというかなんというか。」


そんな話をしていると、突然背後に雷が落ちたようなドドンという音が鳴り響いた。



驚いたナヤが慌てて振り向くと、そこには全身からバチバチと放電しながら、刀を持つ男が立っていた。


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