第17話 北の大地

■9月16日 12時15分


北の大地。


異常なほどの魔獣発生率のために、ヒトは誰も住めず、開拓も進んでいない。


シンは、着地と同時にあたりの魔獣を蹴散らしながら、その荒野に降り立った。


「ふああああああ! どこがちょっとだけ北ですか!!」


肩から降ろすなり、やっと口を開いたナヤがここぞとばかりに不満を言う。洞窟で地図を開いたとき、リーが示した場所を見て愕然としていた。


「え? え? ほんとにここまで行くんですか……?」


と言っている間にシンがナヤを担いで飛び出し、一気にここまで飛んできた。時間にして二時間といったところだろうか。


「なんや、軟弱やなぁ。」


ナヤの鞄の中から、リーが呆れた様子で呟く。しゃきっとしているシンとは対照的に、ナヤは膝をガクガク震わせている。


「ははは! リーにも俺と同じこと言われてるぞ!

 でも、今回はへたり込まないだけ成長してるじゃん。」


シンがいつものニカッとした、爽やかな笑顔でナヤを見る。


「ほんまにこいつ、大丈夫なん? ええやつなんやろうけど、絶対に途中で死ぬで。」


「死ぬってそんな……」


「冗談ちゃうで。これから行く場所は魔獣の巣窟や。あんたの話を聞く限り、魔獣っていうのはヒトを狙うんやろ? そらあんたが真っ先に死ぬに決まってるやん。」


ナヤの顔が青ざめる。


「大丈夫、俺がついてるから。相棒は俺が守るぜ。」


「……ま、シンがそうしたいなら、うちは何も言わんけど。でもな、相手はあのザップや。そんな余裕もあるかわからんで。」


「ザップ……さん? って、そんなに強いんですか?」


「ああ、間違いなく八人の中で最強だった。俺を鍛えてくれたのもザップだ。」


シンが真剣な表情になる。


「俺との組手では、いつもザップは手を抜いていた。それでもまともに一撃を加えられたのは、修行をしていた一年間で一回だけだ。」


「ええ!? それって勝ち目あるの……?」


「わからんな。そもそも、ザップが〝呪のサカズキ〟でマナを吸い続けてるのは確かなんやけど、ザップ自身がまともに生きてるとも思われへん。行ってみてどうなってるかや。」


「そうだな。」


そう話しながら、道を進んでいく。


「ま、すんなり拾うみたいに〝サカズキ〟が手に入る可能性はないやろな。これだけの呪いなら、邪魔されないように門番とかトラップとか、何かしらで守られてるはずや。ここから先は吹雪で前も見えへんくなるし、一気に飛んでいくのも危険やから、この辺りから歩いて行こうってわけや。」


そう言うと、リーは鞄から飛び出して、ナヤの頭の上に乗った。

そこから先は、道中でどこからともなく魔獣が次々と出てきたが、シンにとっては準備運動みたいなものらしく、あっけなく弾き飛ばしていった。魔獣はシンを敵と認識したのか、ホシタミであっても関係なく襲ってくる。ナヤもはじめは短剣で必死に戦っていたが、すぐに魔力切れで持っていたオーブが壊れてしまった。とにかく魔獣の数が多い。一方、リーは手助けはせず、静観の構えだ。


「魔獣、どんどん強くなっていってない?」


シンの後にくっつくように進みながら、ナヤが聞く。


「そうやな。魔獣一体ずつが持つマナの量が増えてきてる。

 まったく、あんたを守りながらやから、ゆっくりとしか進めへんくてかったるいわ。」


「う、何もいえない……。」


自分は完全に足手まといだ。

この道中、ナヤはそのことを心の底から痛感していた。正直、これまでのところナヤがいなくても何とかなったことばかりだし、今に至ってはいるだけで迷惑をかけている有様だ。シンは相棒だと呼んでくれたが、自分は何もできていない。


「おいおい、うちの相棒をそんなにいじめるなよ。」


魔獣の対処も徐々にきつくなってきたのだろう、額に汗を滲ませながらシンは言う。


「それにナヤ、はじめに『志はあるか?』って聞いたろう?

 あれは、何も命を懸けるだけの志じゃない。自分が何もできない時だってある。それに耐える覚悟ってやつも、命を懸けることと同じくらい必要なんだよ。」


そういってシンが大型の魔獣を2体退けたとき、突如として目の前が開けた。吹雪が止むとともに、魔獣たちが霧消していく。


「ん? なんだ? 一匹残らず消えやがった。」


シンは気を緩めることなく、むしろいっそう警戒を強める。


「あ! あれは……!」


ナヤが前方の小高い丘の上を指差した。そこには、地面に突き刺さった大剣があった。禍々しいオーラを放ちながら、急激にマナを吸い込んで黒い光を放っている。

間違いなく〝呪のサカズキ〟だった。

すかさずナヤの頭の上に乗っていたリーが叫ぶ。


「あかん! 早よ逃げぇ!マナの吸い込み方がおかしい!! なんか来る!!」


シンは、咄嗟にナヤを抱き上げて後方の空に飛び立つ。上空から見ると明らかだった。世界中から、黒い禍々しいマナが剣に集まっている。


「これは……世界中の魔獣がマナ化して、剣に吸い込まれていってるって感じだな。」


「それにしても、何がおこるんや?

 こんなむちゃくちゃなマナ、誰も処理しきられへんやろ。〝サカズキ〟ごと自爆する気なんか……?」


そう言っている間にも、大剣は禍々しさを増していく。

そして突然、真っ黒なマナが大剣の刺さっている地面から噴出する。空に放り出される大剣。それを追う様に噴出しながら、徐々に形を変えていく黒いマナ。


「あれは……」


マナは徐々に地上に集まり、人の形に収束していった。

大柄で、広い背中のその男は、落ちてくる大剣をつかみ、大地に立つ。体中からマナを吹き出し、全身を黒い霧に包まれている男。


その姿を見て、シンがつぶやいた。


「本当に……ザップなんだな……」


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