第16話 マヤ v.s. マルス

■9月16日 12時00分


大聖堂跡地の瓦礫の上に、一人の男が見える。


その周り、それなりに離れた距離に報道陣が陣取って構えている。アマツは、その様子を上空から眺めながら、昨日の昼過ぎのテレビ画面を思い出す。あれ以降、どこの街に行ってもあの放送が流れていた。


『私の名はマルス! 貴方と同じホシタミであり、また貴方を復活させた者です!』


そう言った画面の中の男は、それに引き続きこの世界の真実を語りだした。そして、


「ショッキングな映像だが、皆に真実を受け止めていただくためにも必要だ。」


と、持ち込んできたというビデオデータを流すよう指示した。

そこには、アマツもヒトも虫けらのようにしか思っていない女神教の神官達の様子と、マルスと名乗るその男が、神官達を〝雷のサカズキ〟を使って殺害するシーンが映っていた。


「……あの男で間違いないわね。」


アマツは地表に降り立ち、マルスと対峙した。報道陣がざわめき、シャッターを切る音が遠くから忙しく聞こえてくる。一方で、マルスは落ち着いた様子でしっかりとアマツの目を見据えている。


「御出でになられましたこと、深く感謝致します。女神、アマツ様。」


マルスは跪き、アマツの前に頭を垂れた。


「貴方にいくつか聞きたいことがあるの。」


アマツは即座に本題に入る。


「あの放送を見る限り、貴方がホシタミであることは間違いなさそうね。

でも、今までどこにいたの? なぜ今このタイミングで私を目覚めさせたの? そして、数千年も前の出来事をなぜ知っているの?」


「それは、私が最近ホシタミとして覚醒したヒトだからであります。」


「……ヒトがホシタミになったってこと?」


「はい。私はギャレットの力により、ホシタミとなる者として選ばれたのでございます。最近になって、ある森にて、私を呼ぶ声が聞こえ、力を授かったのです。そして、ギャレットの残した手記により、全てを知るに至りました。」


マルスは嘘をついた。

スサノオはアマツの故郷を襲い、ついにはアマツによって倒されたホシタミだ。

自分がスサノオの細胞を引き継いだといえば、憎しみから問答無用で襲われる可能性がある。それは避けたい。〝雷のサカズキ〟があるとはいえ、やはり戦うならば、できるだけ奇襲で簡単に決着をつけたいと考えていた。


「ギャレットの……?

確かに、彼は転移魔術の高位術師だったし、ヒトに力を与えることも可能か……?」


うまく騙せているようだ。マルスはそっと刀に手をかける。ここでアマツを切り、〝炎のサカズキ〟を奪う。同情の余地はあれども、この女も無差別殺人を行っていて、国民から恨みをかっていることは間違いない。

多数のカメラの前でその女神を倒すことで、国民の溜飲を下げるとともに、新たな指導者としての地位を確立する。


「でも、貴方からはギャレットの気配は感じないのよね。なぜだか……スサノオと同じ殺気を感じる。」


マルスの手が止まり、汗が噴き出す。なんだ? なぜわかるのだ?


「何をおっしゃいますか。」


「気のせいかしらね。まぁ、どちらにせよヒトは皆殺しにするけど、貴方は生かしておくわ。部下として、私と共にヒトを滅ぼす手伝いをしなさい。」


「それはできかねます。」


はっきりと即答するマルス。

めんどうな流れになったと心の中で舌打ちをした。多くの報道陣の前で、ヒトを殺すとは言えない。言ってしまえば、私はヒトの敵として映るだろう。それは避けねばならない。

私はヒトの味方である唯一のホシタミとして君臨しなければならないのだ。


「へぇ、逆らうということ? やっぱり元ヒトだから、ヒトは殺せないってこと?」


こうなっては仕方がない。奇襲作戦は捨て、正面からの戦いを決意し、マルスはアマツに言い放つ。


「アマツ様、いえ、マイヤ様! 我々ホシタミと人は共存共栄の道を探すべきです!」


「……ふん、元ヒトの分際で、私に意見するというの?

いいわ、力の差を思い知らせてあげる。そして、貴方は私に従うしかないということも知りなさい!」


アマツの四肢が一気に燃え上がる。マルスも刀を手にし、「ignite!」と短く叫ぶ。刀の周りにバチバチという雷が宿り、チカチカと激しく光を出している。

マルスは、先手必勝と一気に踏み込んで刀を振りぬく。だが、もうそこにはアマツはいない。


(どこだ?)


そう思った次の瞬間、背中にとてつもない衝撃が加わる。

全身の骨が砕かれたような激痛と、その隙間に超高温の溶岩でも流し込まれたかのような熱を感じ、前に吹き飛ばされる。


「う、な……? が……っ!?」


口から血を噴く。

理解ができない。


なんとか立ち上がって振り向くと、アマツがにっと笑っていた。その笑顔だけ見れば、とてもかわいらしいものだったが、戦いの最中の表情だと思うと寒気がする。


「ふーっ、ふーっ。」


呼吸を整えながら刀を構えなおし、アマツの方を向く。痛みの余波が全身を駆け巡っているが、先ほどの激痛は錯覚だったのか、骨自体はなんともないようだだ。


「やっぱり、その程度なのね。」


突然近くで声が聞こえた。

アマツの顔が、自分のあごのすぐ下にある。燃え盛る右手が首元に、左手が刀を握る両手にそっと添えられていた。いつの間に距離をつめられたのだろう? 全く見えなかった。


「はっ!」


アマツがマルスの両腕をはじくと、両腕がミンチになって吹き飛ばされたような痛みと熱がマルスを襲う。


「があぁあああっ!?」


思わずそう叫んで刀を放してしまう。

すかさずアマツの右手が首をつかみ、マルスの体をグイと持ち上げた。それと同時に、マルスの全身を炎が包む。皮膚の周りを炎で覆われる。感じたこともない熱で、全身が焼かれるようだ。


(マズイ……強すぎる……!)


マルスは必死に足掻きながら、なんとか逃れようとするが、さきほどの衝撃で両腕は麻痺して動かない。

体をひねってジタバタとするだけだ。


「熱いでしょう? 本当は、もうとっくに貴方を殺せているの。貴方を包むこの炎だって、私が操って押しとどめてなければ、とっくに貴方を燃やし尽くして炭にしているわ。」


先ほどの笑顔とは打って変わって、ゴミを見るような目でマルスを見上げている。首をつかむ右腕に力が込められる。


「さて、貴方を処分して、三つ目の〝サカズキ〟を回収してもいいのだけれど……」


それを聞いてマルスは合点がいった。

アマツは、〝炎のサカズキ〟以外にもう一つ〝サカズキ〟を得ていたのだ。この圧倒的な戦力差は、〝サカズキ〟を一つしか持たない者と、二つ持つ者の差だったのだ。


目覚めて三日ほどしか経っていないのに、まさか世界に散らばった〝サカズキ〟をもう見つけているとは思わなかった。

完全な誤算である。

体をよじって必死で抵抗するが、意味もない上に呼吸も苦しくなる一方だ。


(このままでは、何も成さず死んでしまう……! 私のせいで、ヒトが滅ぼされてしまう……!)


そう思った途端、右手が離され、炎も消えた。その場に崩れ落ち、咳き込むマルス。


「うーん、話をする前に集っているハエを掃除をしますか。」


アマツはつぶやくと、周囲に向かって蹴りを一閃した。炎の衝撃波が、カメラを構える報道陣を一人残らず火達磨にした。

遠くから悲鳴が聞こえてくる。


「さて、あなたの〝雷〟は、〝渦〟と相性が良さそうね。だから、特別な仕事をあげる。」


マルスを見下しながら、アマツは続ける。


「私ね、殺さないといけないホシタミがいるの。

私は〝サカズキ〟の回収で忙しいんだけど、そいつを放っておくと脅威になりかねないから、早々に殺しておきたいのよね。

一刻も早くヒトを滅ぼしたいから、〝サカズキ〟集めを優先したい。新たな〝サカズキ〟の場所の心当たりもあるし。でもあいつも邪魔。こういう時は、二手に分かれて効率よく仕事をするべきだと思うの。」


「我々以外の……ホシタミ……?」


「ええ。そいつを殺してきて欲しいの。それができなければ、貴方を殺すわ。」


そう言うと、右腕の人差し指でマルスの胸をひと突きする。そして、心臓のすぐそばにメリメリとマナを注ぎ込む。


「ああああっ熱っっっあああっ!!」


マルスは悲鳴を上げる。マナはマルスの胸の中で結晶となり、オーブとなった。


「limited!!」


アマツがそう唱え、マルスの胸から指を抜き出す。


「その胸のオーブは、一週間後に爆発して貴方をケシズミにするわ。取り出そうとしても爆発するから無駄よ。私にしか解除できない。

死にたくなかったら、今から言う男を探し出して殺してきて。そして〝サカズキ〟を私に届けること。いいわね?」


マルスは絶望の淵で、ギリギリ意識を保ちながら聞く。


「そ、その男とは……?」


アマツは満面の笑みでこう応える。


「シンという男よ。」

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