第8話 暴君の胎動
■9月13日 14時10分
スサノオのミイラを見つけてからというもの、マルスは仕事を休み、ひたすらスサノオの眠る洞窟に入り浸っていた。
ミイラを隅々までチェックし、サンプルを持ち帰っては深夜に勤務先の研究室に忍び込み、勝手に機器を使って分析データを取っては朝に洞窟に戻るという過ごし方をしていた。
マルスがまず驚いたことは、スサノオと星のマナの接続がまだ切れていなかったことだった。その結果、何千年も経っているのに形をとどめることができていた。
「ホシタミもその遺体も見るのは初めてだが、普通は死んだら接続なんて切れて腐敗するものだろうに。その辺りはさすが最強のホシタミといったところか。もしくは、この場所が偶然マナの濃度が高い影響なのかもな。」
また、ホシタミとヒトの決定的な違いも見つけることができた。
ホシタミは、おへその下の、丹田の辺りにヒトの持っていない組織を持っていたのだ。脳も体もとっくに死んでいるのに、その部分だけは細胞が生き続けていた。細胞分裂も行わず、ただひたすらにマナを体内へ導き、生存を続ける、未知の組織。
「これは大発見だ。遺伝子の発現量などを見ても他の細胞と全く同じなのに、マナの誘引と貯蔵を行うことができる組織……。まさに神のみわざってところか。」
そして万端の準備をして、いよいよ、マルスがホシタミとなる日がやってきた。
スサノオの組織を取り出し、自分の丹田に移植する。明らかに不衛生で、拒絶反応も出るだろう。最悪、そのまま炎症が悪化して死ぬ可能性もある。
それでも、自分がホシタミになれる可能性がわずかでもあるのであれば……。
局所麻酔を打ち、自分の腹部が見える位置に鏡をセットした。興奮と恐怖からか、メスを持つ手が震える。何度か深呼吸をした後、意を決して、まずは表皮を切り裂いた――
どれくらいのた打ち回っているのだろうか。スサノオから摘出した組織を腹膜に触れさせたところから記憶がほとんどない。
縫合もせず、痛みと違和感のために気絶と覚醒を繰り返している。
異常なほどの汗が吹き出す。自分の体に何が起こっているのかわからない。ただただ全身が熱く、刺すような激痛が体の至る所に走る。
このまま死ぬのだろうか。思えば、あの時スサノオの記憶に触れてから、自分は一種の興奮状態に陥っていた。
慎重な自分らしくない、普段ならば絶対にしないようなことをしている。あれ以来、まるで自分が自分でないような二週間だった。
スサノオの怨霊にでも取り付かれたのだろうか。まさか。そんな非科学的な――……
マルスは目を覚ました。
いつから眠っていて、どれぐらいの時間が経ったのだろうか。洞窟内は冷えているが、差し込んでくる日差しは温かい。朝の日差しだ。目を細めながら、何気なくお腹に手を当て、ぞっとした。
傷がないのだ。メスで確かに切り開いたはずの傷が。
「これは……」
そして、不思議と力が沸いてくる。この感覚は何だ? 杖を取り出し、「fire!!」と唱える。すると、杖の先から強烈な炎の刃が複数飛び出て、岩に炸裂した。それは明らかに、杖に装着しているオーブの出力をはるかに超えた威力の魔術だった。
「そうか。そうかそうかそうかそうか!!」
続いて、ナイフを取り出すと、自分の指先を軽く切りつけた。興奮のあまり、チクリという痛みも感じない。じっと指先を見ていると、じんわりと暖かくなり、ものの数分で傷は癒された。
「成功したッ! 素晴らしい!
星のマナと繋がるとは、なんと素晴らしいんだ! 魔力も、治癒能力も、ヒトとこんなにも違うッ!!」
マルスはそう叫ぶと、杖をスサノオのミイラに向けた。
「感謝するよスサノオ!!
貴方のおかげで、私はホシタミの力を手に入れた!
この破壊力! 全能感!」
そして、杖の先から先ほどよりも強力な炎の刃を打ち出し、ミイラを粉砕炎上させ
た。その衝撃で、杖にはめられていたオーブは砕け散った。
「む、新品に交換したばかりなのに、オーブが砕けるとは。どうやら、無意識に注ぎ込まれる私の魔力が大き過ぎるようだな。
……まあいい。私にはオーブなど必要くなる。これから、この世に唯一復活したホシタミとして、〝炎のサカズキ〟を使い、人々を導くのだッ!! ふはははは! 待っていろよ、女神教のボンクラども!!」
燃え盛るミイラのパチパチという音とともに、マルスの高笑いが洞窟内に響いた。
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