第7話 少年の旅立ち
■9月14日 18時30分
「生き延びたヒトの救助は一通り終わったか。」
シンは、シャワーを浴びて一息ついて、集会場の階段に腰を降ろした。服も新しいものに着替えた。火球の落下から六時間、もう夕暮れ時だ。
シンがアマツと戦ったこの街は、コラクと呼ばれている。国内の比較的大規模な街の中で、火球の被害を受けなかったのはここだけだ。病院から少し離れた集会場に、女神教の兵団による仮設の避難所と指令本部が設けられていた。
「ご協力感謝します!」
兵団長のイナバという初老の男が、そう言って水を持ってきた。白い口髭を蓄えた、優しさと厳しさを併せ持った雰囲気の軍人だ。そこから二、三言ほど救助状況に関する情報伝達をした。
イナバはシンに聞きたいことがもっとある様子だったが、今は人命救助が最優先だ。すぐに持ち場へと戻っていった。
救助用ヘリコプターの音が辺りに響き、多くのけが人が負傷の度合いによって病院と集会場に振り分けられながら運び込まれている。
今の今まで、シンは火球が落ちた場所を回り、〝渦のサカズキ〟で炎を消して回っていた。その後、倒壊した家屋の下敷きになっている人を助けるためにもう一度町々を回った。助けられなかった命のほうが圧倒的に多いが、それでも助かる命は一人でも多く助けたい一心だった。
「シン、君はこれからどうするの?」
ボランティアで荷物運びをしていたナヤも休憩に入ったようだ。ペットボトル片手にシンの隣に座る。
「俺は〝サカズキ〟を集めなければいけない。マイヤが……いや、アマツって呼んだほうがいいのかな? あいつが〝草薙剣〟を復活させるには、俺の〝渦のサカズキ〟が必要だ。俺は〝草薙剣〟の復活は何があってもしてはならないと考えているから、いつかまた戦うことになる。その時、〝渦〟だけの力では対抗できないかもしれない。」
「八人の英雄がそれぞれ持っていたんだよね? 〝サカズキ〟は全部で八つあるの?」
「そうだな。俺とあいつ以外の六人が今どうなっているのかわらかねえけど……」
少し考えるようにして、シンはゆっくりと続けた。
「なぁ、ヒトとあいつの間に何があったんだ?
あいつはヒトを憎んでいた。自分のことを『ヒトに利用される装置』って言った。でも、ヒトの伝承では、自らヒトを助けるために身を差し出したってことになってる。これっておかしいよな?」
シンの言葉に、ナヤは困ったように眉を曲げた。
「ごめん、僕もわからないよ。僕だって今日、女神様の言葉を聞いてショックだったし。ずっと、女神様はヒトを救い見守ってくれていると信じてたんだ。なのに、こんな……」
声が震え、涙が滲んでいる。ヒトの死体を見たこともなかった、平和な時代に生きていたナヤにとって、今日の出来事はまさに驚天動地だ。何より、この惨劇を引き起こしたのが、自分達が昔から信じて慕い続けていた女神だということが精神的にもこたえている。
「そうか。……なら、真実を探しに行かないとな。」
シンは立ち上がると、ぐぐっと背伸びをした。
「これから俺は旅に出る。俺が眠っている間に何があったのか、真実を知るために。救助をもっと手伝いたい気持ちもあるけど、それよりも先に知らなきゃいけないことがたくさんある。
マイヤのことも、魔獣のことも、俺にとってはわからないことだらけだ。全部この目で見て、考えて、決断する。」
シンは笑ってナヤを見た。初めて会ったときに感じたが、彼の目にはいつも強い決意が込められている。
ナヤは、視線を落とし、しばらく地面を見つめていた。
脳裏には、自分に迫ってくる火炎弾がよぎっていた。あの少女の指から放たれた、命を奪うための閃光。
(……怖かった。死ぬかと思った。事実、シンがいなければ死んでいただろう。)
ボランティアの傍ら、恐ろしいほどの数のヒトが死んだという報告を聞いていた。手が震える。頭の整理はなかなかつかない。だが、勇気を出すのはここしかないと、この機会を逃すと自分は変われないと、本能的に感じていた。
深呼吸をすると、ナヤは視線を上げ、シンの目を見つめ返した。
「ぼ、僕もついて行っていいかな!?」
「は?」
ナヤは拳を握り締めて、立ち上がった。
「僕も、真実を知りたい! それに……」
言葉をつなぐナヤの目に、涙がにじんでいる。
「それに……あの時、僕は何もできなかった。
妹が生まれたばかりなのに。お父さんやお母さん、お祖母ちゃんだって病院にいたのに。何もせず、ただ炎を見つめて、あのままじゃ死ぬのを待つだけだった。」
ぼろぼろと涙を落とし、鼻を啜る。
「今になって、すっごく悔しいんだ! 逃げることも、立ち向かうこともできなかった!
このままじゃ自慢のお兄ちゃんになんて、なれっこない自分を実感したんだ!」
「ふんっ!」
シンがナヤの頭にチョップをお見舞いする。ナヤの口から、「ぐへっ」と情けない声がこぼれる。
「そんなもん当たり前だ! 俺だって、自分の村がスサノオに教われた時、ただ裏山で気絶してたんだぞ。俺とマイヤ以外、全員殺された。初めての事態に直面したときってのは、そんなもんだ。
そして、それを悔しいと思うなら、強くなるしかない。頭も体も使って努力するしかない。そんでもって、ナヤにとって俺についてくるのがその努力だっていうなら、ついて行っていいかなんて聞かないで、何が何でも付いてくればいいんだよ。
……ま、俺にとっても、この時代に詳しい人がいてくれた方が何かと助かるしな。」
ニッと笑うシンを見て、頭をさすりながら、ナヤが笑顔になる。
「ありがとう!」
「お礼なんて言わないでいいよ。それより、出発前にちゃんと家族には伝えろよ。」
「うん!」
現状は悲惨で、決して明るい場面ではない。それでも、ナヤの心は少し晴れやかになった。シンを見ていると、未来に希望が待っているような気がした。
一方のシンは、昔の自分をナヤに重ねていた。そして、スサノオに村を滅ぼされたあの時、気絶していた自分を助けた男の姿を思い出していた。
「ナヤ、最後に一つ、聞きたいことがある。」
そう言うと、シンは一呼吸おいた。
「『この旅は厳しい旅になるだろう。それでも、世界を救う旅に出ようと思うか?お前にその志はあるか?』」
これは、8人の英雄のリーダー、ザップの言葉だった。あの時、この言葉にうなずいてから、自分の人生は大きく変わった。スサノオを倒し、世界を救う戦いに踏み込んだ。そんなことを思い出しながら、ナヤをじっと見つめる。
「もちろんだよ!」
吹っ切れた様子のナヤの返事に、シンは再びニッと笑った。
「よし! じゃあ、よろしく頼むぜ。相棒!!」
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