第6話 マルスの野望
■8月31日 16時55分
「うわあああああ!!」
マルスが飛び起きると、そこは川のほとりだった。
ひどいめまいと吐き気に苛まれながら、なるべく深く呼吸をしようと努めた。そして、反射的に川の水をガブガブと飲んだ。体内のマナの濃度を下げるためだ。大量の水を飲むことは、マナを誤飲した際の第一の対処法である。
「え、あれ? 生きてる……?」
水を限界まで飲んで、マルスはやっと自分が生きていることに気づいた。混乱した頭を整理する。自分は一体、何の夢を見ていたのだろうか?
あたりを見回してみると、少し上流に見覚えのある巨木があった。
洞窟の上に見えていた、あの巨木だ。そして、あの夢の中で、吹き飛ばされた自分が叩きつけられたのも、きっとあの木の根元だろう。
ゆっくりとそちらに近づき、根の上から下にある洞窟を覗いてみる。暗くてよく見えないので、リュックから懐中電灯を取り出して点灯する。洞窟の中をさらすと、巨大なミイラが照らし出された。
「夢じゃない。あれは間違いなくスサノオの記憶だ。俺はスサノオの記憶を辿ったんだ。」
科学というよりオカルトの分野だが、マナは精神や霊体にも影響するといわれている。科学者としては納得できない、やや強引な仮説であるが、あの時のマナの噴出で、ミイラに込められた記憶が自分の中に流れ込んできたのだろうとマルスは考えた。つまり、あの死体が伝説の暴君スサノオということになる。
「すんなりと理解できる話ではないが、これ以上考えても仕方がない。それよりも……」
マルスは、〝サカズキ〟の研究者であり、〝サカズキ〟の歴史にも精通している。あの夢を見て、すぐに違和感が頭を駆け巡った。女神教団の記す歴史では、スサノオが死の間際、ヒトを呪って魔獣を世界に放ったことになっている。しかし、目の前のスサノオの死体の周りには、呪いや魔獣の気配など存在しない。それに、先ほどの夢がスサノオの記憶だとしたら、死の間際に呪いを残す時間なんてなかったはずだ。
「魔獣……呪い……女神……」
――教団は、何かを隠している。
それは、以前からマルスが感じていたことだった。
現状、魔獣を倒せるのは女神から得られるオーブを使った魔術だけだ。女神教は、魔獣をスサノオの呪いと断言し、呪いは決して解くことはできないと言っている。そして、女神の作り出すオーブは、ホシタミの神秘の力であり、恵みとしてただただ感謝して受け取るべきだという。女神の持つ〝炎のサカズキ〟はホシタミにしか扱えないとして、触れることも固く禁じられている。
でも、本当にそうなのか?
スサノオの呪いを解く方法は絶対にないのだろうか?
女神像が地中のマナを汲み上げてオーブとして結晶化する仕組みは、本当に解明できないのだろうか?
仕組みを解明して、オーブを大量生産することができれば、もっとヒトは豊かになれるのではないだろうか?
しかし、そんな疑問を口にすることはできなかった。そんな発言をしようものなら、女神を冒涜していると袋叩きにあってしまう。最悪、死刑になる可能性まであるのだ。
「今日、いろいろと明らかになったな。まず、魔獣はスサノオの呪いなんかじゃない。スサノオはあの時に死んでいる。それは実感を持っていえる。
……では、魔獣がヒトを襲う理由はなんなんだ? そもそも、魔獣とは何なのだ? 現代の魔獣も、古代のように星が生み出しているのか? 女神教の上層部は、魔獣の正体を知っているのか?」
そうしてひとり言をつぶやいていると、マルスの頭にある案が浮かんだ。自分でも恐ろしいアイデアだと思ったが、研究者という人種は、思いついたことを試さずにはいられない。
久しぶりに、頭がスッキリとしていた。
ここのところ、研究が思うように進まず悩んでいた。今日のハイキングも、その気分転換のために来たのだ。しかし、そこでこんな経験をするとは思ってもみなかった。
「そうだ。そうだよ。そもそも、女神教なんてものにいつまでも縛られ、真実を追わない研究者人生なんて真っ平だ。
スサノオの呪いなんて嘘を吹聴しているのも、やつらが〝炎のサカズキ〟から得られるオーブの既得権益を守りたいがためという可能性が高い。」
自分に言い聞かせるように、静かにつぶやく。
「もし本当に〝炎のサカズキ〟がホシタミにしか使えないというのなら、新たなホシタミが現れればいい。〝炎のサカズキ〟を自在に操り、呪いの真実を解き明かし、世界に新の平和をもたらす者が現れればいい。」
リュックを背負いなおし、ふもとの町を見る。マルスは、顔がニヤけるのを押しとどめることができなかった。
「……俺が、新たなホシタミになればいい。」
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