少年の旅立ちと暴君の胎動

第5話 数千年ぶりの対峙

■9月14日 12時30分


「渦のサカズキ……ignite!!」


 シンがそう叫ぶと、両拳の篭手の周りに大気中からかき集められたマナが渦巻く。その拳が持つ強大な魔力に、シンの周囲の空気が震えている。


「っ……」


 一方、隣にいたナヤは火球から目を離せず、呆然としている。抗うこともできない圧倒的な力を前に、動けなくなっていた。激突まであと何秒ぐらいだろうか。徐々に熱を感じるようになってきた。


「ナヤ! 下がっていろ!」


 そう叫ぶと、シンは火球に向かって飛びだした。渦の力を身に纏ったシンは、病院を軽く跳び越える超人的な跳躍をみせた。

 右拳に力を込めると、空気の震えが徐々に大きくなり、目に見えるほどの高濃度のマナが、青い輝きを放ちながら高速でシンの拳の周りを渦巻いていく。シンは火球に正面から突っ込みながら、まっすぐに右拳を突き出した。

 一瞬であった。

 火球の炎が拳の渦と交わったその時、瞬く間に火球は渦状のすさまじい熱と光を放出し、空中で霧散した。


「……やっぱりすごい力だな、こりゃ。」


 拳をまじまじと見つめながらシンは着地する。それと同時に、拳の渦をふっと解除した。


「今のは……?」


 状況がつかめずにうろたえるナヤ。先ほどまで迫っていた巨大な火の玉が、シンのパンチ一発で跡形もなく消し飛んだのだ。そもそも、シンは一体何メートルほど跳躍したのだろうか。人間業ではない。それに、〝サカズキ〟と言ったように聞こえた。〝サカズキ〟といえば、ホシタミが使ったと言われる伝説の武器の名だ。


「ん? ああ、これは〝渦のサカズキ〟。スサノオを倒した八つのサカズキの一つだ。」


 シンは、自分の篭手をぽんぽんと叩きながら言う。


「そんで、振ってきた火の玉は、間違いなく〝炎のサカズキ〟による攻撃だな。マイヤのやつ、何でこんなこと……」


 そこまで話したところで、シンは何かを思い出したように言葉を止めた。そして、再び「ignite!」と呟いて〝サカズキ〟を起動させて飛び上がり、上空でピタリと止まった。空気の渦をうまく操って、足場を作っている。ナヤは、ぽかんと口を開けて見上げることしかできない。目の前で起こっていることが、とにもかくにも信じられない。


「くそっ! なんてことだ!!」


 シンの叫び声が聞こえる。


「そこら中に火の玉が落ちてる!」


 ナヤはぞっとした。

 あの火球が、そこら中に?

 あんな絶望的で暴力的な、死の塊が無差別に落ちたのか?


「た……助けなくちゃ!」


 ナヤは、やっと気を持ち直し、そう言った。シンも「もちろんだ!」と応えたその時だった。



「助ける……? ヒトを? 冗談でしょう?」


 目の前を炎の筋が猛スピードで横切り、熱が空気を切り裂いたかと思うと、どこからか冷たい声が聞こえた。声の先には、先ほどの映像に映っていた、燃え盛る四肢の少女がいた。


「マイヤ!?」

「驚いたわ。久しぶりね、シン。私の火炎弾を弾き飛ばしたのが誰なのか見に来てみれば、あなただなんて。どういうことかしら?

 でもちょうどよかった。〝サカズキ〟を探す手間が省けたわ。」


 少女が笑顔でシンに話しかける。一方のシンは、切迫した表情をしている。


「マイヤ! さっきの火の玉、やっぱりお前なんだな!? 何してんだよ! サカズキが暴走でもしてんのか!?」


 シンが少女に詰め寄ると、少女の表情が一転する。シンの発言が信じられないというような、怪訝な顔だ。そんな上空の二人に、ナヤが声をかける。


「シン! あと……女神様……でしょうか?

 力を貸してください! 火球が落ちた場所にいるヒトを、早く助けないといけません!」


 少女は視線を地上のナヤに向ける。そして目が合った瞬間、右腕をナヤに向け、クッと力を込めた。


「うるさいんだよゴミが。」


 そうつぶやきながら、指先から小さな火炎弾を放つ。


「え?」


 ナヤは呆気に取られた顔のまま、徐々に近づいてくる炎を見ているしかできなかった。


(あれ? なんでスローモーションに見えるんだろう?

 それに、いろいろと頭に浮かんでくるのは、走馬灯っていうのか、これ?)


 次の瞬間、シンがその火炎弾を弾いてナヤを守った。


「マイヤ! 何してるんだ!」


 声を荒らげるシン。


「何って、害虫駆除よ。ヒトは害虫。星のためにも滅ぼさなきゃいけないの。」

「何を言ってるんだ!? スサノオからヒトを解放し、ヒトと共に生きるって言ってたじゃないか! お前もそのためにヒトを何千年も助けてきたんだろう!?」

「共に生きる……? 助ける……?」


 少女の様子が一段と変わった。両手足の炎がより一層燃え盛り、感情的になっていることが一目でわかる。


「まだそんなバカなことを言っているのね!!」


 少女は激高した。


「あなたがなぜ今ここにいるのか、それはわからないけれども……そうよね! あの時、吹き飛ばされてどこかに行っていたあなたには! ヒトの本当の姿はわからないわ!!」

「本当の姿? 一体、何があったんだ?」

「本当に何も知らないのね……!」


 顔をしかめ、苦しそうな表情をする少女。


「説明は不要よ! 思い出したくもない! とにかくヒトは滅ぼす!! 皆殺しにする!!

 シン、あなたが邪魔をするというのなら、しばらく眠っていてもらうわ!」


 少女の四肢から炎が噴出したかと思うと、シンに向かって高速の回し蹴りを繰り出す。しかし、シンは微動だにせず、その蹴りをあしらった。驚く少女に対して、シンは冷静な様子で語りかける。


「さっきの火の玉をはじいてわかった。〝渦のサカズキ〟は、敵のエネルギーを散り散りにさせる特性がある。どんな攻撃も、俺には届かないよ。」


 その言葉が届いていないのか、体を回転させながら何度も蹴りを見舞う少女。あまりの速さと炸裂する炎に、ナヤはもう目でも追えないが、これだけはわかる。


「シンに、全く効いていない……」


 シンが炎を受け止める瞬間、炎は打撃の向きに対して垂直方向に渦となって広がり、シンの体に全く届いていない。苛立つ少女は、蹴りだけでなく、火炎弾なども交えてひたすら攻撃をする。


「はっ!」


 一瞬の隙をついて、シンが少女の腹部に突きを見舞った。シンの一撃で、四肢の炎も吹き飛ばされる。吹き飛んだ炎はひとつに集まると槍の形となり、少女と共に地上に落ちていく。


「くそっ! ⅰgnite!!」


 慌てて槍を炎にもどして両手足に炎をまとい直し、体勢を立て直す少女。

冷静に考えれば、これ以上ない追撃のチャンスであった。しかし、シンにはそれができなかった。むしろ、微動だにできず、驚きで目を見開いていた。


 先ほどの炎が消えた一瞬、見えた少女の体には……手足がなかったのだ。


「マイヤ、お前、その手足――うぐっ!」


 シンが油断した隙をついて、少女は最速の火炎弾をシンに放った。みぞおちに直撃し、一瞬息が止まる。


「そう、私には両手足がない。ヒトに奪われたの。」


 そう言って、怨念の篭った目でシンを見つめる。


「あの時! 私たちがヒトに裏切られたあの時に! 探してもどこにもいなかったあなたが! なんで今になって現れるの!? 今さら何をしに出てきたのよ!? 私がやっと復活して、これからヒトへの復讐を叶えようとした時に、なんであなたが立ちふさがるの!?」


 涙を流しながら、少女は叫ぶ。その声を聞いて、シンは自分を呼び起こした声を思い出す。そう、あの声は、間違いなくマイヤのものだった。


「俺は……俺は、お前に呼ばれて目覚めたんだ! そうだ! 自分を止めろって、あの剣をもう一度この世界に現してはいけないって言って俺を起こしたのは、お前だよ! マイヤ!」


 シンのその言葉が、少女の慟哭を遮った。少女は、ひどく動揺している様子だった。


「どうして? 私の目的があの剣だって知っているの?

 それに、私があなたを呼び覚ました? あなたを……?」


 理解が間に合っていない。何が起こっているのか、頭が追いついていない。しかし、戸惑ったのもわずか数秒。少女は再び怨念の篭った顔にもどり、シンを睨みつけた。


「……今日は力を使いすぎたし、私の〝炎〟はあなたの〝渦〟と相性が悪いようだし、決着は今度つけましょう。」


 そう言って少女は背を向ける。去ろうとする少女に、シンは必死に声をかける。


「待て! 話をしたいんだ!

 本当に、お前は〝草薙剣〟をもう一度発動させるつもりなのか!?」


 少女は一瞬、ふっと笑いを零し、ゆっくりとシンに向かって振り返る。


「ええ。今度はヒトを一人残らず滅ぼすために、私があの剣を使う。八つの〝サカズキ〟を集めて、あの剣を復活させる。だから、近いうちにあなたの〝サカズキ〟も奪わせてもらうわ。」


 少女の瞳には、決意が刻み込まれていた。


「俺、本当に目覚めたばかりで、なんでマイヤがそんなにヒトを憎むのかもわかんねぇし、その手足のこととか裏切りとか、わからないことばかりだけど……」


 シンもまた、意を決して断言する。


「あの剣は、もう二度とこの世界に現れてはいけない!

 俺を眠りから起こしたときに、間違いなくマイヤの声がしたんだ! マイヤ自身も、本当はそう思っているんだろう!? だから、俺を呼び起こしたんだろう!?」


 その言葉を聞いても、今度は少女の表情は変わらない。


「いえ、なんのことだかわからないわ。

 私はあなたは死んだと思っていたし、眠りから覚まそうなんて思うはずもない。あなたを起こしたのがマイヤだとしたなら……」


 そこまで言うと、少女は自身を哀れむような、悲しい微笑みを浮かべた。


「私はマイヤではないのでしょうね。私自身、もうマイヤと呼ばれなくなってどれだけの時が流れたのかもわからない。

 あなたと共に育ったマイヤとしての時間より、ヒトに対する憎しみを積み上げながら、ヒトに利用される装置として、アマツと呼ばれた時間の方がよっぽど長いわ。」


 そう言い残すと、少女は体をひねり、両足の炎を一気に噴出した。そして、空を覆うほどの炎の筋を空中に残して、どこかへと去っていった。

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