第4話 ××××の記憶

■マルスの夢


 マルスは不思議な夢を見た。


 その夢で、マルスは戦士として戦っていた。

 星が未熟な時代。星が意思をもっていた遥かな太古。

 星は、自身の成長に伴って生じる世界の歪みを、地上に放出してバランスを保っていた。その歪みは魔獣となり、地上を蹂躙した。魔獣は地上で暴れ、星を傷つけた。


 それに困った星は、魔獣を撃ち滅ぼすために、地上の生物に力を与えた。その力は、星のマナを自在に扱い、魔術として打ち出すものだった。


 その力を授かった者達こそ、ホシタミだった。


 ホシタミの戦士は、星の要望に答え、各々の武器〝サカズキ〟に魔術を纏わせ、ひたすら魔獣を討伐していった。


 ――そしてある日、星が成熟期を迎えると同時に、最後にして最大の歪みが星から放たれ、最強の魔獣が誕生した。

 それは八つの頭と八つの尾をもつ蛇であった。ヤマタノオロチと名づけられたその魔獣との戦いは、苛烈を極めた。長きにわたる戦いを経て、多くの犠牲を払いながらも、戦士はヤマタノオロチを打ち倒した。そして、ヤマタノオロチの持つ八つの力を一つの剣に集めた。


 炎、水、雷、風、渦、呪、破、光。


 八つの力が合わさった剣は、あらゆるものから命を奪う力を持っていた。

 一薙ぎで数多の死をもたらす魔剣。そして、所有者に永遠の命を与える宝剣。〝草薙剣〟という名を冠したその剣を持ち、戦士は不死の王としてホシタミを束ねた。星も、彼を地上の王として認めた。ホシタミ達に感謝した星は、未来永劫、ホシタミ達の子孫には魔術を操る力を与えることを約束し、安心して眠りについた。


 しかし、平和は訪れなかった。彼は戦士としては超一流であったが、為政者としては欠点だらけだった。


 〝草薙剣〟を持って、自らに従わない者を片端から粛清していった。まさに恐怖政治。ホシタミは彼を恐れたが、同時に彼の剣さえ奪うことができれば、形勢を逆転できるとも考えていた。事実、彼自身も〝草薙剣〟を狙うホシタミを警戒していた。彼の国を去ったホシタミの一部は、各地の秘密の集落で暮らし、いつか彼を打ち倒さんと力を貯めていた。彼は、そういった集落を見つけ出しては、尽く潰していった。


 そんな中、不思議な赤ん坊が生まれた。星と繋がっていない、星とマナを共有していない子が生まれたのだ。魔術を使えない子どもは、どんどん増えていった。理由の一端は明らかであった。〝草薙剣〟の圧倒的な力は、星のマナを利用したものだ。〝草薙剣〟の乱用という負担に、いつしか星は疲れきっていた。星は約束を果たすべく、ホシタミの子らにマナを与え続けていたが、〝草薙剣〟のために消費されるマナがあまりにも大きいために、それも限界を迎えたのだ。そして、新たに生まれくるホシタミへのマナの供給が止まりつつあった。日を追うごとに、マナを扱えない子の数は増えていった。

 彼は、それを好機と捉えた。マナと繋がっていない、ひ弱な子らであれば、叛乱の恐れもない。マナを扱えるものは、〝草薙剣〟を扱うことができる。一方、マナを扱えないものは、どう足掻いても〝草薙剣〟を振るうことはできない。彼は、マナを使えず、自らに歯向かう術を持たない者をヒトと呼び、事実上の奴隷とした。そして、六十年ほど待って、国中の、自らに忠誠を誓っているホシタミまでをも『潜在的謀反』という罰で一斉に処刑した。


「この世界にホシタミは我一人でよい」


 彼はそう宣言し、より一層ホシタミへの弾圧を強めた。まれにヒト同士の子でもホシタミが生まれたが、赤ん坊であろうとホシタミならば容赦なく処刑した。こうして、自分に逆らうものが誰一人いない世界を作り上げた……はずだった。


 ある夏の暑い日。

 式典の日に、彼の前に八人のホシタミが現れた。粛清を逃れ、生き延びたホシタミだった。


 大剣を持った屈強な男、

 杖を持ったやさ男、

 鉄扇を持った鋭い目の女、

 刀を持った老獪な男、

 弓を持ったかつての自分の側近、

 斧を持った大柄な男、

 そして、グローブをはめた少年と、槍を持った少女だった。


 彼はいつものように、羽虫を潰すような感覚で〝草薙剣〟を振るい、〝死〟の衝撃派を放った。それは、ホシタミを殺すために何千何万回と繰り返した行為であった。この一撃で勝負はつく。そのはずだった。

 しかし、その日は違った。

 彼の剣から放たれた漆黒の衝撃波を、大剣の男が受け止め、軌道を逸らしたのだ。そしてその瞬間、〝草薙剣〟が綻びていることに彼は気づいた。今まで決して欠けることのなかった剣が、欠けた。困惑しつつも、隙を見せるわけにはいかない。すさまじい速さで次々と衝撃派を放った。しかし、その衝撃派を、杖の男、鉄扇の女、刀の老人が次々といなし、その度に〝草薙剣〟は綻んでいった。理由はわからないが、彼らの持つ武器が、〝草薙剣〟の力を奪っていったのだ。彼らは周到に戦いの準備をしていた。八人目の少女と打ち合ったとき、〝草薙剣〟の纏う炎が、少女の槍に吸い取られた。


 〝草薙剣〟としてまとまっていた八つの力が、八つに分割され、奪われた。


「〝渦〟を奪った! 俺だー!!」


 背後から少年の雄叫びが聞こえる。「ignite(イグナイト)!!」と八人が同時に叫ぶ。〝サカズキ〟を起動させる呪文だ。呪いの大剣、水の杖、風の鉄扇、雷の刀、光の弓、破の斧、炎の槍。それらの力が、少年の持つ渦の篭手に集約される。八つの力が集まった先――そこにあったのは、彼が今まで多くの命に放ってきた〝死〟の一撃だった。


「スサノオぉおおおおお!!」


 少年が拳に力を込める。その少年の目を見た瞬間、永らく不死の存在であった彼が、久しぶりに死を感じた。しかし、彼もこのままでは終われない。なぜ力が奪われたのか、それはわからないが、あと一歩で理想の国が作れるのだ。ホシタミを皆殺しにし、奴隷であるヒトを管理し、自らを不死身にして絶対の王として君臨する理想の国が。その国を作る資格が自分にはある。長い長い戦いを経て、幾度となく星を救い、友の死も乗り越えてきた。これは、そんな自分にやっと与えられた褒美なのだ。手放してなるものか。


「アアアアアアアア!!」


 全身が震えるほど叫ぶ。ボロボロになった剣を、全力で少年に振り下ろす。

 剣の力は奪われていても、自分の中に〝草薙剣〟の力がわずかに残っている。百年以上も〝草薙剣〟を使い続けた体は、体そのものが〝草薙剣〟の一部のようになっていた。その力を搾り出し、〝死〟の一撃をもって、この少年を打ち砕こう。そして、残る七人も始末し、八つの力を束ね直して再び〝草薙剣〟を作ればよい。


 剣と拳。

 彼と少年の、強烈な〝死〟の力同士のぶつかりあい。


 しかし、そこで思わぬ誤算があった。彼の齢はとうに100を超えている。体は、本当はとっくの昔に朽ちていたはずのものだ。それを、持ち主を不老不死とする〝草薙剣〟の力で押しとどめていたに過ぎない。体に残る〝草薙剣〟の力を放出すれば、必然的に体は滅ぶ。急速に体が痩せ衰えていき、ふんばりが利かず、剣に力を伝えられなくなっていく。

 二人の激突から間もなく、すさまじい爆風が巻き起こった。彼の体は吹き飛ばされる。猛スピードで空へと投げ出された。


 目まぐるしく視界が変わっていく。歯を食いしばり、着地に備えようとする――が、力が入らない。

 彼はそのまま、巨木の根をえぐるように森へと墜落した。全身に衝撃が走る。何箇所も骨が折れたようだ。血を吐き、天を仰いだ。


「い……や、だ。まだ……死ぬわけに……は……」


 先ほどまで突き刺すほどの夏の日差しを感じていたのに、今は真冬のように全身が寒い。目がかすみ、そこにあるはずの太陽も見えない。なぜこうなってしまったのか。わからない。これは罰なのだろうか。ただの戦士に過ぎなかった自分が、星を守ることが使命だった自分が、星さえも道具として利用し、同属であるホシタミを屠り、世界を支配しようとしたことに対する罰なのだろうか。


「そんな……こと……が……」


 そんなことがあってたまるものか。

 俺は王だ。

 あのヤマタノオロチさえも討ち取った男だ。

 星を救ったのだ。

 世界を思うままにする権利が、俺にはあるはずなのだ。


 だが、現実が迫ってくる。死の足音が、すぐそこまで迫っている。


「あ……あ……」


 最後にそうつぶやくと、彼の命はあっけなく〝死〟に飲み込まれた。


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