第3話 マルス、洞窟にて

■8月31日 13時20分


「おーい! 誰か、助けてくれー!」


 マルスは大きな声で叫んだ。休暇を利用して趣味の登山に来ていたのだが、突然の地震に足を滑らせてしまった。どれくらい滑落しただろうか、気が付けば洞窟のような空間にいた。ただ、洞窟にしてはかなり明るい。巨大な樹の根と地盤が絡み合ってできた空間のようで、天井から光が差し込んでいる。


「辺りに人はいない、か。」


 そうつぶやくと、杖を持ち出した。気絶している間に魔獣に襲われなかったのは幸運だった。ここは舗装されていない山である。女神の加護が及ばない領域。当然、上位の魔獣も出現する。マルスは女神教団所属の研究者であり、導師クラスの腕前をもっている。

 導師とは、法律で定められている最大量のオーブを使うことを許可されている、いわば魔術のエキスパートだ。舗装されていない道であっても、自由に出歩く権利を持っている。しかし、いかにマルスといえども、気絶しているときに魔獣に襲われていれば命はなかっただろう。


 マルスは、しばらく滑落した崖を登ることができないかと考えたものの、それは不可能だと判断した。どうやら、他のルートを探すしかなさそうだ。とりあえず洞窟を奥へと進むことにした。そうして十分ほど歩いたところで、足元から独特の芳香が漂っていることに気づいた。


「これは、マナか。先ほどの地震で噴き出したのか? まぁすぐに蒸発するだろうが……。

 それにしても、こんな所にマナ源が眠っているなんて。地質探索部の連中に話をすれば、さぞかし喜ぶだろうな。小瓶にでもサンプリングして持って帰ってやろうか。」


 独り言をつぶやいて、先へと進む。先に行くほど、明かりは少なくなり、土っぽい臭いが増していく。洞窟はまだまだ先がありそうだが、この先に出口があるとも限らないし、そろそろ引き返して別の道を探すことにしようか。そう思った時、ふと横を見たマルスは壁にある大きな彫像に気がついた。――いや、違う。これは彫像ではなく、死体だ。三メートル近くはあるであろう、巨大なミイラが壁にめり込んでいた。


「これは、一体……?」


 そう声に出した途端、また地震が発生した。先ほどよりも大きな地震だ。慌てて頭をリュックで守る。洞窟が崩れないようにと願いながら身を屈めていると、突然、下からマナが噴き出してきた。


(まずいっ!)


 そう思ったが、時すでに遅し。なす術なくマルスの体はマナに押し流され、洞窟の奥へと流されていく。

 マナは、魔術の源となる星のエネルギーだ。独特なにおいをもつ液体であるが、沸点が低く、瓶に入れていても、蓋を開けっ放しにしておくとすぐに蒸発してしまう。そして、ヒトにとっては毒でもある。ヒトが多量のマナに暴露されると、頭痛、吐き気、めまいを伴う症状に襲われ、最悪の場合は命を落とす代物だ。

 マルスは必死に息を止めようとしたが、マナの奔流の中、岩に激突した衝撃で口が開き、マナをがぶりと飲んでしまった。そして、マルスの意識は、一瞬で闇の中へと落ちていった。

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