第2話 アマツ、女神の復活

■9月14日 11時20分


 道すがら、ナヤはシンの下らない質問に答えていた。


「……そういうわけで、この道路は〝女神様〟に守られているんだ。」


 ナヤより二つ年上だというシンは、真剣な顔で話を聞き、頭の中でひとつひとつ情報を整理しているようだった。


「つまり、スサノオとの決戦で、奴自身を倒すことには成功したが、奴は死に際にヒトへの呪いを残した。それが魔獣となり、ヒトを襲っている。

 そこで、決戦で唯一生き残った炎を操るホシタミが、ヒトを守るために自らを犠牲にしてヒトに力を授けた。そのおかげで、ヒトは多少の魔術は使えるし、魔獣に襲われない安全地帯を作ることもできるようになった。……こういうことだな?」

「うん、そういうこと。女神様は、今は石化して女神像になってしまっているけど、その槍の先から零れ落ちるオーブを授かることで、魔力を持たない僕らでも魔術を使えるんだ。」


 ナヤは短剣の柄を指差す。そこに、小さな赤い宝石のようなものが埋め込まれている。魔力の源であるマナの結晶、オーブだ。


「シン、君は本当に何も知らないの?」

「ああ。なんてったって、スサノオに一撃をかました後、ずっと眠っていたんだ。起きたら何千年だか何百年だかって年月が過ぎていましたとか、信じられないよ」


 シンは困った表情で頭をポリポリとかいた。


「うーん、悪いんだけど、こっちの方が信じられないよ。嘘をついているようには見えないんだけど、スサノオを倒した八人の英雄の一人だっていうんだろ? 君が。」


 スサノオは、古代の世界を支配していた暴君だ。


 かつて、この星には二種類の人間がいた。魔術を操ることができるホシタミと、魔術を使えないヒト。スサノオはホシタミ最強の戦士で、自分以外のホシタミを虐殺し、ヒトを奴隷にして独裁国家を作り上げようとしたという。そのスサノオを倒したのが、虐殺を逃れ、力を蓄えていた八人のホシタミだった。

 スサノオを倒した八人は、ヒトを救った英雄として現在も語り継がれている。スサノオを倒す際に、七人は命を落としたが、からくも生き残ったホシタミが一人いた。そのホシタミこそが、我らが女神様である。炎の魔術をヒトに分け与え、今も続くスサノオの呪いからヒトを守ってくれている。


 しかしながら、どうやらシンというこの少年は、その八人の英雄の生き残りで、長い眠りから先ほど目覚めたのだという。ナヤは、本心では「いい加減、その設定やめろよ!」と言いたいところだったが、あまりにも真に迫っている様子に、しょうがなく付き合ってあげている。


「だーかーらー、さっきから言ってるだろ? 他の七人の名前も性格も知ってるんだぜ? 本物だって。」


 シンが呆れた様子で言う。


「そんなの、本当かどうか確かめようもないし……。」


 ナヤも呆れた様子で返事を返す。


「それにしても、女神様ねぇ。それに槍と言ったら、それは絶対にマイヤだな。間違いない。ヒトのために自分を犠牲にするなんて、あいつらしいというかなんというか。」

「マイヤ……? 女神様のことは、みんなアマツ様って呼んでるよ? 女神教と書いて、アマツ教っていうヒトもいるし。」

「はぁ? なんだそりゃ。」


 シンはいぶかしげな顔をする。


「女神様とか崇めておきながら、名前もちゃんと覚えてないのかよ。」


 大きなため息をついて、やれやれという素振りをみせる。そして、ふと何かに気づいた様子で口を開いた。


「なあ、それにしても、何でスサノオはヒトを呪うんだ?

 自分を倒したホシタミを呪うならわかるんだけど、スサノオにとってヒトは貴重な労働力で、働き蟻みたいなもんなのに。あいつがヒトを恨む理由って何なんだ?」


 もっともな疑問だった。魔術を自在に操るホシタミと、魔術を使えないヒトの間には、決定的な上下関係があったという。ホシタミの戦士であったスサノオにとって、ヒトはただの奴隷で、恨みの対象でもなければ、脅威でもなかったはずだ。そんなスサノオが、なぜ死後にヒトを呪い、ヒトを殺そうとする魔獣を生み出すのだろうか? 今まで気にしたこともなかったことを指摘され、ナヤも答えに困った。ただ、そういうものだと受け入れていたのだ。


「そこまでは知らないよ。さっきも言ったように、学校では死後もなおヒトを支配しようとしているとしか……。あ、もしかしたら、ホシタミを呪うついでにヒトを呪ったのかも。ともかく、スサノオが生み出している魔獣は、他の動物は襲わず、ヒトだけを襲うんだ。」

「でも、さっきの魔獣は俺をスルーしたぞ。ホシタミは狙わず、ヒトだけを狙ってる感じだった。」


 ナヤはハッとした。確かに、魔獣はヒトを見境無く襲う。襲う順番も決まっていて、自分の近くにいるヒトを優先して、機械的に襲うのだ。先ほど魔獣と対峙したとき、シンはどこにいただろうか? 魔獣に気を取られていて気付かなかったが、自分は魔獣を見た瞬間にかなり距離をとった。あの時、恐らく自分よりも魔獣の近くにいたのはシンだ。なのに、魔獣はシンを襲わず、自分を標的にした。なぜシンは襲われなかったか? シンが本当にヒトではなく、魔術を使う古代人、ホシタミであって、魔獣はホシタミを狙わず、ヒトだけを狙うと考えれば辻褄があう。


「うーん……。確かに。」


 混乱した頭でそう返事をしていると、目的地の病院についた。ナヤはシンに、「それじゃ!」と言って短く手を振り、自動ドアをくぐった。父からのメールで告げられた場所へ向かうと、廊下で父親と祖母が待機していた。父はこちらに気が付くと、こっちだと手招きをした。


「もう何時間も待っているんだが……。」


 父は座ってもいられない様子で、うろうろと立ち歩いている。こんなに落ち着かない父を見るのは初めてだ。ナヤの父は、軍のヘリコプターに女神様の加護を付与する技術者で、職人気質なところもあり、普段は何事にも動じないタイプである。だが、今はそうはいかないらしい。父を見ていると自分まで不安になりそうで、ナヤはソファに腰掛ける祖母に目を向けた。

 祖母はこちらを見て微笑んだあと、父に向かって


「ジークさん、あの子を信じて待つしかできないですよ。私達が焦っても仕方がありませんよ。」


 と声をかけていた。ナヤもソファに座ると、急に期待と不安で胸が張り裂けそうになってきた。もうすぐお兄ちゃんになるんだ。そう思うと、なんともいえない気持ちだ。


「なあ、ここは何をする場所なんだ? あの箱から流れている映像は何だ?」


 突然、緊張感のない声で、横に座っているシンが質問してきた。


「え、箱? ああ、あれはテレビだよ。遠くの映像を映し出す装置……って、なんでここまで付いてくるんだよ!?」

「だって、もっと色々と教えてほしいし。」

「いやいやいやいや、プライベートな部分とか関係ないのか君は!?」


 病院の前で別れたつもりだったが、シンは平然とついてきていたのだ。ナヤがシンとそんなやり取りをしていると、父と祖母もシンに気づいた。


「君は……ナヤの友達か?

 ははは、ナヤ、なんだお前、嬉しくて友達も連れてきたのか。」

「あらあら、ナヤくんが友達を連れてくるなんて、珍しいね。あ、お菓子あげようか。」


 父と祖母がシンに声をかける。少し緊張がほぐれた様だ。シンはあいさつをしながら、チョコを受け取り、即座に頬張った。「なにこれ、すげーうまい!」と叫んで、父と祖母を笑わせている。


「君、すごい服装だね。そういうダメージ加工の服が流行ってるの?」

「いや、これは単にボロボロなだけで……。」


 他愛のない話し声が廊下に響き、テレビからはグルメ番組の音声が流れている。シンがまた変なことを言い出さないかなと心配しながら、ナヤは三人の様子を黙って見ていた。そんな時間をしばらく過ごしていると、分娩室の方から響き渡るような泣き声が聞こえてきた。

 声に気づき、父と祖母、そしてナヤも椅子から飛び上がるように立ち上がった。三人が期待を込めた目で分娩室につながる扉を見る。そこから、おそらくは二十分程度だろうか。しばらくすると、助産師が出てきて、こう言った。


「無事に生まれました。3015gの女の子で、母子ともに健康です。よくがんばってくれました。」


 その一言に、涙が溢れるナヤと父。ホッとした笑顔の祖母。30分ほど時間をおいて分娩室から出てきた母と赤ちゃんを、三人が囲んだ。シンは、その様子をそっと眺めていた。


(そうか、ここは赤ん坊を産む施設だったんだな。よかった。スサノオとの戦いの結果、俺たちはこういった幸せな時代を作ることができたんだ。

 マイヤ、お前が自分を犠牲にしてまで守ろうとしたヒトは、お前のおかげでこんな笑顔を見せてくれているよ。)


 スサノオとの決戦の後、眠っている間に途方もない時間が過ぎていたと聞いた時は、シンも相当うろたえたが、今はなんだかスッキリとした良い気分だった。その場の誰もが幸せな、穏やかな空間だった。


「マイヤ……。いつか、君に会いに行くよ。」


 シンが小さくひとり言をつぶやいたその時、テレビから甲高く短いメロディーが流れた。目を向けると、『緊急速報』の文字が目に飛び込んできた。


『女神像が何者かに盗難され、大聖堂を含む周辺が焼き尽くされる事件が発生』


 空気が一変し、凍りつく。シンも、ナヤも、家族も医師も助産師も、その場のみんなが固まった。


 女神像はオーブを生み出し、人々の生活を支える基盤なのだ。それが盗難された。


 どういう状況なのか、全くのみこめないまま、事態の大きさに困惑していると、次の瞬間にはテレビの画面が慌しく移り変わった。画面に映った真っ赤な口紅の女性アナウンサーが、青白い顔をしながらもつとめて冷静に原稿を読み上げる。


「本日、女神像が盗難される事件が発生しました。

 女神像を納めていた大聖堂が破壊され、周囲が炎に包まれています。何者かが、女神像に設置されていた〝炎のサカズキ〟を起動した模様で……あっ! 現場と中継ですね! 中継が繋がっています!」


 映像が切り替わり、燃え盛る街が映し出された。


「ご覧ください! 現在の聖都アマザの様子です! 大聖堂を中心として、辺り一体が炎に包まれています! これはフィクションではありません、現実の映像です!!」


 ヘリコプターのプロペラ音に負けないように、男性キャスターが大声で状況を伝える。そして、画面いっぱいに燃え盛る街が映し出されている。その時、カメラが瓦礫の上の人影を捉えた。


「あれは……大聖堂の瓦礫の上に、誰かがいます! カメラをズームさせていきます!」


 映像は人影にズームしていく。そこには、燃える四肢をもつ少女が立っていた。その姿に、ヒトは誰もが直感した。その少女の顔こそ初めて見たものの、ショートカットの髪型や白と赤を基調とした巫女の服装が、いつも拝んでいる女神像のものだったからだ。


「あれは……女神様!?

 石化していたはずの女神様が復活した……のでしょうか? ですが、とにかくこの惨劇! えー、何が起こっているのか、状況をしっかりとお伝えし――」


 キャスターが言葉を言い切る前に、テレビ画面が炎に包まれた。通信が断絶されたのか、真っ暗な映像が流れたかと思うと、数秒後、スタジオのカメラに切り替わり、コメンテーターたちがざわついている。

 そこに、スタッフが飛び込んできて、大声でこう叫んだ。


「皆さん、非難してください! 繰り返します! 皆さん、非難してください!!

 テレビの前の皆さんも!早く!!

 さっきの少女が……巨大な火の玉を複数、上空に撃ちだしました! こちらにも間もなく降ってきます!!」


 その言葉を聞いた瞬間、シンが病院の外に駆け出した。

 ナヤも後をついて走る。

 自動ドアを抜け、二人は空を見上げた。

 燃え盛る火球が、まっすぐにこちらに向かって落ちてきていた。近づくにつれて、その巨大さが明らかになっていく。直径にして百メートルは超えているであろう。こんなものが落下すれば、大惨事は免れない。


 シンは、迫り来る巨大な炎の玉を見ながら、目覚めるときに聞こえてきた声を思い出していた。そうだ、自分は自然に目が覚めたのではない。誰かに呼び起こされたのだ。あの声は誰だったのか。

 いや、その声の主を、シンは知っていた。あれは間違いなく――


起きて。起きて。

彼女(わたし)を止めて。

あの剣がまた形を成す前に。


私の炎を―――

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