ライバルは、私の瞳に、映る君(字余り)

転E紬

にらめっこ

「にらめっこしよう」


 美瑛みえ──目の前の少女──が唐突に言う。暇になったのだろうか。

「勉強はいいの?」

 呆れたような眼差しを彼女に向け、今この場の目的を指摘する。来週から始まるテスト期間。高校に入って初めてのそれを前にして、彼女と二人ここで勉強している、という状況である。


「飽きちゃって」

「飽きて、ねぇ」


 確かに休日なのを良いことに朝から現在時刻、午後3時まで勉強し続けている。お昼ご飯を食べるという休憩があったとはいえ、飽きてくるのも致し方ないことだろう。ただそのおかげか、2人ともだいぶ勉強は進んでいて、今日やると決めたノルマくらいは達成しているようだ。少なくとも私は達成している。


「それじゃあ、おやつ休憩にしましょうか」

 そう言って立ち上がる。ここは私の家だし、そういうことに気がつかなかったのは私の落ち度だろうと反省しつつ、美瑛の好きなお菓子はなんだったかしらと思案する。


「ちょっと待っててね」

 と言って、台所に向かい取ってきたのはママレードにクッキー、ビスケットに紅茶。クッキーとビスケットの違いはなんだって? 商品名がクッキーだったらクッキーだし、ビスケットだったらビスケット。


 ビスケットにジャムをつけて口に運びつつ、

「また鏡見てるの?」

「ん? うん」


 美瑛は鏡を見るのが好きだ。正確には鏡に写った自分の顔を見るのが。要はナルシストなのだ。まあ実際、美瑛の顔は良いと思う。美人の範疇に入るだろう。雰囲気的にはパリコレに出てくるようなタイプというより、宝塚の男役みたいな感じ。まあ、そんな顔してたらそりゃ自分の顔好きにはなるわ、と自然に思える程度には美人。


 ただ、まあ、幾つかたちの悪いところがあって、第一によく女の子をひっかけるのだ。女の子受けする顔なのか、同性にも関わらず彼女に恋愛感情や憧れを抱く少女は多い。困ったことに幼なじみというポジションにいる私はよくやっかまれるのだ。本当にやめてほしい。


 次に美瑛は私とにらめっこするのが好きだ。なんでも

天音あまねの目って綺麗で、覗き込むと私の顔がよく見えるんだよね」

 とか

「私の顔が一番よく見えるの、天音の目なんだよね」

 とかだそうだ。ただ見つめてくればいいだけなのに、わざわざにらめっこにする理由は分からない。ただ、にらめっこするたびに、美瑛に憧れる乙女たちの視線が痛い。ちなみに天音は私の名である。


 そして3つ目は

「あ、そうだ、天音。にらめっこ、しよう」

「……ええ、いいわよ。やりましょうか」

 この申し出をしぶしぶ快諾できる程度には、私も美瑛に憧れを抱いている、ということ。


 美瑛の顔をまじまじと見つめる。今回で何度目かも分からない、このにらめっこはいつも時間がかかるし、両者真顔から一切顔を変えない。掛け声もない。美瑛がにらめっこする目的が私の瞳(に写った自分)を見るためで、私も美瑛の顔が好きとくれば、それも当然のことなのかもしれない。


 こういうときは、私は私の美瑛に対する感情は同性愛なのだろうかと自問する。私は確かに美瑛のことが好きだけど、別に美瑛と恋人になろうとかは思わない。将来的には結婚して子どももほしいとは思うけど、その相手が美瑛じゃないとダメとも思わない。


 でも私は美瑛のことが好きで、その感情は他の友人たちに感じる『好き』とは一線を画すと思っている。美瑛と一緒にいることで周囲から発せられる視線ややっかみを快く思う部分もある。これは美瑛を独占できるという優越感だろうし、きっと美瑛に恋人が出来たら寂しさと嫉妬と劣等感を覚えるだろう。これは『親友』だろうか。私たちが異性であれば、この感情を恋愛感情と名付けるに値しただろうか。


 仮に、これが恋愛感情だとしたら、私が美瑛と恋人になりたいとしたら、恋のライバルはきっと美瑛だろう。私はどうやっても、私の瞳に写る彼女には勝てない。そんな確信めいた気持ちがある。


 というか、現在進行形で、美瑛に見とれつつも、美瑛はあくまで私の瞳に写る美瑛を見ている、つまり美瑛は私を見ていないだろうことに、敗北感とか劣等感とか悔しさが混じった複雑な感情が私の中に渦巻いている。


 まとめると、このにらめっこという行為で生じる感情は、美瑛が私だけを見ているという優越感や満たされる独占欲みたいなものを感じつつ、その実美瑛は本当のところ私を見ていないという悔しさなどを感じるという矛盾した、よく分からないことになっている。


 そう。よく分からないのだ。結局、自分の感情に名前を付けることなんてできなくて、もしかするとこういうことなのかな、と推察を重ねるだけ。こうして考えはするけれど、よく分からないまま、よく分からないという結論に落ち着いて、そうしてまたにらめっこするたびに考える。


 そもそも誰かの言う『好き』とか『親友』とか『恋愛感情』が、私の『好き』とかと一緒であるかどうかも分からないのだ。だからもし名前を付けるにしたって、私が美瑛とにらめっこしているときに生じる感情としか言えないんだと思う。こうしてみると、私って結局、名付けられるのか名付けられないのかさえイマイチよく分かっていないんだろうな、という気がしてくる。実際そうなのかもしれない。何も分かっていないのだろう。ただ私は

「ふふっ」

「ん? 美瑛の負け?」

 美瑛が笑って思考が中断される。これもいつものこと。予定調和。にらめっこをするにあたって、私たちは特に表情も変えないし掛け声もしないが、笑うと負けというルールは普通と変わらない。ちなみに私の思うにらめっこの普通は「にらめっこしましょ、笑うと負けよ、あっぷっぷ」なんて掛け声とともに変顔して、笑ったほうが負けというもの。


 とにかく、美瑛と私はよくにらめっこするのだが、いつだって負けるのは美瑛だ。飽きるのだろうか、とぼんやり思っているけれど、今まで美瑛に笑う理由を訊いたことはない。


「じゃあアイスでも奢って」

「いいよ。じゃあ、コンビニ行こうか」


 勝ち負けのあるゲームには罰ゲームもしくは報酬がつきものだ。私はしょっちゅう美瑛に食べ物を奢らせている。


「暑い……」

「暑いねぇ」


 現在は7月。外に出ると中々に暑い。暑いのは苦手だが、きっとこの暑さの中で食べるアイスは美味しいだろう。コンビニまで十分程度。歩きながら美瑛に

「そういえば、にらめっこしてて、美瑛いつも負けるよね。そんなに私の顔が面白い?」


 言ってみて、私の顔が面白くて笑っている可能性に気づく。考え事をしているあまり、白目になっていたりはしないだろうか。


「んー? いやぁ、天音の顔が面白いから笑ってるわけじゃないよ。ただ、ぼーっとしてるなぁって。きっと私のことなんか眼中にないんじゃないかなってくらい」

「ふーん」


 それは違う。はず。考え事しているから注意力散漫になっているのは確かだと思うけれど、美瑛のことが眼中から外れたことは一切ない。むしろ、私は美瑛の瞳を見ていると吸い込まれていくような気がして、瞳しか見えなくなって、それで思考が捗るみたいなところはある。


「でも、にらめっこが終わると、戻ってくるでしょ?」

「あー、それは、まあ、そうね」


 確かに思考はそこで止まる。


「最初は私のことをちゃんと見てくれるけど、段々目が虚ろになって、にらめっこが終わるとまた私のこと見てくれるでしょ?」

「ん? んー、そうなのかな」

「なんかね、段々虚ろになってきたなって思うと、その後の展開を予想して、ふふってなるの」

「なるほど?」


 よく分からない。それは虚ろな目しているのが面白いって言っているわけではないことは分かる。


「というか、毎回負けて、私にたかられているのに、よくにらめっこする気になるよね」

「あー、それは前も言ったように」

「私の瞳に映る美瑛がいいんでしょ?」


 これは前にも聞いた。


「そうそう」

「それなら見てればいいのに、なんでわざわざにらめっこに」

「んー? それはまあ、天音の顔の変化を楽しんでいるからかな。ただ見てるだけだと、きっと天音はずっと虚ろだし、天音に私のこと見てもらわないと角度的にも、ね」

「そう」

「だから、天音には私のことをずーっと見ていてほしいの。ずっと見てるから」

「そう」


 少し体温が上がった気がした。燦々と照り付ける太陽か熱を反射するアスファルトのせいかもしれない。この後も淡々と2人で話しながら歩いて、アイスを買った。帰り道、歩きながら食べたアイスはとても美味しかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ライバルは、私の瞳に、映る君(字余り) 転E紬 @equlyu

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ