とりあえず幼馴染出しときゃええんや
美原ユヅキは、僕の子どもの頃からの友達だ。
付き合いは長いが、特別親密という程ではない。
家は隣じゃないし、こっちは保育園であっちは幼稚園通いだったし、精々が家の帰り道が偶然にも途中で二人きりになる程度。それもなかなかあることではないかもしれないが、まぁ、数人いたらまずユヅキの顔を見て挨拶する程度には距離感が近いつもりだ。
そのユヅキと将来結婚すると言われたときは驚いたが、結婚相手に理想を求めている訳でもないのでそう悪い気はしなかったかもしれない。ユヅキは学校一の、という程ではないにしろ可愛いと思う。性格も軽い冗談を口にしたりするなど快活で接しやすいところがあり、密かに彼女を狙っている男がいるとかいないとかだ。
で、そのユヅキと我が家の押しかけポンコツアンドロイドのみーにゃなのだが。
「ミーニャちゃんも大変よねー、よりにもよってゴローの住んでるアパートで二人きりでしょ? どうなの? あいつベッドの下に何か隠してたぁ?」
「いえいえ、ベッドの下には行方不明になっていた靴下の片割れと子供の頃の変形ロボットのおもちゃくらいしかありませんでしたよ?」
「え、ロボットってもしかしてナガト六式? わー、まだ持ってたんだ……」
「おや、何か謂れがおありで?」
「クリスマスにね。パパが枕元に置いてたんだけど、わたしその頃、ハトーグラップ・ドレキュレっていうアニメの変身用まものころしザンバーが欲しかったの。で、ショックで家出した先で……」
(めっちゃ仲ええやないかぁーい!)
昔のちょっと恥ずかしい話や個人情報がポロポロ漏洩しているが、この上なく円滑で良好な人間関係を築いている事に、僕はどこか釈然としない思いを抱いていた。てっきり対抗心メラメラとかユヅキに婉曲な嫌がらせしたりしないか不安に思っていたのに、普通過ぎて肩透かしを食らった気分である。
しかしながら、平和なのは良いことだ。みーにゃの予想の斜め上を行く奇行に四六時中神経をすり減らされないのなら、むしろほっとする。
ちなみにユヅキの話の続きは、偶然にも同じパターンで欲しくもないまものころしザンバーを贈られた俺とプレゼント交換を行ったというオチで締めくくられる。偶然ってスゴイね。
「とゆーわけで、ゴローがいい年こいて未練がましく持ってるそのロボットは元々あたしの物だったわけ!」
「わー、凄い偶然! いっそ運命的な物を感じちゃいますね!」
「いやいや、ナイナイ。そもそも名前がゴローな時点でない。名前のセンスが古い」
「おいコラぁ!! それ僕じゃなくて僕の親の悪口ィ!!」
この件はお約束的なものなのでサラっと流して終わるのだが、ここでみーにゃが突如として噛みついた。
「待ってください、今の発言……」
唐突なマジトーンに戸惑うユヅキと僕。
もしや、今の発言にマジレスを始めて『親の悪口を言うなんていくら親しい中でも絶対にやってはいけません!』とお説教してギスっとしたものを人間関係に残す気だろうか。
「――実はマスターをからかっているのは、自分自身も交換したおもちゃを大切に取っているという事実から目を逸らす為の言葉なのでは!?」
「そっちかよ!?」
「な、なに言ってるのよ! あんな昔のおもちゃ、とっくに捨てて……」
「えー本当ですかぁ……? 今日の放課後、ユヅキちゃんのお宅に入ってお掃除しちゃおっかなー?」
「ナイ! ナイよ、絶対ナイから!!」
慌てるユヅキ。どうやらまだ捨ててないと見える。
彼女は人をからかう癖に、こういう時に割と分かりやすい。最近口ばかり達者になってちょっと絡みづらくなってきたと思っていたこちらとしては、意外に可愛げが残ってたんだなぁと少しにやけてしまう。
そして何故か「計画通り」という顔をするみーにゃ。
お前は僕とユヅキの関係を引き裂きたいんじゃなかったのか。可愛げを引き出してどうする。
(いやまぁ、別に悪いことしてないからケチ付けることじゃないけどね)
「宜しければみーにゃのお掃除家事洗濯料理その他諸々のスキルをご提供しましょうか? お風呂でのお付き合いにオイルマッサージも出来ますよ。みーにゃのテクは……ふふふ、一度味わうとやめられないと評判なのです!」
「やだミーニャちゃん、ちょっと言い方がヤらしい~。そういうこと言ってるとゴローが変な勘違い起こしちゃうぞー?」
「大丈夫ですよユヅキさん。だってみーにゃは……ユヅキさんのような健康的な女の子にしかマッサージしませんから」
「えっ」
突如として色っぽい声を出しながらそっとユヅキの背に手を回し、抱きかかえるようにその顔を近づけるみーにゃ。その表情は真剣と書いてマジであり、女の癖に女を落としにかかっている。
(まっ、まさかコイツ!! 僕より先にユヅキを落として未来を変えようというのか!? ――女性型アンドロイドなのに!?)
予想の斜め下の発想に戦慄した。余りにも頭が悪すぎないか。
案の定、ユヅキは戸惑いつつも至極真面目にみーにゃを手で優しく遠ざける。
「あの、ミーニャちゃん。それどこの少女漫画知識で身につけた知識なの? 駄目よ、そういうの真に受けて変なことしちゃ」
「ガーン!! みーにゃ渾身の口説き落としが全く効果なしっ!!」
「そりゃそーだろ! からかってるようにしか見えんわっ!!」
「うわーんますたぁぁぁ~~~!! 慰めてくださいますたぁぁぁ~~~~!!」
「うわっ、寄るな鬱陶しい!! 何でそのやり方で勝算あると思ってんだこの馬鹿!! ああっ、組み付くなイダダダダダ折れる折れる手が折れるッ!?」
「……なんか二人、いつの間にか距離近くなったね」
「言ってないで引っぺがすの手伝イダダダダダ!! 抱くな抱くな肋骨折れる!! ゴリラかお前っ!?」
結局、洒落にならない馬力のじゃれ合いも数分で落ち着き、その後は何事もなかった。こいつは対人関係については唯のポンコツなのかもしれない。割かし深刻なダメージを受けかけた手をプラプラさせつつ、警戒していた自分を馬鹿馬鹿しく思う。無駄に気を張ったあの時間返せ。
「……とでも思ってるんじゃないですか、マスター?」
「え、違うの?」
ユヅキ離脱後に唐突にポンコツが突飛な事を言い出した。
「マスターだって昔は今みたいな感じでユヅキさんと近い距離感だったりふざけて組み付いたりという時期があった筈です。成長するにつれて恥ずかしくなり互いにしなくなったのでしょう。しかーし!! みーにゃに羞恥心や慎みの精神はあってないようなもの!! これからも一切気にすることなくマスターにベタベタできます!!」
「やめろ。普通にやめろ。僕にも世間体があるから。あとまむめーにゃにもいい加減ベタベタするの控えるよう言ってくれ」
あの幼女三人衆、割と隙あらば近くに寄ってきてベタベタしてくるので勉強や趣味に集中できずに困りがちなのだ。それも、本格的に邪魔にならないギリギリの範囲と時間で。この嫌らしさ、諸兄等には分かるまい。まさに小悪魔よ。
「クーックックック! 今頃ユヅキさんは自分も本当はあんな感じでマスターに近づきたいのに理性と意地が邪魔して近づけない的なジレンマに苛まれてもやもやしている筈!!」
「何を目的にその状態に追いやってるのかロジックが謎過ぎるし、それこそ少女漫画の読み過ぎじゃね? いや、読んでるのか知らんけど」
「この両眼に搭載された透過装置は本を包むビニルを破かずに中の情報を瞬時に読み取ることが可能なので、手に取って読まずとも中身は頭に入っていますよ?」
「本屋さん大迷惑機能やめいッ!!」
「えー、でも漫画のデータを著作者に無断でコピーしてインターネットに上げまくっている方々や立ち読みで何時間も時間を潰す方々に比べれば、平和的で誰にも迷惑かけてなくありません?」
「ぼかぁそういう金掛けずに漫画読もうっていう考えはあんまり好きじゃないな!!」
「では未来から持ち込んだ原子変換装置を用いて石ころをレアメタルに変換して売りさばき一財儲けましょう!!」
「オイそれ市場破壊する奴だろ!! いや何がどう市場を破壊するかぼかぁメカニズムは知らないが絶対経済に対してよくない影響ある奴だろッ!!」
「むぅ。じゃあバブル時代に日本が溜め込んだ宝石という設定の装飾品で手を打ちましょう!!」
「おーし分かった、この話はいっぺんまむめーにゃの三人に持ち込め!! その上で僕の所にまとまった話を持ってこい!! そしたら僕が没にするから!!」
「何ですかそのねじれ国会みたいな存在意義のないシステム!?」
こうして僕の活躍により、日本の経済は守られた。
守っておいてなんだけど、実はアンドロイドに政治やらせた方が世の中まだマシになる気がしてきて悲しい。未来の日本はねじれ国会を解消できたんだろうか。
――しかしこの時、僕たちはまだ気づいていなかった。
――未来から来たのは、みーにゃだけではなかったことに!
「なんかゴローとミーニャちゃんいい感じだったなぁ……付き合ってるのかなぁ。先越された屈辱感が……ええい、こんな日は気分を紛らわすためにクロエを愛でるぞぉ!! ただいま、クロエ!」
「……当該機は対アリオート人型殲滅兵器、アンゼイル96ヱ型である。クロエという個体名はない」
「そんなこと言うクロエにはお土産に買ってきたいちごチョコあげません!」
「!! ……ペットネームとしてクロエを登録。これより当該機はクロエである」
(わかりやすっ!! でもそこが可愛い!!)
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