体育祭当日 14:15

「お、片付いてますね。流石です」

「ライヤ先生も外側のお掃除お疲れ様です」

「馬鹿な……」


アンネ先生が会場内に侵入した男たちを蹂躙している間にライヤは外側の対処を終わらせていた。

というのも、ライヤが人目につかないところから潰しているうちに通常の警備部隊が動いていたのだ。

おかげでライヤがあまり動くこともなく外の掃除が完了した。

アンネ先生1人で手を焼いているどころか、何もさせてもらえなかった男たちからすればそこに援軍なんて悪夢でしかない。

それも半端な援軍なら人質にするなりして突破口になることもあるが、教師ならそれもあり得ない。

そもそもそれを画策したところでアンネ先生に通用するはずはないのだが。


「外の奴らはどうした!」

「どうしたも何も。殺してはないですけど。まぁ、然るべき処置をとったって感じですかね」


あくまで冷静に、淡々と相手をするライヤ。

それが彼らのただでさえなかった余裕を完全になくした。


「があぁぁ!!」


アンネ先生によって熱されて持てないほどであった剣を手に取り、手を火傷しながらもライヤの方へ投げる。


「ほい」


ライヤにしてみれば十分に避けることのできる範囲であったが、あえてそれはしない。

水魔法だけでも勢いを止められそうではあったが、男の反応と手の平から恐らくアンネ先生の魔法によって熱されていると予想。

その熱がどの程度なのかは予想がつかないため、水魔法と土魔法の合成魔法を選択。

泥を生み出し、剣を絡めとる。


「……ははっ」


一般的に難しいとされる二属性以上の合成魔法。

それを咄嗟に無詠唱で行ったライヤも自分たちの手に負える相手ではないと察し、笑うしかない男たち。


「お、クンだっけか」

「ひゃ、ひゃい……」


普段は強気で大人に対してさえ自分を大きく見せようとするFクラスのクンも自分の親とその仲間たちがいいようにあしらわれているのを見て心が折れていた。


「俺はともかく、そこのアンネ先生はおっかないぞ」

「ライヤ先生?」

「話すことがあるなら早めに話しておくことを勧める」

「後でお話があります」


アンネ先生の圧もどこ吹く風でそんなことを言うライヤに、クンは項垂れる。


「……元はと言えば、貴族が悪いんだ」

「ほう」


ぽつぽつと話し出したクンに耳を傾ける。


「俺たちは王都に住んでるわけじゃなくて、城壁の外側に住んでる。野菜を作って生きてるんだ」


王都の中は基本的に貴族と一部の平民の居住スペースと商業スペースによって構成されている。

一次産業を担う人たちは城壁の外で生活していることが多い。


「前の貴族は良かったんだ。俺たちを守ってくれた。だけど、今は違う! 今の貴族に代替わりしてからすべてが変わったんだ!」


城壁の外は魔物も現れるので基本的には王都内よりも危険だ。

しかし、そこにしか土地がないのも確かだ。

したがって、各貴族に自らが守る土地のようなものが割り当てられ、そこから税をとることによって村を守る衛兵などの給料とすることになっている。


ここでは敢えて領主と表現するが、前領主はいい人だったらしい。

しかし代替わり、息子になってからそれが変わったようだ。

まぁ、よくある話ではある。


「今までは2割だった税が5割にまで引き上げられた。そのくせ衛兵が派遣されてくるのは3日に1回で他の日に魔物に襲われても助けてくれない」


それは確かにおかしいだろう。


「だから、俺たちは……!」

「ウィルの誘拐を企んだって?」

「ひっ……!」


先ほどまでおっとりとしていたライヤから出た圧にクンは怯え、折角立ち上がっていたのにまた倒れ込む。


「話の流れから察するに、その貴族に言ってもどうにもならないから王様に直談判してやろう。だが平民から王様に関われることなんてまずないからウィルを人質にとればひとまず話くらいはできるだろうってか?」


そう言って床に転がっている大人たちを見下ろす。


「馬鹿が。お前らのしていることはその貴族がクンを人質にとって『息子が惜しければお前らで何とかしろ』って言ってるのと同じだぞ」


ハッとする大人たちに更に辟易とするライヤ。


「……ある偉人の話をしよう。ある国で多くの鉱石がとれる山があったんだ。国は大手を振ってそこの採掘に取り組んだが、採掘によって毒のようなものが川に流れ、そこ近辺の人は住めなくなってしまったんだ。お前らと似たような感じだな?」


日本と、この王国との比較なので多少かみ合わないのは仕方がないが。


「そこである男が立ち上がったんだ。どうしたと思う?」


男たちに問いかけるが、返事が返ってくるはずもない。

それが思いつかなかったからこうなっているのだから。


「その男は手紙をしたため、王様が通る馬車に飛び出して『どうかこれを読んでくれ!』と主張したんだ」

「だが、その男は……」

「死んだと思ったか? 彼は死んでいない。逮捕はされたが、その日に釈放されている」


言うまでもない。

足尾銅山の田中正造である。


「そしてその陳情の内容は新聞によって全国へと知れ渡った。これの利点が何かわかるか?」


「お前らみたいに周りを巻き込んでいないことだ。彼はその陳情の前に妻に離縁状すら送っている。自分だけが背負う覚悟があったんだ。それがお前らにあるか!?」


「お前らが苦しかったのに同情するし、現状を変えようとしたのも支持する。だが、方法を間違えた。それも決定的にな。処罰を受けてもらう」


項垂れる男たちをてきぱきと拘束していくライヤ。


「親父!」

「クン、すまなかった。先生、クンだけはどうか……」

「知らん。子供であろうと、間違いは間違いだ。だが、裁定を下すのは俺じゃないからな。精々王族が許してくれるのを祈れ」


そう言い残し、ライヤは男たちを連行していった。

そしてその場にはアンネ先生と泣きじゃくるクンが残された。

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