噂の波紋

「さて、今週末に体育祭が迫っているわけだが。首尾はどうだ?」

「それなりに上手くできていると思います。先生にも私たちが勝っている姿をお見せできるのではと」

「それは良かった。だが、今日からは団体競技だけでなく個人競技も練習していく。それにあたって、通常の授業はお休みだ」


体育祭というだけあって体を動かす。

丸一日とまでは言わないが、普段に比べたらずっと長い時間運動する生徒たちへの配慮として通常の時間割よりも早く帰宅できるし、学業も止められる。

それだけ大きな行事だ。


「残念ながら、俺が結果を知るのは全ての競技が終わった後になりそうだけどな」

「!? なぜです? 各先生はそれぞれ他のクラスの競技の審判をするはずでは……?」

「会場の外回りの警備を引き受けることになった。いくらなんでも会場の外を警戒しながら協議の様子を見守るなんてことは出来ないからな。精々観客の歓声で状況を想像することくらいしかできないだろ」

「……先生、……見守っててくれないの……?」

「今から泣いててどうすんだよシャロン。大丈夫だ。お前たちなら自分たちでやれると信じているから、俺は安心して会場警備に専念できるんだ」


心細さに涙ぐむシャロンの頭を撫でながら男子生徒を見やる。


「男子諸君、先生がいなければ女の子が泣いてしまう状況でいいのか?」

「どうしろって言うんですか」

「簡単だ、ゲイル。お前たちが守ってやればいい」


ちょっと、時代錯誤かもしれないが。


「魔法に男女の優劣はない。身体能力に関しても今は全くと言っていいほど差異はないだろう。それでも、男は女を守ってなんぼだ。違うか?」


「まぁ、今からそんな気張る必要はない。作戦上、囮になったりする人もいるだろうが、とにかく自分のやるべきことをやるんだ。で、今は個人種目の練習だ」


足の速さに差がない今はスタートがおおまかな順位を決める。

みっちり鍛えてやろう。





「先生」

「ん? ちょっと熱が入りすぎたのは謝るって」


その日の放課後。

みっちりとスタートの練習をして流石に生徒たちからもきついと声が上がって反省していた職員室。

ウィルとティムにエウレア、そしてシャロンが一緒に訪ねてきた。


「いえ、それとは別件です」

「お、珍しいな。この頃はFクラスとの作戦会議で放課後は使ってたのに」

「作戦会議もそろそろ煮詰まっていましたから。方針も詳細もほぼ決まりましたし。それで、お話しなのですが」

「うん、なんだ?」

のことですが」

「噂……」


ぎくりとするライヤ。


「ライヤ先生がアンお姉さまとフィオナ様を同時に娶るという……」

「ちょっと待て」


アンはいい。

レストランでの行動とか、アンは噂にしようとしている節があったからな。

そりゃ生徒たちの耳に入ることもあるだろう。

だが、フィオナに関しては俺の部屋で行われたやり取りしかなかったはずだ。

噂になんてなりようがない。


そこでフィオナのホンワカした笑顔が浮かんでくる。


「外堀から埋めていかなきゃねー」


そんなことを言いながら噂になるように情報操作している姿が想像できる。

質が悪いのはアンと自分を同列になるように噂にしているという点だろう。

身分からして正妻自体はアンに譲ってしまうがライヤのことを好きなのは譲らないぞという意思を感じてライヤは苦笑する。

ってか暗部の力を発揮して情報操作してるんだろうが、それは暗部としてはありなのか?


「それで、先生。真偽のほどは?」

「今のところはその予定はないと言っておこう」


フィオナに関しては本当に何も決まっていないし、アンも付き合ってはいるし大事にしたいとも思っているが、結婚に関しては正直考えられない。


「……そうなんだぁ……」

「わざわざそんなこと聞きに来たのか? 物好きだな」

「自分の担任の先生が結婚するかもってなって気にならない方がおかしいですよ。女の子はそういう話題が好きなものなんですよ?」

「ま、確かにな」


自分が生徒だったとして担任の先生が結婚するとなれば気になるのは確かだ。

こうやって直接聞きに来ることはないだろうがそこは確かに男女の差と言えるか。


「とりあえず、予定はないということで安心しました」


安心?


「では、失礼しますね」


優雅に一礼して去るウィルとそれについていく2人。

そしてペコペコと礼をしてパタパタ帰っていくシャロン。


「ほんとにそれだけかよ……」


この頃生徒が質問してくれなくて少し、さみしい。





「アン王女! 噂になっていますぞ!」

「ライヤとの事でしょう? 噂でしかないのですから放っておけばいいでしょう」

「そうはいきません! レストランでわざと人目につくようにしたのはあなたでしょう!」


その頃、公務をこなしていたアンは口うるさい貴族たちに苦言を呈されていた。

アンはと言えば、それを聞いて内心しめしめとほくそ笑んでいるのでノーダメージである。


「王国の第一王女と平民が恋仲であるなど我が国の沽券に係わりますぞ!」

「何がどのように問題なのか教えていただけますか?」

「身分の違いが……!」

「それ以外です」

「は?」

「身分の違い以外に王国の沽券に係わるというほどの障害があるのですかと聞いているのです」


黙り込む貴族たち。

明確に身分違いの恋愛を禁止するような法律などない。

それこそ王族でなく貴族であれば間々あることではある。

大抵妾としての立場だが存在するのは間違いない。


「他に何も言う事がなければ下がりなさい。公務の邪魔です」


苦々しい顔をして部屋をあとにする貴族たちを最後まで見送ることもなく書類に目を落とす。


「これでライヤに手を出して返り討ちにあえば簡単なのになぁ……」


腹黒いものである。

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