もう一人のアプローチ
「まず、落ち着きましょう」
「私は大丈夫よ。どちらかと言えば、ライヤじゃない?」
確かにフィオナは普段では考えられない程落ち着いている。
落ち着こうという言葉を自分に言い聞かせるように言っている時点で相当に動揺している。
「結婚?」
「えぇ」
「俺と?」
「私が」
うーん。
「なぜそんな話に?」
「なぜもなにも、前から言っていたでしょう? まさか信じてくれていなかったなんて……」
「いや、ほんと、すみませんでした」
「まぁ、本気に取られないような言い方をしていたのも私だけどね」
フィオナの態度はいつもより硬い。
学生時代のフィオナと今のフィオナの中間くらいだろうか。
敬語こそ使っていないが、どこか他人行儀である。
「なぜわざわざ……?」
「え? だって、王女が好意を向けている相手を横取りするようなことしたらどうなるかわかったものじゃないでしょう? 私はただでさえ立場が不安定だから」
貴族ではあるが実家の後ろ盾のないフィオナには当然の判断だった。
アンがその程度を許容できないとは思わないが、それをだしにしてフィオナを貶めようとする輩はいるだろう。
間違いなく、下世話な方向で。
「アンさんとライヤは正式に付き合うことになったのでしょう?」
「やっぱり噂になってます?」
「そうね、貴族たちの会話の8割方はそれについてじゃないかしら」
噂などというレベルではない。
「正式にアンさんがアクションを起こした後でなら私が何をしようと問題ないわ」
「いや、あるでしょう。より質が悪いのでは?」
「いいえ? よく考えて。英雄色を好むって言うでしょう? あれは当然なのよ。女性だって選ぶ権利があって、その人にとって有望な相手が被らないわけがないの」
「つまり?」
「一夫多妻は前提なのよ」
大真面目に言っているフィオナに二の句が継げないライヤ。
ハーレムを羨ましいと思って事はあれど、本当に現実になると話は別だ。
そもそも恋愛経験がないライヤがやっとのことで彼女が出来たのだ。
そんなことに考えは及ばない。
「そんなこと言ったら国王が一夫多妻じゃないのはおかしいでしょう」
「それは現国王が特殊なだけよ。以前の国王はいずれも一夫多妻ね」
「それは国王だからであって……」
「大臣や、将軍たちも同じよ? そして、ライヤは彼らに並ぶような功績を持っているわ」
唖然とするライヤにフィオナはしびれを切らす。
「もう! 私が言いたいのは、こんなことじゃないのに! ライヤ!」
「はいっ」
「私は、あなたが好きなの。そうじゃなかったら家を飛び出してきてないし、ここの寮長もやっていないわ!」
ストレートな好意。
何よりも雄弁に想いを伝える言葉。
「さっきまでのはライヤが一夫多妻でも問題ない理由を挙げただけ。実際は、私があなたに貰って欲しいの」
「そんなこと言われても……」
考えがまとまらない。
そもそも両想いであったアンからの告白でさえあれほどのヘタレっぷりを見せつけたライヤである。
上手く対応するなどできるはずもない。
「すぐに答えを頂戴なんてことは言わないわ」
「ほっ……」
「なんて言うと思った?」
「!?」
ウエディングドレス(?)の大きく開いた胸元を強調しながらにじり寄るフィオナ。
「今すぐ、既成事実を作るわよ」
「既成事実……?」
「セッ〇スよ」
「一度目はぼかしたのに!」
じりじりと壁に追いやられるライヤ。
「どう? 花嫁衣装でっていうのも乙じゃないかしら」
「そこに風情なんてないですよね!?」
「いいのよ。いずれなるわ」
「時間が解決するものでもないですけどね!?」
中身はフィオナだ。
良かった。
「誰に命令されているとかでも?」
「もちろんないわ」
女の子に好意を向けられるというのは普通に嬉しい。
それがフィオナほどの美人ともなればなおさらだ。
知らない仲でもないし、いい人だとも思う。
だが、それだけで決まる話じゃない。
「先輩、気持ちは嬉しいですし、拒絶する意思もありません。ですが、今は冷静な判断が出来ません」
「出来ないうちに既成事実作ってしまおうかと思ってるのだけど?」
「強引に迫られたら、俺は先輩のことを嫌いになるかもしれませんね」
ぴたりとにじり寄る動きを止めるフィオナ。
こういう素直なところがかわいい。
「世間一般がどうあれ、俺はアンの意思を尊重したい。アンが否定的で、俺が肯定的であればせめてアンを納得させてからにしたい。これは俺のけじめです」
少なくとも、最優先されるのはアンの意思だ。
それをないがしろにしたまま話を進めることは出来ない。
「……わかったわ。じゃあ、はい」
「!!?」
ライヤの両手を掴んだかと思うと、そのまま自らの胸に押し当てるフィオナ。
お、おぱっ……!
「んっ……!」
悩ましい声を上げるフィオナに理性が飛びかけるが、そこでフィオナが手を放す。
悲しくなったライヤを責めることはできないだろう。
「続きは、ちゃんと認められたらだねー?」
普段の口調に戻ったフィオナは、未来のことを見通しているかのようであった。
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