体育祭前日

「……?」


体育祭の前日、会場周りを見回っていたライヤはどこか違和感を覚える。

具体的にどこがおかしいというのはわからないが、何かひっかかるものがあるのは確かだ。

毎年警備をしていたのなら例年との違いで違和感の正体を突き止めることが出来たのだろうが、去年まで生徒として参加する側だったライヤにそんな芸当は出来ない。


「ライヤ先生、学園長がお呼びです」

「学園長が?」


学園事務をしてくれている職員がライヤのもとを訪れる。

学園長から直々に呼ばれるなんてよほどのことだ。

会場の下見もあくまで下見なのでそれほど優先すべきことではない。


「ありがとうございます。すぐに向かいます」


怒られるようなことはしてないはずだが……。





「あれがライヤ・カサンか」


ライヤが感じた違和感。

それは道行く人の中に自分を見つめる者が数人いるというものだった。

彼らはF級の親たちであり、体育祭での騒動を目論んでいる者たちである。


「確かに、若いな。なぜ彼が今日ここにいたのかは気になるが……」


先に要注意人物の姿を確認できたのはプラス要素だろうと落とし込む。


「作戦をつめるとしよう。行くぞ」





コンコン。


「ライヤ・カサンです」

「入りなさい」

「失礼します」


学園長室に入ると同時、不機嫌な視線の下にさらされる。


「我ら貴族を待たせるとは、どういう了見かね」

「……アポイントも無しにいきなり会いに来られてもこちらにも業務がございますので。それとも、自分たちの突然の来訪は学園の業務よりも優先されるものだと?」


ライヤの返答にさらに眉間のしわを濃くする貴族たち。


「いきなり来てもらって悪かったわね」

「いえ、こちらも一段落したところでしたから。しかし、私がここに呼ばれた理由がいまいちわかっていないのですが」

「それは我々から説明しよう」


貴族たちの中でリーダー格と思われる男が立ち上がる。


「ヘミング侯爵である」

「はぁ」


貴族に対する礼節をとらないライヤに露骨に不満を示すヘミング侯爵だが、地の利はライヤにある。

学園は身分による上下関係を認めていない。

大人同士であればよほどの失礼に当たらない限り咎められることはない。


「単刀直入に言おう。ライヤ殿の口からアン王女との関係を否定していただきたいのだ。できれば文書などに残して頂けるとありがたい」

「は?」


予想外の要請に思わず聞き返すライヤ。


「わざわざそんなことをしろと?」

「しろ、などとは言っていない。あくまで協力の要請だ」

「参考までに理由をお聞きしても?」

「……アン王女は王国の第一王女であられる」


それで? と無言で続きを促すライヤにヘミング侯爵は続ける。


「当然、王女への婚姻の申し込みは数えられない程である。我が国に限らず、他国からもだ。そんな王女の婚姻には価値もつけられないほどの価値があるだろう」


「今までは学生の身分であるからと申し込みを断っていたのだが、王女を成人された。これからは他国との会談の場に出る機会も多くなっていくだろう」


「そんな中、王女に恋仲の者がいる。そしてその相手が貴族でもない平民であるとなれば王女の箔に傷がつくとは思わんかね」

「それで、私に噂を否定しろと」

「何度も言っているが、これは協力を要請しているだけである」


あくまでライヤが自分から噂を否定したという事にしたいらしい。

文書にまで残そうとするという事はこれから先ライヤがあれは言わされました、という抗議をした時のことも見越しているのだろう。


「お断りします」

「ほう」


迷いもせずに断ったライヤを見やる。

その目は下賤なものを見るようなものだった。


「そもそも、王女の箔を気にするのであればアン王女から否定の声明を出して頂けばいいのでは? わざわざ相手は私だったんですよということを公表する意味がないでしょう。むしろ噂を呼ぶだけです。それを差し引いても私の口から言ったという事実が大事だと判断されたのでしょうが」


「代表が侯爵というのも気になりますね。国のためを思って議会などで決議されたことであれば王女の信用問題に関わることです。大公・公爵の方々が動かないのは不自然だと言えます。大方、議会を通していないのでは?」


協力の要請だと散々強調していたのは命令だと偽ることが出来ないからだろう。

ライヤ個人との話であれば平民であることを利用して後で覆すことも可能であっただろうがここには公爵と並べられるような権限を持つ学園長がいる。


「では、君は王女との関係を認めるのかね」

「アン王女とは学生のころから仲良くさせていただいてますがね。それほど王女の男性関係が気になるのであれば本人に聞いてみては?」


それが出来れば苦労していないのだ。

2人で公に認めることはないと決めた以上、アンがわざわざ言うはずはない。

レストランでの事も録音などの技術がないので証拠はない。

だからこそ、文書を用意しようとしていたのだろうが。


「わかった。今日はここで失礼するとしよう」

「次回からは予定をお伝えしていただければお待たせすることもないかと。いきなりお出でになられてもすぐに伺うという事は不可能なので」


最初にいちゃもんをつけてきた取り巻きの貴族が苦々しげな顔をする。


「……覚えておこう」





「ごめんなさいね。無下に扱うわけにもいかなくて……」

「いえ、大丈夫ですよ。慣れてますから」


飄々としたライヤの受け答えにふっと笑う学園長。

見た目は30くらいの艶やかな女性だが、本来の年齢は定かではない。

この色香に騙された男は数知れずと聞く。


「それより、明日は体育祭ね。期待してるわよ?」

「俺は何もしませんから」

「あら、自分のクラスの子たちが気にならないの?」


部屋をあとにしながら、ライヤは言う。


「俺に出来るのは応援することだけですよ」


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