戦争Ⅸ

和平の前日。

王国は今までの比ではない猛攻に晒されていた。


「右翼は捨てます! 中心を厚くして耐えてっ!」


自陣の中心でアンが叫び、部隊も動く。

将軍と呼ばれる面子中心に耐えているが、あくまで耐えでしかない。

対等な戦いには到底持ち込めていなかった。

この圧倒的な物量から察するに、危惧していた人員の一斉動員が行われているのだろう。


「王女に近づけるな!」


ここまで参戦を見送っていたライヤも今回ばかりは無視するわけにはいかなかった。

というのも、単純に物量で押し負けているのでアンにも届き得るような攻撃が来てしまっているのだ。

幸い、距離自体は離れているので飛んできた魔法の制御を奪って相手側に跳ね返すことが出来てるが、極限状態でどこまで続けられるかは疑問だった。


「王女の守りはあいつに任せろ! 我々はできるだけ近づけさせないことに集中するんだ!」


所謂、近衛たちは基本的にアンの近くを離れることはない。

しかし、ライヤがアンの前に立ち飛んでくる魔法を悉く敵陣に帰しているのを見て、自分たちのやるべきことを理解していた。

つまり、ライヤの負担を減らすことである。


「ライヤ! いつまでもつの!?」

「知るか! 限界までだろ!」


ライヤ本人はと言えば、アドレナリンでどうにかもっているような状態であった。


(無理もないわ。もう4時間もこんな状態だもの)


アンもいつライヤの魔力制御を相手の魔法が抜けてきてもおかしくないと気を張ってはいた。

しかし、ここまでそれが起こったことはない。


「ぐわああぁぁ!!」


ライヤの技量に思いを馳せた一瞬。

明らかに今までとは違った悲鳴が上がる。


「近衛! 気合いを入れろ!」

「「はっ!」」


帝国軍の恐らく精鋭部隊と思われる集団が王国軍の少しのほころびからアンに近づいていたのだ。

アンまで残り凡そ200メートル。

間にいるのはもはや近衛部隊だけであった。

近くの部隊を動かそうにも、それをしてしまえば戦線が崩壊する。


ガツンッ!


互いの精鋭部隊がぶつかる重い音が戦場に響く。


「がっ……!」


優位に立ったのは帝国側であった。

そもそも、籠城戦でもなければ攻める側の方が優位である。

今回に限って言えば、帝国側の勝利条件は誰か一人でも抜けてアンを殺害すること。

王国側はと言えば誰一人として通さず、遠距離攻撃手段も警戒してアンを守り通ること。

どちらが優位に立ちやすいかなんて考えるまでもない。


「アン! 下がれ!」

「で、でも、ここから下がったら……!」

「こっちの一番ダメなのはお前が死ぬことなんだよ! いいからっ!」

「な、ならライヤも……」

「……フィオナ先輩!」

「失礼します」


聞き分けの悪いアンをフィオナに任せ、ライヤは残った。

理解していたのだ。

自分がときおり各所で混ぜている攪乱用の魔法がなければ突破を許してしまう可能性が非常に高いことを。

ライヤも死にたがりというわけではないが、ここで自分が退けば結局死ぬ気がしていた。


「かかってこいやぁ!」


逆にライヤも打って出る。

拮抗している近衛と精鋭部隊の間に入り、氷魔法、雷魔法で動きを阻害していく。

氷魔法、雷魔法が制御が難しいのはその性質にある。

この2つの魔法は相手に作用した場合。行動が阻害される効果がある。

つまり凍結効果と麻痺効果である。


精鋭部隊だけあって帝国軍の彼らはSクラスか、それに準ずる魔力の大きさを持つ者たちで構成されていた。

ライヤからすれば、まともに向き合えば分が悪い相手ばかりである。

したがって、補助に回るのは当然であった。


「貴様か」

「!?」


するすると移動していたライヤの前に一人の男が立ち塞がる。


「殿下から聞いていた通り、小賢しい動きをしている者がいたな」

「……」


その男は、ある種いような圧を放っていた。

この戦場でなぜか聞こえる静かな声で話すことが出来る程度には余裕も持っていた。


「第2皇子殿下付き、騎士のランボルだ。お前には、ここで死んでもらう」





基本的に、戦場で一騎打ちなど起こるはずがない。

中世日本の武将の一騎打ちならともかく、戦場で周りの介入がない戦いなどほぼあり得ない。

流れ弾1つで戦況が大きく変わってしまう。

しかし、事ここに限って言えばそれが成立していた。

帝国は騎士を重んじている。

殿下付き騎士ともなればその戦いに横槍を入れるなんてことは無粋以外の何でもない。

比較的余裕のある帝国側は意図的に戦いに介入していなかった。

そして、余裕のない王国側はそもそもそんなことを気にすることは出来なかった。


「ふむ、すさまじい魔力制御だ。体さばきも素人のそれではないな。素晴らしい」

「……!」


必死で一言もしゃべる余裕のないライヤに対し、ランボルはあくまで余裕の姿勢を崩さなかった。

しかし、実際はそれほど余裕というわけでもなかった。


(おぉ、ここで氷魔法のフェイントから風魔法で足をとろうとしてくるか。これを受けてしまえばその後の水魔法による高圧カッターを避けられない。これは避けるしかないが、これを避ければここまで稼いだ剣による優位が失われる)


ライヤの方はと言えば、こねくり回している機転のその悉くを躱されるという絶望を味わっていた。


(騎士とか言うだけあって剣術はこれアンよりも上だな! かといって魔法の方に何か問題があるわけでもなく、この距離じゃ逸らすのでギリギリだ。こっちの魔法はクリティカルヒットしても致命傷になるわけじゃないのに読みに追い付かれてるし! 当てられもしない。つくづく才能ってのは理不尽にできてるよな!)


互角の戦いは既に20分にも及ぼうとしていた。

だが、単純に技量のみで勝負しているランボルに対して持ちうる手札を出し続けてどうにか拮抗させているライヤの限界は刻一刻と近づいていた。


「騎士殿!」

「む、もうか」

「……?」


肩で息をするライヤと距離をとり、二言三言味方と言葉を交わすランボル。


「どうやら時間切れらしい。またの機会に」


少しの時間の余裕で次の一手を考えていたライヤにランボルはそう言い残して驚くほどあっさりと退却していった。

それと同時に、明らかに優勢だった帝国軍が退却していく。

犠牲は多く出したが、何とか負けなかったという一点で王国側は耐えきったと言えた。


ガクン。


ランボルと精鋭部隊の退却を見届けたライヤは腰から落ちて気を失った。

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