戦争Ⅷ

翌朝、上空からアンが火炎によって敵軍を押し戻していくのを上空から眺める。

これでこちらには大将すらも前線に出す覚悟があり、その大将も簡単には打ち取られない駒だと伝えることが出来る。

俺みたいな作戦立案方にとって一番忌避すべきなのは自分の読みを外されることだ。

今回の最悪のパターンは相手がこっちのことをなめて一気に攻め込んできてアンの身が危うくなること。

これを回避できるのなら一度アンを前線に出すことなんて大したことじゃない。


こっちも返り討ちに出来るほどの戦力は揃っているのだろうが、決行されるというだけでリスクが伴う。

相手にはアンのことをできるだけ高く見積もってもらって本陣には行きにくいという印象を持ってもらわなきゃ困る。


「皆さんもよくやってくれてるみたいだし」


アンに集められたBクラス以下の魔力制御に秀でた人たち。

頭の回転も速く、戦場では重宝すること間違いない。

兵としてでなくとも運用方法に事欠かないだろう。

あれほどの人たちが全く無名というのは考えにくいけど……。


アンの魔法が敵軍を焼き払う、なんてことはない。

相手軍に到達する頃にはアンによる魔力制御も薄れ、十分対応できるものとなっている。

だが、こっちが風魔法で支援している分、本来受けるはずの威力よりもきつくなっているはずだ。

アンも努力はしているが、自らの保有魔力が多すぎるが故にそこそこの規模の魔法(それでもライヤの全力を超えるが)しか制御が出来ない。

今回は威力重視なので最大限の魔法をぶっ放しているはずであり、制御は甘い。

それでも相手陣に波状攻撃のような形で到達しているのはひとえに風魔法による支援の賜物だ。


「相手は怯んでいます! 私が来た以上、負けは許されません! 進めぇー!」


自国の王女、それも美少女が先陣きってるだけあってこっちの士気は非常に高い。

昨日からやり込められている相手軍とは対照的である。

その勢いそのままに山を下り、相手軍を押し込んでいく。


その過程ではもちろん、死者も出る。

倒れていく人が見え、それにとどめを刺すような動きもみられる。

だが、ここにきてライヤは逆に冷静になっていた。

自分が渦中に放り込まれればどうなるかはわからないが、少なくとも戦場を俯瞰して見れているうちは大丈夫だと認識したのだ。


「このままだったら頭でっかちの参謀になっちゃいそうだけどな」


アンから集められた作戦部隊との会話でも感じた、実戦経験の差というものはどうしようもない。

それこそ、自ら戦場に飛び込めば「経験」を得られるのであろうが、そんなことをする勇気なんてない。





ライヤとアンが到着してから1週間が経過した。

初日のライヤの作戦から2日目以降優勢を保っていたが、ここにきてまた戦況は膠着状態にあった。

所詮素人のこけおどしであり、局面を大きく動かすには至らなかったのだ。


「こうして見ると、向こうにもなかなか面倒なのがいそうだな」


上空から戦況を眺めていたライヤは呟く。

仕掛けられた戦争であるため多少は仕方ないのだが、自軍の動きは守りを基調とするものだった。

元々不利であったということを鑑みれば少し状況は好転しているとも言えるのだが、微々たる差ではある。

そして、その守りというのも山脈の奪い合いであるので流動的に、というのは難しい。

占拠している尾根の数がそのまま有利不利の指標となる。


だから、基本的には動けないはずなのだ。

山頂を守る必要があるのだから。

それがどういう理屈か知らないが流動的に軍が動いている。

どうも防衛班ですら交代制で賄っているようだ。

なんという人員の豊富さか。

こっちとは軍事に対する姿勢が違うのかもしれないが、拠点維持すら交代でやれるというのなら全員で攻勢に出られればかなりこちらが苦しくなるだろう。


そして、その交代の際にも隙が無い。

交代の時間もいくつかに分かれているし、その時間には他の場所で戦闘を起こしてそっちに行けないように配慮がされている。

ここまで綺麗に自分を管理できているのはよほど指揮官が優れているのか、強力なカリスマ性を持っているのか、そのどちらもか。

なんにせよ、厄介なことに変わりはない。





「やぁ、会いたかったよ」


今日も今日とて上空から様子を眺めていたライヤに話しかける人物がいた。


(やっべ!)


慌てて自軍方向に降りようとするが、目の前を風魔法が通過し、止まらざるを得ない。


「数日前から王国軍の動きが変わったよね。まるで俯瞰して戦況を把握しているみたいだった。あまりにも荒唐無稽だったけど、確かめに来て良かったよ」

「……まずは名乗ってもらってもいいか?」

「あぁ、これは失礼。僕はマリオット。察しの通り、帝国の第2皇子だ」


真っ赤な髪と瞳に褐色の肌。

鍛えられた肉体と自らを浮かすために使っている風魔法の魔力量。

どうやら、本物のようだ。


「ここはもう王国軍の陣地だと思うが、余裕だな?」

「逃げるくらいなら何とかなると思ってるよ。君も正面から戦えば面倒そうだけど、逃げるだけなら何とかなりそうだ」


ライヤの足元を見ながら言うマリオットの言葉は正しい。

膨大な魔力量で風魔法を行使し続けているマリオットと違い、ライヤは魔力制御で限界まで効率よくすることで浮いている。

他の魔法を用いるとなれば完璧な魔力制御は難しく、そう長くは戦っていられないだろう。

だから、ライヤはマリオットを攻撃できない。


そして、マリオットもまたライヤが曲者であることをその魔力制御の練度から理解していた。

戦えば多少は長引くことを覚悟しなければいけない。

加えて、敵軍の上空に位置しているのは紛れもない事実であるため下手に気づかれれば地上からの一斉砲火をくらうだろう。

よって、マリオットもライヤを攻撃できない。


絶妙な膠着関係が生まれていたのだった。



「それで、俺に会いに来た目的は?」

「ん? いやいや、何もないよ。ただの興味さ」


ニコニコしているマリオットだが、ライヤはその笑みを信用できないでいた。

なにより、戦争している相手軍の方まで興味で来る人間がまともなはずがない。


一層警戒を強めるライヤに飄々とした様子のマリオットは話しかける。


「君が来てからこっちの軍はかなりしんどくなっちゃったよ」

「そうか」

「どうかな。帝国に来れば王国よりも必ずいい待遇を約束するよ?」

「こっちでの俺の待遇を知らずに言うとは豪胆なことで」

「そりゃそうさ。優秀な人はいつでも欲しいよ。何より、この戦争に勝ちやすくなるというのは大きいね」


邪気のない笑みを浮かべるマリオット。

ここでライヤは察した。


こいつは損得勘定だけで動いており、そこに理屈以外は存在しない。

つまり、ここでライヤが帝国に寝返っても本当に好待遇である可能性は高い。


「悪いが、友達を死なせるわけにはいかないな」

「そうかぁ~。まぁ、そうだよね。うん、今回は諦めることにするよ」


じゃあ、またどこかでと言い残して去った敵軍の大将をライヤは脱力しながら見送った。


「二度と会いたくないな……」




その2日後、帝国から王国に和平の話が飛び込んだ。

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