自尊心

「先生! 早く早く!」

「はいはい、落ち着け」


 翌日、魔法実技の授業はアンネ先生によるものの予定だったのだが、子供たちが授業前に直談判し、飛行魔法の練習をすることとなった。


「今日はアンネ先生もいるから、2人で見ていくことにするぞ。2人ずつ順番に試していこうか。飛んでしまっても焦って降りようとするなよ? 焦って降りようとして制御ミスって地面に激突っているのが一番ヤバいからな。で、順番は……」


 ぐるりと見回す。


「シャロンは最後でいいよな?」

「はい……」


 昨日事故とはいえ飛んでるからな。

 本人曰く、ちょっと念じただけというか、魔法を発動する気はなかったようなのだが、他の人よりも風魔法に対して適性があるのかもな。


「よし、じゃあ順番にやっていこう」





 1巡したが、またもやシャロンが飛んでいき、他の生徒は飛べないという状態だった。


「くそ! あいつに出来て俺に出来ないだと……!」


 ゲイルがシャロンを睨みつける。

 ただでさえまた上空に放り出されたことによって泣きかけていたシャロンは折角我慢していたのにライヤに泣きついてしまう。


「おい、ゲイル。クラスメイトには優しくしろなんて言うつもりはないが、女の子には優しくしろよ」

「い、いや、そんなつもりは……」

「現に、怖がってるだろうが。ほら、謝れ」

「ご、ごめん、シャロン。脅かすようなつもりはなかったんだ……」


 意外にも素直に謝るゲイル。

 態度は基本的にえらそうだが、シャロンはそもそも同じ貴族だしな。

 俺相手とは違ってそれほど自分の方が偉いという意識はないんだろうな。


「……」


 しかし、そんな謝罪も及ばず、すんすんと鼻を鳴らし続けるシャロンは俺にしがみついたまま顔を上げない。


「もう謝ったからな!」


 その様子を見たゲイルは捨て台詞を吐いてどこかへ走っていった。

 いや、まだ授業中なんだが。

 しかし、追うにもシャロンがいるし……。


「私が行くわ。担任は皆の面倒を見てあげて」


 アンネ先生が代わりに追って行った。

 確か、アンって俺に喧嘩売ったゲイルがかなり嫌いじゃなかったか?


「シャロン、もう大丈夫だろ? じゃあみんなで何が悪かったのか考えてみようか」


 授業を進めながらも、果たしてゲイルは無事に帰ってくるのかどうかを本気で心配するのであった。





「あら、こんなところにいたのね」

「!」


 ゲイルを追っていたアンネ先生は、学園の植え込みの裏に隠れていたゲイルを易々と見つけていた。

 ゲイルからすれば、見つからないように注意を払って隠れたつもりだったのだ。

 追ってくるのはライヤだと思っていたから。

 まだどこかでライヤのことを自分よりは上であるにしろ、それほどではないという判断を下しているのだ。

 だから、アンネ先生が追い付いてきたときには流石Sクラスだという感想だった。


「こんなところに隠れてても教員なら誰でも見つけられるわよ?」

「ライヤ、先生でもか?」

「もちろんよ。何なら、こういうことに関しては誰よりもライヤが上手いと言っても過言ではないわ」


 アンはライヤのことを頭の回転なら王国随一だと評価していた。

 頭脳系のボードゲームでは勝てたためしはないし、たまに勝てる時は3戦勝負で次の勝利への布石だったりした。

 新しいボードゲームを持っていったりしても数戦すればすぐに互角か、それ以上にまで持っていかれるのだ。


「それで、なんで逃げたのかしら?」

「逃げてなんていない!」

「あら、あなたがどう思ってるかは知らないけれど、傍からは逃げたようにしか見えなかったわよ?」


 歯を食いしばってゲイルは答える。


「あれは、俺が謝ったのに、シャロンが……」

「仕方ないわよ。ゲイル、あなた普段から周りに高圧的な態度をとっているのでしょう?」

「そんなことは……!」

「ないの?」


 改めて聞かれ、言葉に詰まる。


「尊敬されたいっていう気持ちはわからないでもないわ。でも、そのやり方を間違ってるわね」

「何を……?」

「例えば、ウィルはどう? 偉そうな態度をとっているわけでもないでしょう? でも、尊敬されている」

「それは、あいつが王族だからで……!」

「本当にそう思うの?」


 アンは、ライヤ程優しくない。

 ゲイルの逃げ道を潰していく。


「なら、貴族であるあなたはさぞかし平民たちから尊敬されているのでしょうね?」


 ゲイルには思い当たる節があった。学園でクラスごとに分かれていると言っても、廊下で顔を合わせることくらいはある。

 そんな時、ウィルは恐る恐るではありながらも話しかけられ、それに応対していたりしたが、ゲイルには誰にも近づかなかった。

 避けられていたのである。


「今回のも、普段からシャロンに優しくしてあげていたら、あんなに怯えられることはなかったはずよ。謝ったのも、その瞬間は本当に謝っていたのでしょうけど、受け入れられなかったらこんな風に飛び出す。それじゃあ、自分のために謝ってるだけじゃない」


 ここまで言ったアンはゲイルの前に回り、しゃがんで同じ目線にする。


「もう一度、今度はちゃんと許してもらえるまで謝りましょう。私も隣にいてあげるから」


 俯いたままだったゲイルはアンネ先生の手を取って、頷いた。





「シャロン、ゲイルのことを許してやれるか?」

「先生……」

「ゲイルも、悪気があって怒鳴ったわけじゃない。それはわかってるよな?」


 コクンと頷くシャロン。


「あいつは、人一倍自尊心が強いが、同時に人一倍自分に厳しい。もちろん、それで普段の態度が正当化されるわけではないが、さっきの謝罪を受け入れなかったのはシャロンも悪いぞ?」


 本人にも自覚があるのか気まずそうだ。


「お前に謝れとは言わない。悪くないからな。だけどもし、次にゲイルが謝ってきたらちゃんと聞いてやってくれ」

「わかりました……」


 よし。

 先ほどから視界の端にチラチラしていたアンネ先生に合図を送る。


「シャロン。えっと、さっきは怒鳴って、睨みつけて、悪かった……」

「いいよ、許す……」


 どうやらゲイルの態度を見る限り、アンが説得してくれていたようだ。

 ちゃんと先生してるじゃん。


「せんせー、助けてー」


 そんなやり取りの横で、今度は魔法発動に成功したマロンが上空に飛んでいくのだった。


「ちょっとまて……!」

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