3-2.夢の中のニコイチ

 パパとママは、私が小学校に上がる前に離婚した。

 どうして? 愛し合って結婚したら、ずっと幸せに暮らせるんじゃなかったの? シンデレラも、白雪姫も、眠り姫も、みんなそうだった。

 授業参観はいつも私だけ、パパもママも来なかった。

 しょうがないよね、ママは忙しいから。パパは遠いところに行ったから。

 運動会はいつも私だけ、お昼は職員室で先生たちとご飯を食べた。

 しょうがないよね、ママは土日も仕事だから。

 給食のない日はいつも、自分で材料を買うところから作った。

 しょうがないよね、ママはお弁当を作る時間も惜しいから。

 三者面談も家庭訪問も、いつもママは「参加できないって言っておいて」とメモを残した。

 ……しょうがないよね。諦めるしか、ないよね。

 本当は出なきゃいけないものだけど、私に構ってるヒマはないって。

 ……本当は、テストで100点を取ったこととか、お友達と遊んだこととか、かわいいものを見つけたこととか、……声が低くなるとか、私の話を聞いてほしい、けど……

 それを全部聞いてくれるのがママに代わって、夢の中で会える友達だ。

『でも、どうしてなんだろう。ここがね……痛いのかな、ぽっかり、何も入ってないような気がするんだ』

 『誰か』さんなら知ってるかな。……私の頭の中にしかいないのなら、持ってる知識は私と同じかな。

『蘭ちゃんは、ママに話を聞いてほしいんだよね?』

『うん、そうだよ。だからいつも、ママに時間があったら、って思うんだけど……

 でも、何を話せば怒らないのか、わからないんだ』

『どうして怒るの?』

『たとえばね、かわいいワンピースを見つけた、って話したらね』

『ホント!? どんなの!? って気になるでしょ?』

『ううん。それはあなたの話だよ。

 ママだったらね、「まさか着ようとか思わないわよね? やめてよね、気持ち悪い」って、怒るの……』

『どうして!? 蘭ちゃん、嬉しいって気持ちをシェアしたかったのに! ママは嬉しくないの!?』

『そうみたい。それにね、髪の毛を伸ばそうとするとね』

『女の子だもん、オシャレしたいもんね!』

『……さっさと髪切りなさい、ってお金を置いてくの。

 この髪は男の子らしくない、って言うの……』


『……えっ? 蘭ちゃん、女の子じゃないの?』

『わからない……わからないよ、声は低くなるし、背も高くなるし、女の子にはないものもあるものもあって……』

『そーなの!? アタシには……

 蘭ちゃんは、女の子に見えるよ……?』

 きっと毎夜見てる夢の中では、なりたい自分の姿になっているのだろう。鏡を見たことがないから分からない。

 夢の世界には鏡がない。それはきっと、自分の姿を見たくないという思いのあらわれだろうか。自分の姿を見るたびに怖くなるんだ。

 最近、眠ろうとすると骨がきしんだ音がして、体中が痛くなる。高い声が出なくなった。だんだん、男の子らしい体つきになった。

 思っていた自分じゃなくなっていく。昔のほうがまだマシだった、女の子に間違われたほうが嬉しかった、だって……間違って、ないから……

『だから僕のこと、『蘭ちゃん』って呼んでたんだ』

 自分の声は低く聞こえるけど、『誰か』さんにとっては女の子の声に聞こえたのかな。

 この世界にいれば、つらいことも、悲しいことも、何も起きない。『誰か』さんは笑ってるし、私の話を楽しく聞いてくれるし、違和感も戸惑いも覚えない。

『ねえ、私ってどんな見た目をしてるの?』

『ふふっ、おかしな蘭ちゃん! そんなの、鏡を見ればいいんだよ』

『イメージすれば、出てくるんだよね……』

『うふふっ、鏡よ鏡っ! 世界でいっちばんかわいいのーは、だーれだっ!』

 『誰か』さんが冗談交じりにそんなことを叫ぶ。

 私たちの目の前に現れた、額縁が銀河のようにきらめく楕円形の大きな鏡。ちょっと怖いけど……おそるおそる、それをのぞいてみた。

 パープルからバイオレットのグラデーションがかかった、ふわふわしたミディアムロング。ぱっつんとまっすぐにそろった前髪。にこー、と歯を見せて笑っている。私はそんな表情をしていない。ということは『誰か』さんだ。

 でも、隣に不安げな表情でこちらをみている人も、まったく同じ髪型だ。違うところを挙げるとすれば、目つきだろうか。私は普段から垂れ目だ。

 ……私と『誰か』さんは、見た目までそっくりらしい。

『ねっ、双子みたいでしょっ!』

 現実はこんなに派手な髪型をしていない。夢だからかな。

 やっぱり、夢の世界は私の思い通りの世界を描ける。

『双子……私とあなたって、姉妹なの?』

『うんっ! 姉妹で、親友で、ニコイチで、運命共同体!』

『ニコイチ……!』

 そして、ありのままの自分を受け入れてくれる友達がいる。

『あなたを『誰か』さんと呼ぶのは失礼だよね、ちゃんと名前で呼ばなくちゃ』

『えーっ、でもアタシも『蘭ちゃん』だよ? あなたもアタシも蘭ちゃん!』

『そうなの? ……じゃあ、蘭ちゃん』

『なーに、蘭ちゃん?』

『……ふふっ、おかしいねっ!』

『あははははっ!』


 ……スマホのアラームが、起床時間を告げる。

 だるくて、お腹が空腹だけじゃない原因で妙に痛む朝。こんなの慣れっこだ。

 また、彼女の顔を思い出せない。それに、名前も聞いたことがあるような気がしたけど……なんだっけ。とても覚えやすかったはずなのに。

 ごめんね、『誰か』さん。『僕』はまた……この世界にいなきゃいけない。

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