3-1.川中蘭太のヒミツ
女の子は魔法少女モノ、男の子はヒーローモノ。
女の子はお花とかわいい動物、男の子は虫と強い動物。
それぞれそういったものを好きにならなくてはいけない、というルールは、誰が決めたのだろう。
そして……人の性別は『体』で決まってる、なんてことも……
自分の着る服がおかしいと気付いたのは、4歳の時。
自分のやりたいお遊戯会の役になれないと泣いたのは、5歳の時。
自分の欲しいランドセルの色がおかしいと言われたのは、6歳の時。
自分の名前と、自分の呼び方がおかしいと気付いたのは、7歳の時。
自分の遊びたい相手が他の子とは違うと気付いたのは、8歳の時。
自分の好きなアニメがおかしいと言われたのは、9歳の時。
自分の話したい話題が話せないと思ったのは、10歳の時。
自分の体の成長がおかしいと気付いたのは、11歳の時。
自分の体に訪れるべき現象が訪れないと知ったのは、12歳の時。
……自分の『性別』につく名前を知ったのは、13歳の時。
おかしい、と笑われて、時に暴力をふるわれることもあった。でも先生に相談しても、自分の好きなものを変えることを勧められて、何も変わらなかった。
どうして、とママにきくたびに、ママは「大丈夫よ」と答えるけれど、安心させるような言い方には聞こえなかった。まるで、腫れ物にさわらないような、関わりたくないような、突き放すような言い方で。
ママはママだけで私を育てて、いつも仕事をしていて帰りが遅い。合鍵を使って家に帰れば、机にはご飯代の千円札と、何年も使いまわされた『いってらっしゃい』のメモ。
……しょうがないよ、ママは忙しいんだもん。パパの代わりもしてるもんね。
学校ではいてく靴下に穴が空いても、自分で買わなきゃ。テーブルの上に『新しい学校用の靴下を買いたいのでお小遣いをください。おつりは返します』と書いたメモを置いて、明日の準備をして、眠りにつく。本当はぬいぐるみをだっこして寝たいけど、どうせ勝手に捨てられちゃうから、代わりに枕にお花の香りの部屋用消臭スプレーをかけて眠る。いい香りがすると、イヤな気持ちを忘れられるような気がするから。
しょうがないよね。ママは忙しいから、余計なことで迷惑をかけちゃダメだもん。
『蘭ちゃん、グンナイ☆』
『グンナイ、『誰か』さん。今日は何をするの?』
人は眠りにつくと夢を見ると言われる。私ももちろんそう。でも、私の見る夢は決まって、『知らない誰か』、通称『誰か』さんに会って毎回違った遊びをする、というものだ。今までお洋服を選び合ったり、恋バナや枕投げをしたりした。
この人が誰なのかは私でも知らない。姿は見えるけれど、目を覚ますとどんな顔をしているのかさっぱり忘れてしまう。何度会っても、毎回。
分かっていることは、
『今日はね、えへへ、マニキュアぬるの!』
性別は女の子で、
『蘭ちゃん、かわいい……☆』
私のことを『蘭ちゃん』と呼んでて、かわいいものが大好きで……
『次はこの色にしよう! アタシこの色大好きなんだ!』
私と同じ趣味を持ってる。
首にはおそろいのペンダントをさげてる。くっつけるとハートの形になる、ハートの片割れの形。かわいいって、何度もくっつけ合った。
……そんな私を、『女の子』として見てくれてる。
だからきっといい人で、私の味方でいてくれる、と思う。
現実にいる誰かがモデルなのかな、と思っても、思い当たる節が見つからない。
彼女は一体何者なのか。知らないまま数年、夢の中で時間を共に過ごした。
そして時間が来て……また、彼女の顔を忘れる。
目が覚めれば、いつも通り母さんは私よりも早く起きてて、家を出ていた。
その証拠に、テーブルの上に千円札が二枚と、書き置きが一つ。
『これでなんでも買いなさい。
変なものは買わないで 母』
変なの、か。まだあの時のこと根に持ってるんだ。『好きなの』は買っていいって言っておいて、すぐに前言撤回しているようなものだ。
……ママは、私に『ママ』と呼ばれるのがイヤらしい。
そして、自分を『私』と指すのもダメだという。
しょうがない、よね。だって、『僕』は、『男の子』、だから……
男の子は自分のことを『私』と呼ばない。そうなんだよね。
男の子は母親のことを『ママ』と呼ばない。そう、なんだよね。
男の子は、ピンクのウサギのぬいぐるみを欲しがらない。
……私の性別は、『男の子』だって言い聞かせなきゃ。
なのに、胸に宿る違和感はいつまで経ってもぬぐいきれない。
『僕』の名前は、
公立の中高一貫校に通い、男子の友人をいくつか持ち、クラスの女子にはほどほどに優しくする、ごく普通の男の子。
……を演じなければいけない、女の子。
生まれた体は男。でも、自分は女の子だと思ってた。ううん。今でも思ってる。
女の子だからかわいいぬいぐるみが大好きで、女の子だから女子の友達と恋バナしたり、寄り道にスイーツを食べ歩きしたりしたくて……でも、『体が男の子だから』、かなえられなくて。
ママは私のどこを見て、戸籍を『男』と登録したんだろう。どうして私が女の子の好きなものを好きになったら怒るんだろう。
どうしても、自分の本音をねじまげてでも『男』を演じなきゃダメ?
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