2-7.人気アイドル

 あらためて、自分の顔を鏡で確認してみる。

 驚くほどにツヤがいい美白肌、人工的に大きく見える圧のある瞳、痛みがちではあるけれど根本まで染まっている金髪。メガネを外しているのに壁かけカレンダーの小さな文字がハッキリ読める。爪は……素爪のままだ。

 本来の顔立ちからかなり離れていることから……別人に変身した、と思われる。どこかあーちゃんの面影を感じるが、メイクのせいだろう。

 この練り香水を使うと、ギャルに変身でけいるようにしたというの……? 一体どんな原理で? なぜコンタクトをつけていないのに視力が矯正されてるの? もしや回復? いくら頭をはたらかせても、科学的根拠が見つからない。今まで練り香水を使ってもこんなことにはならなかった。

 そもそも、あーちゃんが私のトークアプリのIDを知っていることだっておかしい話だ。ようやく彼女に再会できたというのに……謎は深まるばかり。

 しかしこの姿で外を出たら、さすがにまずいのでは? 今の立場は生徒会長。主に私の品行次第で学院の価値が変わるというもの。

 確かに、ギャルになって渋谷を楽しみたい欲はあるけれど……

「この姿で、私だとバレないのかしら……」

 テコリン。メッセージがとどいた。

『バレないって! 今のまりっち、マジ別人だし!』

「マジ別人!?」

 って、今の言葉明らかに私の独り言から拾ったわよね!?

『全然まりっちに見えないよ!』

 親指を立てる絵文字を添えられても、言われた通り自分の顔がそうでも、全く納得がいかない。

 整形手術なしで自分の顔がいきなり変わることなんてある? もはや魔法のようだわ!

『せっかくだし渋谷いこ! センター街!』

「えええ……」

 あーちゃん、一体どこから見てるの?

 私のそばにいるの……? 部屋の中には私だけ。だから誰もいるはずがないのに。

 いったいどうして、と考えてもらちが明かない。

 あまりにも非現実的な現象が続いては処理がしきれない。

 ……もういい。考えるのはやめよう。



 原宿の隣の駅。多くの路線が集う、利用客数も日本で最高クラスと言われる若者の街、渋谷。

 駅を出れば道玄坂の入り口にそびえ立つマルキュー、ファッションストリートのセンター街。待ち合わせ場所のお決まりは忠犬ハチ公。

 今日は誰とも待ち合わせてないので一人で……いや、多分あーちゃんと一緒だ。

 華美すぎない私服しかそろえなかったのは、校則を抜かりなく遵守しているから。でなければ立場があやうい。

 お母様は『一応』私のファッションの自由を許してくださったけれど、そのこともありなかなかあーちゃんのような自由性の高いものを買うことができなかった。

 あの時彼女が選んでくれた姉系ギャルファッションは、私の雰囲気を捉えて清楚な印象のものを選んでくれた。あーちゃんは洞察力も優れている。

 今は……電車の窓ガラス、ショップのショーケース、鏡張りの外壁で見ても、金髪のギャル。年齢は多分14歳のままでも通じるだろう。

 普段の百倍はかわいくなっただろうけど、これはこれで落ち着かない……まるで卒業式を迎えずに進学したような心地だわ。

 もっとこう、金髪に染めるとなったら、心の準備が三日くらい欲しいものだわ……

「すみません、ちょっといいですか?」

「はい?」

 突然、スーツ姿の男性に声をかけられた。スーツは……袖元がほつれてるし生地も薄い。見た感じ5千円程度の安物ね。

 ああ、本当に私をギャルだと思って声をかけたのか。ナンパ、のようには見えないけれど他の目的で声をかけたはずだ。

 そう思うと自然と警戒心が生まれる。だが男性は礼儀よくも先に名刺を差し出した。

「わたくし、『アイオイプロダクション』のプロデューサーをしている者です。とても魅力的だったのでお声がけをしたのですが」

 額が汗でテカテカし、それをタオルハンカチで拭う。名刺にはその通り書かれている……けれど、タオルハンカチも糸が一本垂れていて、使い古しているのか毛羽立っている。革靴だって履き慣らしているのを通り越して、買い替えようとは思ってないのかつま先がはげており、泥だらけだ。よくもまあその姿で人前に立とうなんて思えるわね。

 スーツブランドの娘だって知らずにその姿で前に立って、まあ恥ずかしい人ね、と内心値踏みをした。

「いえ、興味ないので」

「まあまあそう言わずに! 当プロダクションでは無料でトレーニングレッスンができまして、すぐに芸能界デビューできるんです」

「あの、先行きたいんですけど」

 いくらかわそうとしても立ちふさがって、前を通そうとしない。

「お話だけでも聞いてみませんか? 立ち話もなんですからあそこの喫茶店に」

 しつこい……! どれだけ歩いてもまとわりついてくる!

 まずは身なり整えてから出直してほしいわ!


「へえ、『アイオイプロダクション』ねぇ」

「は?」

 突然、誰かが私の手首を掴んで名刺をじっとのぞきだした。

 私より背の高い男性。でも、スーツの男性よりは若い印象だ。

 龍を背負ったTシャツに、大きなゴールドのチェーンネックレス。ウォレットチェーンも、膝に届くくらいに弧を描いて腰に垂れ下がってる。

 燃えるような赤毛を遊ばせている、最も渋谷で遊んでいそうな印象。

「こんなん聞いたことねえなぁ?」

「そりゃあ芸能事務所なんて星の数ほどありますから、っていきなりなんなんですかアナタは!」

「そりゃぁそーだけど……

 今まで一緒してきた俳優、女優、モデルにアイドル……ソイツらの所属芸能事務所で、聞いたことないって言ってんの。ざっと千人くらい?」

「せっ、せんにん!?」

 この人、まさか本物の芸能人!?

「逃げるぞ」

 ひっ、と声が出かかった。男に耳元で囁かれるなんて今までなかったもの。

 え、逃げる? どこに!?

 ヘアバンの男性はそのまま私の腕を引っ張り、スーツの男性から離れるように走り出した。

 うそ、まって、本当にどういうことなの!?

 説明することなく、私のスピードに合わせて連れ出す。厚底のウェッジソールをはいてるので微妙に走りづらい。後ろを振り返るが、スーツの男はこちらを見ながら地面をけっていた。

 ……まさか、怪しいと思って私を助けたの? 見ず知らずの私を?

 でもなぜか、この男性には見覚えがある。なぜだろう。

 少しして、入り組んだ道の中にあるショップへと入り込んだ。男女ともに高い人気を持つセレクトショップだ。

「ここまでくれば大丈夫だろ……」

「はぁ、はぁ……あなた、一緒してた、って言って……」

「まぁその話は聞かなかったことで。じゃ」

「待って! まだお礼言ってないわ」

「いいって、オレ見返りとか求めない主義だから」

「それでもよ、私が騙されそうだと思ってこうしたんでしょ?

 ……ありがとうございました。あのままだったら逃げられませんでした」

 深々と頭を下げ、お礼を述べた。

 いくらギャルの姿になったとしても、心は私のまま。礼儀は教わった通りに行うようにと頭が勝手に指示するんだ。

 あまりにもマジメにお礼をするものだから、男性は意外なように驚き、そしておかしそうに笑いだした。

「ははっ、アンタ見た目によらずスゲーマジメじゃん!

 そんなマジメなら、次こそはハッキリ『しつこい!』って言っときゃ大丈夫っしょ。んじゃ、気を付けて遊んでけよ!」

 見た目によらず、ね……私だって普段はメイクせず髪染めずに学校に通う普通の中学生よ。

 さっきまでの私は、沽券や立場を考えて、ハッキリ言うことができなかった……

 あまり考えたくはないけど、もし立場の違う別人としていられたら、もっと堂々とした態度で断れたのかしら?

 颯爽と店を出る男性の背中を目で追う。……やっぱり、どこかで見たことあるのよね……どこだったかしら?

「きゃーっ阿好あずきくん!」

「レイ、本当好きだよね~」

「だーってカッコイイじゃん! ストリートファッションが一番似合うアイドルといったら彼でしょ!」

 突然、誰かが黄色い声を上げた。

 なるほど、お店のモニターにお店の商品を着たモデルが映ったのね。そういえばこのお店のイメージモデルって、人気アイドルユニットの『Citrush』の伊予いよ阿好くんが出てるって……

 ……あれっ?

 さっきの男性も、彼みたいな顔をしてたような……

 モニターに、カメラ目線でアメをくわえながら無邪気に笑う彼が映る。

 さっきの彼も、同じように笑ってた。

 さっきの彼って……

 ま、まさか……


 本物の、伊予阿好くん!?

 私、阿好くんに助けられたの!?

 いけない……顔に出したら。彼女、さっきまで近くに好きなアイドルがいたって気付いてなかったみたいね。

 彼、知っててここに連れ出したの? まあそんなのどうでもいいわ。

 それよりも……あの人、今まで一緒に仕事した人数が千人くらいって言ってたわね。真偽は怪しいけど、人気アイドルだしありえなくはないのかも。

 ……もしかしたら、あーちゃんと共演したことあるかしら……?

『あーちゃん、伊予阿好くんと一緒に仕事したことある?』

 すぐさま彼女にメッセージを送った。

 まもなくして返事がきた。

『あはっ、なっつかしー! あずくんはあーしが声かけて芸能界デビューしたんだ!』

 意外な答えで目を丸くした。

 あの人もスカウトされてたの!?

『でも、モデルより色んな仕事できるアイドルがいいって転向しちゃってさー! どう? 今活躍してる?』

 色んな仕事……たしかに、アイドルのほうが俳優業やモデル業と多角的に仕事ができるイメージがあるわ。高い表現力を求められるからかしら?

 彼をはじめ『Citrush』の3人の活躍なんて、テレビをつければ一目瞭然だ。といってもうちは教育方針でテレビをリビングに置いてないので、基本的にネットの情報だけなんだけど。

 ネットでもCDの売り上げランキングとか、ドラマの予告とかで必ずと言っていいほど彼らが登場する。若い女子を中心に人気よね、あの3人。まだ私と歳が変わらないはずなのにすごいわ。

 それに、あの人の人の好さは本物だってことが分かったし……カメラに写ってる間だけいい顔してるからってわけじゃないわね。

 ……待って? それほど人気なはずなのに、まるであーちゃんは彼の現状を知らないような言い方だ。それじゃあーちゃん、スマホにすら触ってないの? でもトークアプリは使ってるのよね。


 アイドルのほうが俳優業やモデル業と多角的に仕事ができる……

 ネットで検索するだけじゃあーちゃんの行方が掴めない……

 芸能人になれば、たくさんの芸能人とつながりを持てる……

 ……ひとつ、ひらめいてしまった。


 あーちゃんの行方の手がかりが掴める方法……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る