2-6.『あーし』の始まり

 それから年月が経ち、自身の真面目さを証明するために中等部生徒会長になった。所属していた書道部の仲間や先生方の推薦や応援もあり、見事全員信任票をいただいたのだ。

 マニュフェストは、「生徒全員が幸せになれる学院生活」。具体的な内容は、生徒会に相談箱を設けたり、さらに相談がしやすいようにSNSを用いたものも受け付けたりと、現代に沿って考えた。

 なにかと悩みを抱えやすい思春期、特に下級生は思いを吐露する場の少なさ、また間違いでさらに深刻化してしまうだろう。そこで生徒会が秘密厳守を約束して、相談窓口になると表明した。

 結果は大成功。相談者はごくわずかだが、彼女らの心のよりどころとなってくれればうれしい限りだ。

 私もあの人がいなければ、今頃どうなっていたのか。あの人を思い出すだけで、心が安らぐ。

 ……あのニュースも風化し、世間があーちゃんの存在を忘れていた。

 昔恐ろしいと思っていたSNSも、使いこなせば便利なものだと、毎日活用している。そして毎日『桔梗暁貴』『あーちゃん』と検索し、目撃情報を探している。一年と少し、日課のように検索をかけているけれど、手掛かりになるような情報は一つもない。

 現在の人気モデルのみちるんさんも、他にも過去にあーちゃんと親交があった人達も、あのニュースの時以来全くあーちゃんのことを呟いてない。BFFとはなんだったの。

 自分の口で言ったんだ、『永遠の親友』だって。みんなが忘れても……私だけでも、あーちゃんのことを忘れたくない。


 そして今日も、『桔梗暁貴』と検索をかける。

 結果は昨日と変わらないまま。答えがわかっていても、明日も同じことをするつもりだ。

 トークアプリから通知が来る。友人からかしら。

 ……『Dawn』? だれ、この人。

 その人からの最初のメッセージは、

『会いたい』

 の一言だけ。

 スパムか出会い系だろう。通報をしようとするが、その人のアイコンがどうも気になる。

 焼け気味の健康的素肌に、ゴールドのアイシャドウ。まつエクとつけまでばさばさにした目。そして、無邪気な笑顔。

 間違えないわけがない。

 それに、『Dawn』は……『暁』という意味のはずだ。

『まりっち』

『きこえる?』

 私を「まりっち」と呼んでるのは、この世界で一人だけ。

 うそでしょ。ありえない。

「あーちゃん……!? あーちゃんなの!?」

 思いをそのままにメッセージを送る。

『あーちゃん! どこきいるの!?』

 ロクにチェックもせず誤字のまま送ってしまった。

『しばらく会えなくてごめん』

『文字打つのはや笑』

『それは言えないんだわ』

『ごめん』

 一行ずつ区切られてメッセージが届く。

 一年以上も行方をくらましておいて、どこにいるのかを伝えないなんて。

 私、毎日あーちゃんの名前を調べるほどに心配したのよ!?

『元気なのよね!?』

『とりあえず元気かも』

 かも、って……不安がぬぐいきれない。

 でもどうして、私のアプリのIDを知らないはずのあーちゃんが!?

 私が機種変してトークアプリのアカウント登録をしたの、最後に会った後なのに!

『誰から私のIDを聞いたの?』

『今どこで何をしてるの?』

『ご家族や他のご友人と連絡はできてるの?』

 彼女の返信の間もなく、質問を次々と聞いてしまう。答えられないというのに、また居場所を尋ねてしまった。

 失踪して1年以上。爆発したかのように、彼女への心配があふれて当然だ。

 キーボードのフリックが止まらない。ずっと聞きたかったことがあるんだから。

 もしかしてあの時約束もしてないのに集まれたのは、あーちゃんにもつらいことがあって来たんじゃないか。

 私に愚痴りたかったけど、先に帰ってしまったからできなかったんじゃないのか。

 失踪の原因は、もしかして……

「……私の、せいですか」

 もしも私が愚痴を聞いていれば、何かしら未来が変わったのでは。

 彼女のことを考えているうちに、そう思うようになった。

 無理して笑ってたことを思い出す。彼女は追いこまれるほど平気なフリをする。

 そして自分の爪が欠けても気にしなかった。見た目が命のギャルにとってはありえないことだ。それって、自分のことなんてどうでもいい、という考えの表れのように思える。

 あーちゃん。本当に大丈夫なの? 私には大丈夫じゃないように見えるわ。

『だいじょぶだから』

『泣かないでよ』

 ……どうして、泣いてるのがわかるの?

 昔と比べて泣き虫は治ったほうだと思ってたけれど。

 あーちゃんに会えたのと、まだあなたが不安定に見えるせいで涙腺がゆるむのよ。

 お願い、あーちゃん。生きてるのなら、また会いたいわ。

『練り香水、使ってる?』

 友人と遊ぶときに毎回使ってるわ。フローラルな香りが心地よくて、しかも伸びがいいからか何回使っても減らないの。何回開けても新品みたい。

『そっか、ありがと』

『これからもまりっちがカワイクなれるように、おまじないかけるね』

 続けて、ポン、とウサギがネコの頭をなでなでするスタンプが送られた。ネコちゃん、幸せそう。ウサギのほうがあーちゃんなんだろう。かわいがってくれた時のことを思い出す。

 ありがとうございます、と別のイラストレーターが描いたお辞儀するライオンのスタンプを送った。

『まりっちにはキラキラが似合うよ!』

 にぱ、といつも見せる笑顔に似た顔文字を添えて。

 やっぱりあーちゃんなんだ。ちゃんと、生きてた……!

 もう生徒会長なんだから、泣き虫だって甘やかされたらみっともない。数粒だけ流したら、もうおしまい。

 キラキラが似合うと言われたのだから、あーちゃんに負けない笑顔を見せられる人になりたい。

 ……明日は土曜日だ。せっかくだし、用はなくてもオシャレしていこう。

 お小遣いを貯めてそろえた、メイク道具。中でもお気に入りはあーちゃんと同じゴールドのアイシャドウ。

 服も原宿で見つけた自慢の一着。初夏なら、体温調節がしやすいように薄めのジャケットを羽織ろう。

 メリハリをつけるために、スカートは花柄。脚を彩るのは網目のニーハイソックス。

 極めつけは、お気にの練り香水。私の周囲1~2メートルは、花の香りに包まれる。

 高級ブランドの香水より優しい香りだけど、私にはこの香りが一番落ち着く。

 最後に、自分の髪を……


 ……あれ? 金髪?

 見ているのは自分の長髪のはずだ。

 しかし、一度も脱色したはずのない髪が、明るい金色に染まっているように見える。

 なに、この色……!? こんな色校則違反よ!?

 念のために、根本まで髪をチェックしようと鏡をのぞきこんだ。

 そこには……

 知らない顔が、うつっていた。



「だれ!?」

 同時にスマホがアプリのメッセージを受信した通知を鳴らした。

 今驚いてるときだというのに、なんてタイミングだ、と画面をのぞく。

『ビックリした?』

「あーちゃん!?」

『おまじない効いたっぽいね』

 おまじない!? って、あのスタンプ!?

 多くの人が使っている、なんの変哲もないただのスタンプのはずよね!?

『まりっちがバリバリにキマる魔法!』

 キラキラ、と絵文字を添えて送られても、意味が分からない。

『あーちゃん、ちゃんと具体的に説明して!』

『練り香水つけてる間のまりっちはバリキメで超絶アガるギャルになるってワケ☆ マジヤバじゃん?

 それで、これからあーしの代わりにハジケてほしーの!』

 あーちゃんの代わりに……!? この姿で!?

 たしかに、ギャルになりたいとは思ったけれど、それはあくまで高等部を卒業してからの話で……急にこんな姿になっても戸惑うだけよ!

『あーちゃんじゃないとダメなの!?』

『うん、今のあーし、ちょっちヤバめでさ』

 『ちょっと』の後に『ヤバい』をつけても『ちょっと』の意味がはたらかないのがギャル流の話し方だ。『超ヤバイ』と言い換えても変わらない。

 もしかして、なにか事件に巻き込まれたりとか……!? 失踪となるとありえない話ではないから、恐怖が背中を冷たくなでた。

『とりままりっちのこと見てっからさ☆ だから安心してちょんまげ!

 お返事は『了解道中膝栗毛』で!』

 りょ、了解……


 できるわけ、ないでしょーーー!?

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