1-7.アイドルになりたいっ!

 ……ウソみたい。

 鏡の中にだけ見える幽霊のサクラからシュシュをもらったこと。

 そのシュシュを使うと、13歳のサクラ(めちゃくちゃかわいい!)になれること。

 試着した服を涙でぬらしてしまって、その服をいとこ兼人気アイドルの万純さんが買い取ってくれたこと。


 けれど、私の部屋にはたしかにヒマワリのタンクトップに白いショーパン、おまけにピンクのリングベルトに厚底サンダルが置かれてて、両手首にはサクラのシュシュがはまってる。というか、自分ではめた。

 ちなみに、シュシュを外したら顔が元のかたちに戻った。シュシュは実体を持って手に握られてる。本当にシュシュで髪をしばると自分の顔が変わるんだ……三人が休憩時間が終わるからって帰ってから、試着室の中でシュシュを外したので三人には私の正体がバレなかった。


 ……万純さんが、ストリートファッションに身を包んだ私が『見下していいいとこ』の沙咲こうめだと気づかなかったことも、ウソみたいな話だ。

 まあ、信じられるはずもないよね。こんなフシギな話。まるで魔法少女みたいな話だよ。

 それに冷静になって、よくよく考えてみなよ。シュシュをつけるだけで顔が変わる? どんな仕組みなの? きっとあの時だって、普段私がストリートファッションなんて着ないから、あの人は見間違えたんだよ。そうだよ、きっと。

 だからお人形みたいな美少女になれるなんて、二度目はないはず。

 もう一度、サクラのシュシュを頭に高く留める。そう、ツインテール。

 ツインテールの似合う私……昨日のような私!

 洗面所に駆け込み、鏡をチェック。


 透明感のある白い肌。小粒な鼻。ばさばさしたまつ毛。キラキラした明るい茶色の目。肌に合う色のチークをぬったようなほっぺ。指どおりのいい、つやのある髪。


『おねーちゃんっかわいいーっ!』


 鏡に映っているのは、昨日と全く同じ顔の美少女と……顔をのぞかせてる小さなサクラだった。


「うそおおおお!?」


「こうめ、うるさいわよ! どうしたの!?」

 いけないっ、お母さんにバレる!

 急いでシュシュを外す。一応髪を手ぐしでなおした。

『ママ!』

「ごめん、に、ニキビができちゃって」

「そうなの? 軟膏ぬったら? そこの救急箱にあるわよ」

「へ、へえ、わかった、そうするよ……」

 ……ふう。あぶなかった……

 突然のぞかれて、お母さんを驚かせちゃうところだった。ギリギリのところで顔が普段どおりに戻った。

 お母さんにはサクラが見えてないのかな。特に何も言われなかったけど……

 本当に、シュシュでツインテールにするだけで美少女になった……

 別のヘアゴムでためしても、自分の顔は変わらない。サクラからもらったこのシュシュだけ、魔法みたいに自分の顔を変えてくれるんだ。

 どんな仕組みか分からないけど……いや、そもそも幽霊からものをもらっただけで十分説明がつかないことなんだ。気にしないでおこう。

『おねーちゃんっ、アイドルみたいっ!』

「……私が?」

『うんっ!』

 ……そりゃ、このシュシュつけてる間は美少女フェイスだけど……

「なれるかな、私……」

 芸人向いてる、って言われた私が……

 でも、今の私なら……

 もう一度、二つのシュシュを頭に飾る。

「この私なら……」

『おねーちゃんっ! みたいっ!

 サクラ、アイドルのおねーちゃんみたいっ!』

「サクラ……」

 ……さすがに私がこんな顔になれてるって誰も信じられないよね。

 鏡の中で生きてるサクラを引っ張り出すみたいに。

 サクラの時間を動かすみたいに。

 かなえられなかったサクラの夢にチャンスが訪れたのなら……




 人気アイドルが多数所属している大手事務所……『ワンデイドリーミングプロダクション』の開催までもう少し。

 みんなに内緒で、サクラの姿で歌とダンスの練習をして……生前のサクラのようにピュアで元気な気持ちで臨めば、きっといける!

 なんたって、かわいいサクラなんだから!

 昔教わったステップは……こうして、こうして、こう運んで……で、こう!

 体は覚えてるんだ、まだ……たくさん練習したからかな。

 レッスンコーチにお願いしてつきっきりで指導してもらったこともあった。それくらい、私は必死だったんだ。

 たとえサクラのためだとしても、それをバカにされても。

 やっぱり私にはサクラが全てだから。

 あの笑顔が戻ってくるのなら、私はいくらでも踊ってみせる。

 ほら……鏡の中のサクラが、笑ってる!




『おねーちゃんっそのふくきるの!?』

「うん。サクラが一番好きな服でしょ?

 これでオーディションに出るからね、サクラ」

『わーいっ! サクラ、いっぱいうたうっ!』


「ではエントリーナンバー20番の方。お名前と出身地、特技を教えてください」

「東京都出身、沙咲サクラです! 特技は……歌とダンスです! よろしくお願いします!」

 ぶっちゃけ、特技とか考えてなかったし特にない、けど……! あぶない、なんとかごまかせた。

「なるほど……それではその特技は次の実技審査で見せていただきましょう」

「ありがとうございますっ!」

 やっぱ特技とか考えてくればよかったかなぁ……うっ、急に不安になってきた。


 ……その数日後。

 お盆が明け、もうすぐ二学期が始まる。まだ外はゆだるように暑くて、普段の顔だと外を出る気がなくなる。でも、サクラの状態で出ると太陽が味方してキラキラ輝けるような気がする。サクラならこうする、っていう思い込みができるようになってる。

 スマホのメールで来た、一通のメール。タイトルは、『【重要】ODDPワンデイドリーミングプロダクションオーディション結果通知』。

 指でタップすると、その結果が開封される。見たい、という思いと、見たくない、という思いがぶつかりあう。……ええいっ、ままよっ!


 『不』の字がついてない、合格……

 合格っ……


 ……や……

 やった、の言葉を飲み込み、洗面所に向かう。

 家で一番大きな鏡といったらこれしかないから。だから、あの子の顔が見やすい。

「やったよ、サクラ! サクラ、アイドルになれるよ!」

『ほんとー!? やったーっ!

 あははっ、きゃははっ!』

 鏡の中のサクラが舞い上がるように跳びはねる。

 もう、はしゃぎすぎだよ! なんて言う私も嬉しさで顔のほころびが止まらない。

 やっと始まるんだ、サクラの第二の人生が!

 サクラのかなえたかった夢が、動き出そうとしてる!

 お姉ちゃん、がんばるからね。サクラの待ってた舞台を見せてあげるから!!


 ふわ、と洗面所入り口に設置したレースのカーテンが、ふわりとはためいて揺れる。

 ……おかしいな。今は窓なんて開けてないのに。エアコンの風が届くような距離じゃないし。

 今度はピコピコ、とデジタルの体重計が勝手に動き出した。

 バグったかのようにデタラメな数値を何度か表示する。

 や、やだ、なに!?

 ま……まさか……

 ポケットに入れてたスマホの電源をつける。また、この前見たように文字化けばかりになってる!


『窓閉めてるのにカーテンが揺れたり、スマホが数分だけ文字化けしたり 』

  ……って、希羽けうさん、言ってたよね……

「ねえ、サクラ。一つきいていい?」

『いーよっ!』

「『εWing』のところに行ったこと……ある?」

『うんっ! おねーちゃんたちいたよ! おどりのれんしゅーしてたっ!』

 サクラ……

 二人の心霊現象の原因って、サクラだったのーーー!?

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