1-8.チームメイト!

 オーディションの合格通知をもらって数日後。

 あらためて事務所にうかがうように、とメールに書かれていたので、指定された日時にうかがった。もちろん出かけるところからサクラの姿で。

 都内の一等地に位置している『ワンデイドリーミングプロダクション』は、ビル一軒まるごとが事務所で、それだけで大手の事務所だってことが伝わる。

 本当に、受かったのかな……合格通知をもらっておきながら、つい疑ってしまう。

 だって一次審査では結局特技の披露はしなかったし、他の子はバイオリンとか10秒動画のマネとかしてて、クオリティが高かったし……特に近くにいた背の高いギャルの子なんか、即興でラップをしだして超かっこよかったなあ。ひどくキョーシュクしちゃったよ。ラップのことはよく分からなくても、アレはすごいってなんとなく思ったもん。

 あと、私の次のエントリーナンバーの子もふわふわした雰囲気がかわいくて、お料理が特技ってことでエアーで料理をしたんだ。手つきが慣れてて、同い年くらいなのにプロみたいだったなあ。作りながらレシピの解説もしてて、まるで料理番組を見てるみたいだった!



 目的地である16階の第三会議室にやっと着いた。すでに中にだれか入ってるらしく、ドアの曇りガラスが照明で明るくなってる。

 これから会う人ってどんな人なんだろう。万純さんの言った言葉を思い出す。担当プロデューサーさん……とか……?

 コンコン、とドアをノック。ええい、ままよ!

「失礼しますっ!」

 今の私は『サクラ』なんだ、無駄に緊張する必要なんてないっ!

「今日からお世話になります、沙咲サクラといいます、よろしくお願いしますっ!!」


「は、はひっ! よろすくおねがいしゅましゅっ!」

「ああ、アンタも受かったんだ。どーも」


 ……あれっ?

 会議室にお先に来てたのは、この前のオーディションでラップとお料理を披露した、ギャルの人とふわふわした雰囲気の子だった。

 もしかして……この二人も、合格したの!?

「あの、お二人って……」

「そ、アンタの3番前のラップ見せたギャルがあーし。桔梗ききょう貴楽きらでっす、どーぞよろしくぅ」

 時折地毛の黒髪が混じる金髪を高く上げて、耳元には大きなリング型のピアスをつけてる。目元もハッキリとしてて意志の強さを感じる。ファッションもオフショルのトップスにショーパン、前だけタックインしててベルトの金具がゴールドでゴツゴツしてる。あの時も思ったけど、ファッションも話し方も流行の最先端っぽい。

 あんまり素のジメジメしたところを見せると嫌われそうだな……

「えへへ、かんじゃって恥ずかしい……えっと、私の名前は夢中ゆめなか蘭香らんか、です!」

 淡いピンクと紫のグラデーションに、水彩画で描いたようなカラフルなたてがみのユニコーンの絵がでかでかと描かれたAラインワンピースを身にまとった、羊のようなふわふわとした髪の子は、肩からは、同じシリーズのものなのかこちらもカラフルなユニコーンのポシェットを提げている。

 ゆめかわ系だ、でもこんなにユニコーンを推す子初めて見たかも。

「ここの人が来る前に自己紹介しちゃいましたね~」

「まー手間省けてイイじゃん? つか向こうが遅えんだし、余裕もって30分くらい前には来いっての」

「桔梗さん、一番早くに来てたんですよ~」

 へえ、ちょっと意外。時間にルーズな人かな、なんて思っちゃってた。

 人は見かけによらないなあ。

「キラでいいよ。同期になるんだから堅苦しいのはナシっしょ?

 で、二人はアイドルになったら何やんの?」

 机に頬杖をつきながらもまっすぐな目で、サクラたちにそう投げかけた。ちらりと見えるネイルもゴテゴテに大きなストーンをつけててキラキラしてる。

 スマホの操作しづらそう……なんても思っちゃう。

 やりたいことか……もちろん歌って踊ることだけど、アイドルってそれだけじゃないんだよね。

 バラエティ番組ではっちゃけたり、映画のヒロインになったり……番組の司会とかも面白そう。

 とにかく、『サクラ』が喜ぶようなことをたくさんしたい。

「私は……今は分からないけど、きっと続けていくうちに……新しい夢が見つかると思うんです。だって、今こうしてアイドルになれたって実感がわかなくって」

「マジそれ。けどまあ、カワイイアンタらがいるワケだしあーしはなんとなく、かな? 人気アイドルとかに会えたら自覚できっかもね」

「えへへ……かわいいって言われると照れちゃいます……」

 あれ……? 夢中さん、初めて会ったはずなのに、どこかで会ったような気がする。

 ……まさかね。こんな目立つようなファッションの子は今まで見たことない。

「サクラは……」


「すっみませーん! 前の仕事が押しててギリギリになっちゃいましたーッ!」

 サクラが答える前に、ドアがバンッ! と勢いよく開いた。

 うわっ、ビックリした! サプライズかと思いきや挨拶はいきなり謝罪だった。

 突然現れたのは、明るい茶髪をグルグルと巻いた髪型のお姉さん。声が高く早口で、個性的な話し方だ。

 メイクが濃くて芸能人みたいな風貌だけど、スーツはカッチリと着こんでいる。つけている花のブローチが、服装で唯一のオシャレっぽい。

 懐から名刺入れを取り出し、パカッと開ける。その仕草もスーツみたいにキッチリカッチリと無駄がない。

「皆さまが今回のオーディションで選ばれたお三方ですねッ! ワタクシ、『ワンデイドリーミングプロダクション』のマネージャーを務めております真方まかた十苗となえと申します!」

 どうぞどうぞ! と両手で名刺をサクラたちに差し出す。ちょっと押しが強いな、この人。

 いただいた名刺を確認すると、左上に添えられている花の絵が、真方さんのスーツに飾られている花のブローチと同じものに見える。

「あっ、クレオメですね。ステキです~!」

「あら、夢中さんはお花にも詳しいんですね! 素晴らしい!」

「たぶんウチらの中じゃ一番女子力高いんじゃん?」

「えへへ……それほどでもないですよ~」

 花にも詳しい、料理もできるって同級生にはなかなかいないよ。

 この子もアイドルになったら絶対人気になれるよ、特技が多いってことはアピールポイントになるもん。

 貴楽ちゃんもファッションセンスがあるし、ラップも堂々と披露しててかっこいい。

 その点、サクラの自慢できるポイントの無さといったら……

 本当になんで、『私』なんかが合格したんだろう。

 『サクラ』はかわいいけれど、特技を披露するとなったらそれはこうめとしての私の問題になるもん。私はあくまでサクラがもし大きくなったらの姿になりきってるだけだから。

 あまりにも、自分には何もないと思ったよ。

 ……いけない。アイドルになってるのは『沙咲こうめ』じゃない。『沙咲サクラ』だ。サクラがアイドルになるんだから、『私』の部分は、見せる必要なんてない……

「花言葉は『秘密』」

 ドキッ、とした。えっ、この花の?

 お姉さん、どんな意味で言ったの?

 ……サクラが『秘密』を隠し持ってるなんて、知らないよね……?

「もしも悩んでることがありましたら、その名刺に書いてある電話番号にかけてくださいッ! 絶対に『ヒミツ』にします、ワタクシとアナタ方だけの約束ですよッ!」

「ああ、そういうこと。プライバシー保持の誓いってことね」

「そゆことです! さすが桔梗さん、難しい言葉をご存じですね!」

「なるほど~! それでは、スマホにマネージャーさんの電話番号を登録しますね~」

「そーだっ、せっかくだしお互いの連絡先も登録しよっ! トークアプリもいい?」

「ラッ……そ、それは」

「また今度でいいですかぁ……? 今回は電話番号とメアドだけってことで~」

 えっ、どうしたの二人そろって。アカウント交換は今日じゃダメなの……?

 ……あっ、いけない。そういえばサクラ、本名で名前登録してるんだっけ。う、うっかりしてた! 危うく二人に本名がバレるところだった。

 二人は、私は『沙咲サクラ』が本名だと思ってるから……!

 そもそもまさか、変身してるなんて思ってすらないじゃん!?

「そ、そーだねっ、また今度にしよっか!」

「どうやら自己紹介も済んでるようですし、このままお話を進めてもいいかしら?」

 どーぞ、と貴楽さんが名刺をギラギラにデコった名刺入れにしまいながら返事をする。

 名刺入れも持ってるんだ、やっぱり見た目に反してマジメなところあるなぁ。

「えー、お三方に集まっていただいたのはですね……


 三人で、アイドルユニットを組んでもらうことになったからですッ!」



 ……えっ?

 こ、この二人と……?


 こ、こんなスタイルのいいお姉さんと、小動物のように愛くるしい子と~~~!?

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