1-6.変わった自分

「……ここです、このあたりに霊の気配を感じます」

「マジか! かなう、今度はどんなユーレイがいるんだ!? 落ち武者!? おみやさん!?」

「こんなうるせえトコに来るかよ、バカバカしい。阿好あずき、叶の遊びはほどほどに付き合えっつったろ」

「すみませ~ん、失礼します」

「アイムラ!? んなトコにユーレイがいてたまるかよーっ」

 突然、三人の男子がお店に入ってきた。

 三人とも、帽子やメガネ、マスクとかで顔を隠しててなんだか不審に見える。店員さんもなんだと一瞬だけ警戒しかけた……けど、すぐに店員さんらしく「いらっしゃいませー!」と、男性客相手でも笑顔であいさつした。

 ……って、二番目に背が高い人……!

「万純さ……!」

「え?」

 やばっ、私がここにいるなんて知られたくない!

 あと他にもお客さんがいるから最悪騒ぎが起きちゃう!

 とっさに体と目線をそむけ、また声を出さないようにした。やっぱり、どうしてもコイツには私のことは知られたくない!

 ……っていうか、さっき、叶くん、阿好くんって名前が聞こえた……も、もしかして!

 この一番背の低い人は『Citrush』の塩顔担当、巣立すだちかなうくん!

 そしてこの一番背の高い人は同じくパリピ担当、伊予いよ阿好あずきさん!


 『Citrushシトラッシュ』 の三人が、どうしてここに!?


「……ねえ」

「はいっ!?」

 よりによって万純さんに声をかけられた!!

「もしかして、俺たちのファン?

 ごめんね、休憩もらったから三人でこの辺遊んでたんだ。俺たちがここにいたこと、ナイショにしてくれる? キミやお店に迷惑がかからないように」


 ……えっ……?

 ちょ、ちょっと、待って。

 そ、それが、普段の私に対する態度!?

 女の子ならだれもがときめきそうな笑顔に、ウインクに、人差し指を立ててナイショのポーズなんて私にする!?

 いや違う、私以外の人に! 特にファンに! 対してならそんな優しい声と口調で言いかけるよね!?

 なんで突然そんな優しくするの、逆にこわ……


 ……そっか、今の私の顔は、別人みたいになってるから……

 コイツ、私じゃないと思ってそう言ってるんだ!?

 万純さんにも、今の私の顔が普段と違うように見えてるんだ!

 変身したのって本当なんだ……!

 まあ、相対的に普段の私への態度のヒドさがものすごく分かった、ってことでもあるけど……

「万純くん。彼女から離れてください」

「なに?」

 ステージ上でもおだやかな笑顔を見せてた叶くんが、不安げな表情で私たちを見つめる。

「拙者には感じます。彼女から、ただならぬ気配が」

「……ウソだろ?」

「万純、叶はウソつくようなヤツじゃあねぇよ。大人しく言うこと聞いとけ」

 なになに、ま、まさかサクラがいることに気付いてる!?

 そ、そうだ、きっと私がこんなに別人みたいなかわいい顔になった理由がこの人には分かっ……

 待って待って、だから万純さんには知られたくないってば! 絶対バカにするに決まってるもんっ! というか信じてくれるワケないじゃん!?

 今の私を沙咲こうめじゃないと思い込んでるうちは、別人のつもりでいたい!!

「あの、私になにか……?」

 ともあれ、なぜか一人称が『拙者』の叶くんの言った『ただならぬ気配』をなんとかしなきゃ!

 もしかしなくても彼の感じてる幽霊の正体はサクラに決まってる。さっき鏡の中ではしゃいでたサクラはまぼろしでもなくて、本物……幽霊の、サクラ!

「あなた……幽霊に、とりつかれてますね」

「幽霊!?」

「叶! あんまりファンをビビらすな!」

 万純さんが叶くんの言葉に注意するが、叶くんの私に近づく足は止まらない。

 あやしむような目つきで、私を頭からつま先まで、じ~っと見つめる。あごに手を置いて、ためつすがめつ……

 悪いことをしたわけじゃないのにすごく心臓がバクバクいってる。人気アイドルに見つめられてるからじゃないよね、たぶん……!

「……ううん。大丈夫です」

 叶くんの笑顔が、ほっこりとなごやかなものに戻った。

 え? と、私はきょとん。ついでに万純さんもきょとん。

 大丈夫ってなんだよ、と阿好さんが彼にたずねる。

「あなたの近くに、小さな子がいたので。でも、悪い子ではないですね。あなたのことが大好きみたいです」

 私の、ことが……

 じゃあ、さっきのサクラは本物だったんだ。鏡でしか姿が見れない、魂だけの存在の……

 ……本当に、サクラが幽霊として戻ってきたんだ……お盆って、本当に幽霊がこの世に戻ってくるんだ!

 そしたら、今の姿はきっと……サクラがもしも今の私と同じ13歳だったらの姿ってこと!? そう考えればつじつまが合う、はず!

 サクラが戻ってきた、私の体を借りて! 今の姿は私が夢見てた13歳のサクラの姿なんだ!

「おや?」

「えっ、なんで泣いてんだ!?」

「ぐすっ……な、なんで……」

「店員さん、ティッシュ、ティッシュ持ってきて!」

「はいっただいま!」

 どうしよう、嬉しさがこみあがって、涙が止まらない……!

 サクラ! 本当にかわいいよ!! さすが自慢の妹だよ!

 この姿なら、きっとサクラのなりたいアイドルになれるかもしれないよ……!

 そうだよね、サクラ! アイドルになりたいよねっ、サクラ!


 って……

 しまったーーーっ!!

 タンクトップが涙でぬれちゃった!! まだ買ってないのに!

「すみません、服が!」

「ええっどうしましょう……! これじゃ売り物にならないですよ!」

 わーんっ、店員さん困らせちゃった!

 普通なら弁償として買い取るしかないけど、今のお小遣いじゃタンクトップも買えないよっ……!

 ど、どうしよう!?

「あの! この服、俺が買います!」

「万純さん!?」

 一番に名乗りを上げたのは万純さんだった。

 万純さんがこの服を!?

「なんで泣いたのかは分からないですけど、きっと叶の言葉でなにか救われた気持ちになったと思うんです。

 もしこの服が彼女の救いになるとしたら、これからも着るべきです!」

 私の両肩に手を置き、店員さんになんの迷いもなくそう伝える。

 万純さん……私がアンタのいとこの沙咲こうめとも、私にとりついてる幽霊が沙咲サクラとも知らずに……

 本当、いつ化けの皮をはがそうかタイミングがはかれないよ。

 そんな私も、今化けの皮をはがしたらすべてが台無しになるけれど。

「でも、この服結構高いですよ……?」

「いいよ、気にしないで。キミも知っての通り、俺たち人気者だからさ。

 その代わり……これからも俺たちのこと、応援してくれる?それが最高のお礼になるから」

 またバチコン、と撃ち抜くようなウインク。どこかのCMで見せたようなはにかみスマイル。もしもマンガだったら、周りにキラキラしたオーラとか、満開の花とかが描かれてそう。

 ……正直、普段のコイツと比べたら鳥肌が立った。

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