1ー1.沙咲こうめ のヒミツ
私は
好きなアイドルグループは、ツインテールのアイドルコンビ『ε
二人に憧れてダンス教室に通ったけど、辞めてからもうすぐ半年が経とうとしている。
ダンスが上手くなれば、歌が上手くなれば、ステキなアイドルになれる。
そう、信じて疑わなかったのに。
それだけがアイドルじゃないという現実を、痛いほどに教えられた。
もう、自分の顔を鏡で見たくない。
ふくらんだような丸い顔。がさがさな肌。アレルギーで赤みがかってる頬。大きな鼻。小さくて半分しか開いてないような目。
こんな顔でステージに上がっても盛り上がらない。もらえるものはブーイングだけ。
同じ時期に入った年下の子は、ステップを追うのに精いっぱいなのに、たくさんほめられてた。
私はいくら完璧に近付けようと……見向きもされなかった。
「沙咲さん! 沙咲さんのダンス、すごくキレがあってカッコいいっすっ!」
同じ時期に入った年下の子、こと
小学5年生ながら、キラキラした名前と、名前負けしてないくらい名画の女神様のような金髪がすごく目立つ。生まれてから一度も染めたことのない黒髪の私よりも存在感が大きく、普段からたくさんの人に囲まれている。
それでも目立たない私に構うのは、たしか……同期で話しかけやすそうだったから、って言ってたっけ?
いつも褒めてくれるのはいいけど、レッスン中は全くメイクをしない私と違って、いつもつけまつ毛でバサバサしていて、毎回色の違うまぶたの上のアイシャドウがきらめく大きな目で言われると……お世辞なような気がするんだ。人を褒めてる自分ってカッコいい、って思ってそうで。
「先輩、踊れる芸人とか向いてるっすよ! 世界行けちゃいますよ!!」
……やっぱりそれ。アイドルになりたい、と一度も人に話してないから。
アイドルより芸人が向いてると思われるのは、顔が原因なの?
かわいくない私がアイドルになっちゃダメなの?
……私がなりたいのは、かわいい笑顔でみんなを喜ばせる、アイドルなのにな……
それに、私がアイドルにならなきゃ……あの子が報われない。
でも、どうにもできない、やむを得ない事情だよね。顔なんて。
いくらメイクしても理想の自分にはなれない。
届くと信じていた夢に、いくら手を伸ばしても触れることすらできない。
あの子みたいにはなれない。
ごめんね……こんな顔で生まれて。
あなたみたいにかわいかったら、きっとかなったはずなのに。
「ただいまー」
「おかえりなさい、晩ご飯もうすぐできるからね」
「うん、わかった」
中学に上がってからダンス教室をやめた私は、今やただの中学生。
あきらめるしかないものはすっぱりあきらめる。それが私のモットー。
できないことをただただ繰り返すのは合理的じゃないし、無駄なエネルギーを使うことになるからね。
CDショップに寄るついでにお母さんからおつかいを頼まれ、ちょっと焦ってた。でも時間を確認すればひと安心。見たい番組が始まるまでまだ余裕がある。
「そうそう! お客さん来てるからね」
「アイツ?」
「アイツとか言わないの、忙しい中せっかく来てくれたんだから」
アイツって言いたくなるよ、なるべく顔を合わせたくないもん。
玄関に置いてあるサンダルで誰が来てるのかなんてすぐピンとくる。
あーあ、自宅なのに上がりたくない。
「いいんですよ、おばさん。こうめは俺のこと苦手みたいですから」
「本当ごめんなさいね、
……まるで悪者みたいに言われてるけど、もう気にしなくなった。
私はどうあがいてもその立場になるらしいから。
「こうめ、お線香ちょうだい?」
「仏壇に置いとけばいいでしょ?」
わざわざお母さんに渡す必要ないじゃん。
……もうすぐ5年になるのか、このお線香を買い続けて。
ダンスを習い始めたのも、ちょうど5年前になる。
仏壇に飾られている、満開の笑顔を咲かせている子の写真を見つめ、うちで一番高価な座布団の上で正座をする。
仏壇の前に、お線香と一緒に買ったCDを置く。そのジャケットは、はじけるような笑顔を浮かべた二人のお姉さんが写ってる。その周りには、くるみボタンの目のうさぎのぬいぐるみに、メリーゴーランドの絵が描かれたハンカチ、哺乳瓶の形の小物入れ。みんなかわいいと思って買ったものだ。
ロウソクに火をつけ、緑色の細長い棒の先に火をあてる。
先端がオレンジに光り、やがて黒くこげていく。
ゆらりとヒノキの香りのはらんだ煙が立つのを見て、だんだんイラついていた心がほぐれていくような気がした。
……せめて、お線香をあげるときくらいは落ち着いていこう。この子に心配をかけてしまう。
お線香を香炉に立てて、小さなバチを持ちおりんに一度、軽くたたく。
チーン……
部屋に、神秘的ともいえる金属音が響き渡った。その音だけに意識を傾けながら、厳かな気持ちで目をつぶり、手を合わせた。
もう5年になるんだね。まだ生きてたら、9歳になるんだ。そうしたら私と2人で、少し遠出とかできたね。隣町のショッピングモールくらいなら出かけられるよね。
お姉ちゃんはいつも通り、平凡な人生を送ってるよ。
あなたの好きなアイドルのCD、今日発売したからお供えするね。あとできかせてあげるからね。
金属音の2つの音波がずれていき、やがて音がやむ。やんでしまうと、この子へのメッセージを送る時間が終わったような気がする。
……今日の夕食は、あなたの好きなハンバーグだよ。楽しみにしててね。
「もういいだろ、どけよ」
ああもう、お母さんが見てないところではぶっきらぼうになるなコイツは!
眉間のシワを寄せてこちらににらみつけるこの男は
なぜか私だけには乱暴な態度をとってくる。顔か? そこまでみにくい顔の人に対してならひどい態度をとっていいとでも思ってるのか?
しぶしぶ膝を立てて立ち上がり、座布団をゆずる。
彼の後ろ姿をちらりと見やる。何度もやってるからか手慣れてる。……いけない。見られてるなんて思われたくない。
なんでこんなヤツがアイドルやってるんだか。これでも人気アイドルなんだよ?
「お線香あげたのね?」
「うん。テレビつけていい?」
「いいけど、スープできたからよそってテーブルに置いてからね」
「はーい」
「万純くんも食べてく?」
「お気持ちは嬉しいですけど、また別の機会でいいですか?」
「あらそうなの? いつでも来ていいからね!」
私はお断りだよ!
……なんてことも言えず、お母さんを手伝うフリをして彼が帰っていく音をキッチンから聞いた。
まだ見たい番組が始まるまで時間がある。
お母さんがハンバーグを焼いてる間に、コンソメのスープを底の深い器に注ぐ。具はお決まりの、コーンとニンジンとグリーンピース、そしてハンバーグを作る時に余ったタマネギ。あの子も好きだった。
お父さんも早くに帰ってくるみたいだから、四人分用意しなくちゃ。
「ハンバーグできたからお供えしてやって」
「はーいっ」
お盆に、小さなハンバーグと、ライスと、コンソメのスープを並べる。小さなスプーンを用意するのも忘れない。
先ほどCDを置いた場所の隣に、今日の夕食を置く。……もう一度、手を合わせよう。
サクラ……おかえり。今、ここにいるのが分かるよ。
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