1-2.大事な妹
妹のサクラは、生まれて4歳にしてこの世を去った。
生まれつき心臓病で、生まれる前から「もって3年」と寿命を告げられた。それでも4年も生きられたんだから、お医者さんも、お父さんもお母さんも奇跡だったと強く言った。
サクラは生まれてからも他の赤ちゃんと比べて大きな声で泣くことは少なくて、いつもおとなしかった。そんなサクラが、明日いきなり遠いところに行ってしまいそうだと毎日心配になり、私まで心臓がおかしくなりそうになった。
けれど、そんなある日。
「次に登場するのは、このアイドルユニット!」
「「こんわらわらー! 『ε
結成したばかりのアイドルユニットだと音楽番組で紹介されてた、『εWing』。最初の『ε』は翼をイメージしてるらしい。ツインテールが特徴の二人が、笑顔で歌い踊ることでみんながハッピーになれる、といった歌を楽しげに歌っていたのだ。
こんなに明るい音楽は初めて聴いたかもしれない。まるで、曇り空に差し込まれた光のよう。偶然つけたテレビの、本当に偶然ながら出会った二人のパフォーマンスに、私は見とれてたんだ。
きっとサクラもきいたら、大きな声で笑ってくれるかな。私がこんなに楽しい気持ちになれたんだから、きっとサクラも分かってくれるはず。
「こんわらわらー!」
テレビの録画を見せた数日後。サクラの口ぐせは、すっかり『εWing』のお決まりの挨拶になったらしい。
「おねーちゃん! ういんぐ、もっとみたいっ!」
「いいよ、今看護師さん呼ぶからね!」
DVDを再生するのに、サクラの病室から少し離れたプレイルームに行かなきゃいけないからサクラを連れるのに看護師さんの手が必要だった。でも、看護師さんもサクラが楽しそうに笑っているのがめずらしいからか、彼女にDVDを見せることにとても協力的だった。
「こうめちゃん、いつもありがとう。サクラちゃんったらすっかりアイドルに夢中ね」
「もしサクラが大きくなったらアイドル向いてると思うんです。こんなにカワイイし、歌だってすぐに覚えるし!」
「ああこらサクラちゃん、ダンスは控えめにしようね……!
そうね、早く病気が完治すればいいわね。もしアイドルになったら私も応援してるわ」
「ありがとうございます、看護師さん」
「おおきくー! くちをあけてー! わははっのーはー!」
それからサクラは毎日、『εWing』のところだけを見ては楽しく歌っているらしい。
サクラが生き生きしていると、きっと明日も元気な笑顔を見せてくれるだろう。そんな気がして、いつの間にか心配の気持ちがなくなった。
「妹ちゃん、元気になったの!?」
「いや、まだ病気が治ったわけじゃないよ。でも、もうすぐ4歳になるから、お医者さんから言われた寿命を超えそうなんだ。
絶対よくなるって信じてるよ」
「へえ~、妹ちゃんすっごーい!
そーだっ、こうめちゃんがアイドルになったら毎日サクラちゃんにダンスと歌披露できるよね!?」
「ホント!? そうしたらサクラ元気になれるかな!?」
「うんっ、絶対なれるよ!」
肌が白くて顔がちいさくて、私の何倍もかわいいつぐ美ちゃんはいつだって優しい。アイドルに向いてない顔の私を真剣に応援してくれる。
「沙咲、お前アイドルになるのか!?」
「うっわー! もう少しマシな顔してから言えよ!」
「ちょっと、人の話に茶々入れないでよ男子!」
からかう男子にあっかんべーをするつぐ美ちゃん。
怒ってくれたのはいいけど……
実際、自分の顔のかわいくなさは、なんとなく自覚はしていた。
それでもアイドルになりたいと思ったのは、病気で今は自由になれないサクラの代わりに夢をかなえたかったから。
だから、本音を言えば一番素質のあるサクラになってほしい。願わくば、ファン一号は私がなりたい。私が一番最初に、サクラというアイドルの卵を見つけたから。
サクラ、病気が治ったら、そうだな……
一緒のステージに立ったら『εWing』みたいに輝きたいね。
なんて、私がもっとかわいくなれたら、だけど……
「沙咲さん、お父さんから電話です。今すぐ病院に連れて行くって……!」
「え……?」
神様はひどい人で、その数か月後にサクラの人生は幕を閉じた。
最後に会った日まで可愛い笑顔を見せてたのに、命とは突然にあっけなく消えてしまうのだ。
覚えてないんだ、サクラがどんな顔で眠っていたか。……思い出したくないのかもしれない。脳みそは人の都合のいいように作られてて、思い出したくないことは無意識に記憶の奥深くまで沈めて、きっかけが起きない限り思い出させないようにしてるらしい。
私が思い出したいのは、サクラの他とない笑顔。サクラの笑顔が、もし世間の人々に広まったら、きっとみんなサクラのことが好きになる。サクラがもっと笑顔になる。
早すぎるよ、サクラ。まだデビューすらしてないのに……
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